わざわざご苦労なことで…
私とリアフェンガー殿下との急遽決まった婚姻式まで後、四日…
私は自身の婚姻式の為に取り寄せた食材の納品に立ち会っていた。それは何故かと言うと…昨日、第一陣の食材が納品された際に王城の少し手前でその納品食材を載せた荷馬車を、なんとシュージアン殿下と殿下のお付きの者達が取り囲んで襲撃するという事件が起きたからなのだ。
ただ幸いにも、荷馬車が襲撃された場所は人目につく街中だったのですぐに王城に知らせが届き、警邏が駆け付けたので犯人一味…シュージアン殿下達は現行犯で取り押さえられたのだ。しかし取り押さえて確認すると犯人はシュージアン殿下…周りは非常に困惑したらしい。
そしてシュージアン殿下が周りに暴言を吐きながら語ったその襲撃理由が、本当に馬鹿丸出しだったので、今思い出しても頭が痛くなる。
「婚姻式で食材が届かなくて困らせてやろうと思ったのだ!」
いい大人(まだ18才だから?子供か?)がそんな子供っぽい嫌がらせをするなんて…
騒ぎを聞いて私はリアフェンガー殿下と共に慌てて警邏の詰所に向かった。
確保されて不貞腐れているシュージアン殿下を前にした私は、その馬鹿な言い訳を聞いて無駄だと思うけれどシュージアン殿下に問い掛けてみた。
「シュージアン殿下…食材を奪って私達を困らせた後、その食材はどうするつもりだったのですか?」
口を尖らせて私を睨みつけたシュージアン殿下はごにょごにょと呟いた。
「そんなの適当にその辺捨てるつもりだった…」
捨てる…だって?食材よ、食べ物なのよ?今日の為に随分前から産地にお願いして準備して頂いた各領地の名産や高級品や貴重な食材が沢山あるのよ?
沢山の人の手を渡って集められた食べ物をそんな理由で捨てるなんて…
「この食材を準備する為に沢山の生産者の方にご協力頂いたのですよ?手に入れるのも難しい食材も無理を言ってご準備頂いたりしているのです。殿下が捨ててしまえ、と仰ったものはこの国の農家の方の尽力と思いが籠められたこの国の素晴らしい食材ばかりです!お言葉、反省なさいませ!」
王族に対して不敬だろうとは思ったが止められなかった…案の定、シュージアン殿下は顔を真っ赤にすると私を指差して
「私に向かってなんて口の利き方だ!衛兵っこの者を捉えて牢に入れろ!」
と言い出した。するとリアフェンガー殿下が静かに私の前に立つとシュージアン殿下に言い放った。
「牢に入るのはお前の方だ、シュージアン。荷馬車を襲い人を害そうとする者の方が誰がどう見ても悪辣だ」
リアフェンガー殿下の言葉に衛兵はすぐに従った。
「父上を呼べ!母上を呼んでくれ!母上っ母上っ!」
衛兵に連行されながら叫んでいるシュージアン殿下が、惨めだと思った。だって好きな人が出来て、今はその好きな人のマリエリーナとイチャコラしていればいいだけじゃない?
振った女のことなんて気にしなければいい。なのにどうして私の方へ近づいて来るのよ…
叫ぶシュージアン殿下を見て、悔しくて悲しくて…唇を噛み締めてその姿を見詰めてしまっていた。
すると、私の頭にポンと温かいものが触れた。顔を上げるとリアフェンガー殿下が私の頭の上に手を置いていた。
仰ぎ見た殿下の顔を見て、心臓が止まるかと思った…
殿下は自愛の籠った微笑を浮かべながら、なっな、なんと!私の頭を優しく撫でてくれているのだ。おまけに、耳元で囁いてくれた。
「偉いぞ、よく言った…」
きゃああああああああ!!!
イケメンに頭ポンッで…偉いぞ、ですってぇぇ?!イケメンにやって欲しい萌えシチュエーション百選(定価税込1200円)に載っていた萌えるシチュの一つじゃないか!!
まさに宝くじが当たった瞬間だわ…ああ、この世界の神様…今日で私の萌え運の全てを使い果たしてしまったようです。
その後、王妃様が牢に囚われたシュージアン殿下を見て泣いたり怒ったりしていたが、シュージアン殿下はすぐに釈放された。
リアフェンガー殿下はそのことに関しては、仕方ないよ…と軽く流していた。
「国王妃にとっては、たった一人の息子だしな」
その言葉に全てが集約されている気がした。金持ちのおぼっちゃんにありがちな、ママの溺愛か…国王陛下は実弟のリアフェンガー殿下に肩入れしているようだし…それは実の息子と妻にしてみれば面白くないはずだ。
そういえば、マリエリーナは姑受け(国王妃)はどうなんだろうか?私が婚約者だった時は私に対して、結構な姑気質を見せつけていた国王妃だったけれど、流石に息子LOVEなママなら、息子が連れて来た愛する嫁には文句は言わないはず…
そんなことをツラツラと考えながら、第二弾の納品の確認をした後でリアフェンガー殿下と二人で婚姻式の打ち合わせに向かっていると…使用人棟の建物内から以前、シュージアン殿下と婚約していた時に王城で私付きのメイドとしてお世話してくれていた、エルマとフリージアの二人が出て来るのを見かけた。
でも、おかしいな…彼女達はメイドはメイドでも上級メイド…つまりは洗濯や掃除を主な仕事とするメイドではなく、貴人の側付きとして身の回りのお世話を主な仕事とする貴族位出身の令嬢達なのだ。
でもあの子達、洗濯籠を持ってない?
