肉・肉・肉のフルコース

筋肉達がグラウンドを走っている。掛け声をかけてリズムを取りながら走っている所を見ると、号令などは全異世界共通なんだね。


殊更に筋肉筋肉…と騒ぐつもりはないけれど、無いよりはあったほうがいいし、これこそ全異世界共通で、もやしっ子ボディよりは細マッチョ、ソフトマッチョがもてはやされるのは当たり前だろう。


でもあんまりムキムキなのもねぇ…仕方ないとは言え、軍人だから皆ゴリマッチョなのだ。中には細マッチョが潜んでいるけどごく少数だ。


そして未来の旦那様、リアフェンガー=クレガ=ホースト辺境伯はどちらかと言うと、ゴリマッチョに近い。顔は綺麗なんだけどな…もーーーちょっと薄い筋肉の方がいいんだけどな~筋肉落とせ、と言ったら驚かれそうだ。


走り込みの後、柔軟体操をしているゴリマッチョ達を見ていると、つい筋肉のことばかりを妄想してしまうみたいだ。


「退屈ではございませんか?」


んん?そう言えば筋肉ではないスラッとした男性が、先程から私の横に控えておられたね。そのスラッとした男性は静かに腰を落とし、ご挨拶をされた。


「ご挨拶遅くなりました。ジル=グルフーリと申します。リアフェンガー殿下の補佐をしております。お見知り置き」


私は立ち上がり慌ててカーテシーをしてご挨拶を返した。リアフェンガー殿下の側近の方だから今後ともお世話になるものね。


「ヴァレリア=コベライダスで御座います。突然のことで多大なるご迷惑をお掛けしておりますが、何卒宜しくお願い致します」


私が営業マンばりのご挨拶を繰り出すと、グルフーリ様は驚かれたような顔をされていた。む?腰が低すぎたのだろうか…


その後、リアフェンガー殿下との打ち合いが始まった。もっと近くで見たかったのだが、危ないので…とリアフェンガー殿下にやんわり断られたので無理は言えなかった。


プロレス観戦と相撲と言えばリングサイドの最前列と桝席だと思うんだけどね!


さて…筋肉達の競演を見ていたら、私の傍にお父様付きの侍従のヒルクさんがやって来た。


「お嬢様失礼致します。コベライダス閣下と国王陛下がご会談中でございまして、お嬢様にも参加されるように…と」


こんな時に~おじさん達は自由だな…私は仕方なくリアフェンガー殿下付のグルフーリさんを見た。


「グルフーリ様、申し訳御座いません。陛下に召しつけられましたので、参上して参ります。リアフェンガー殿下にお伝え下さいませ」


グルフーリ様は、一瞬…ほんの一瞬、目を鋭くした。そして「畏まりました」と頷かれた。何となくだが、私はグルフーリ様からは良くは思われていないのだな…ということが感じられた。


まあ、そりゃあ辺境伯領に本物?のリアフェンガー殿下の本妻とかがいるからだろうしね。私なんて来てもらっちゃ困るとでも思っているかもしれない…


そうして、若干暗い思考を巡らせながら国王陛下の御前に参上した。


何を言われるのか…まさか、弟は既に妾を複数人抱えているから、邪魔するなよ!とか?あ…それはそれで肩身が狭い。私、馬小屋とか物置小屋に押し込められたりして…


「ヴァレリア嬢、よく来てくれたな~いやいや、リアフェンガーの軍の訓練を見ていたんだろう?邪魔してすまなかったな!」


………おっさん(国王陛下)が浮かれている?何これ?


チラリとお父様を見ると、困ったような苦笑を浮かべていた。そんなに悪い話ではないのかな?


私は恐々とお父様の隣に腰かけた。


「実はな先程もコベライダス卿にも話していたのだが、ヴァレリア嬢はホースト辺境伯領の領地運営には興味はないかな?」


「領地運営…でございますか?」


国王陛下の言葉に顔を上げてお顔を拝見すると、嬉しそうに微笑まれている。


「ホースト辺境伯領は魔獣との関わりが深い。故にどうしても実務より武功を収めていれば良いという風潮が蔓延していて、領地の整備や設備投資、補修事業…それらがおざなりにされていると思われる。実際軍備に予算を回し過ぎて住民の生活面の保障や更生が後回しだ。そこでヴァレリア嬢の出番だ、コベライダス公爵領や国に提出した法案や施策…福利厚生事業…それをホースト辺境伯領にも適用させて…是非領地改革に邁進して欲しい」


私はその国王陛下の言葉を聞いて、俯きかけていた気持ちが前に