「エルマ!フリージア!」
私はリアフェンガー殿下に断りを入れてから、籠を持つ彼女達に近付いた。
「ふたりともお久しぶりね、元気だった?」
年も近いし、三人しかいない時には、こんな感じで話してかけていたのだが…驚いたように私を顧みた二人は見る見る目に涙を溜めて、そして泣き出した?!
「ど…どうしたの?え?…何かあったの?」
「ヴァレリア様ぁ…」
なんとか泣き出してしまったエルマとフリージアに話を聞き出すと…
「ええっ…マリエリーナ様に側付きを辞めさせられたうえに、下級メイドに降格させられたぁ?!」
私の声が聞こえたのか、少し離れた所にいたリアフェンガー殿下が近付いて来られた。
エルマはしゃくり上げながら
「私達…ヴァレリア様の時と変わらず、マリエリーナ様にお仕えしているつもりでした。それなのに…気に入らないと…私が普段のヴァレリア様のように気さくに話して下さるご令嬢ばかりではないことを失念しておりましたの…馴れ馴れしいと叱責されて…」
と言ったのだが、ちょっと待ってよ?エルマ達は…
「確かにマリエリーナ様は妃候補にはなっているけれど、あなた達は共に伯爵家の令嬢じゃないの…今はシュージアン殿下の恋人というお立場だけど、本来は男爵家のマリエリーナ様よりあなた達の方が高位なのよ?」
使用人とはいえ、本来の彼女達の方が身分が上だ。だからお互いに礼節を持って接するべきだと思う。しかしまだ婚約すらしていない男爵令嬢がそんな態度…と言いかけて、先日の近衛のお兄様の扇子殴打事件?を思い出していた。
「まさか、マリエリーナ様はあなた達の頬をぶったりしていないわよね?」
「…!」
エルマとフリージアの顔色が変わった。
当たりだった…近衛のお兄様を癇癪で叩くくらいだから、女性に偉そうにして手を挙げない訳が無かったのだ。
すると私の隣に来たリアフェンガー殿下が私の腰を引き寄せると、顔を覗き込んで来た。
「ヴァレリア嬢…隠していてすまなかったが、マリエリーナ嬢が王城に移り住む準備がすでに行われていてね。ここ最近はマリエリーナ嬢付きの使用人の入れ替えが度々起こっているらしい」
リアフェンガー殿下の言葉に「入れ替えですか?」と聞き返してしまった。リアフェンガー殿下は頷かれた後、エルマとフリージアに顔を向けられた。
エルマとフリージアが、バネみたいな動きで直立不動になるのが横目で確認出来た。
「マリエリーナ嬢の機嫌を損ねるとすぐに配置換え…もしくは解雇させられると聞いている。私にその現状を直接、嘆願してきた者達がいてね。使用人に聞き取りをして明らかになってきたんだ」
配置換え…解雇…そんな簡単にさせられるものなの?だって…
王城勤めの使用人達は面接の他に、紹介状が無いと採用はされないほどの身分と経歴がなければ勤められない花形の職業の一つだ。使用人としての働きが良ければ…貴族からお声(つまりはヘッドハンティング)がかかることもあると聞く。もしかするとお給料が三倍に…なんていうこともあるかもしれないほどの職種なのだ。
だからこそ、城勤めをしている使用人達は周りに気を配り、お声かけのチャンスをものにすべく、一瞬一瞬に神経を注いでお勤めをしているはずだ。確かになかには腰掛け職業として遊び半分でやってくる令嬢や子息もいる。
そんなのは半年も持たない…
それぐらいに厳しくてそして仕事人として磨き抜かれた人達に溢れている職場で…エルマもフリージアもメイドとしては超一流だと思っている。
その彼女達にこの仕打ち…プライドズタズタだと思う。私なら悔しくて悔しくて夜も眠れないよ…
怒りで体が震えていると、私の腰に置かれていたリアフェンガー殿下の手が背中に動き、ポンポンと優しく背中を叩いてくれた。
「ヴァレリア嬢、大丈夫…この私を信じて…」
「はい…」
つい、魅惑の微笑みと耳元への囁き攻撃を受けて返事をしてしまったけれど、大丈夫って具体的にどうするのかな…
私は握り拳を作りながらリアフェンガー殿下に向かって微笑むと
「マリエリーナ様への、グ―パンチのお見舞いなら喜んで加勢しますよ!」
と叫んだのだが、シーナが素早く走り込んで来て
「そんなはしたないことは絶対に駄目です!」
と、物凄い剣幕で怒られた。
ちょっと言ってみただけなのに…マジギレやめてよ…
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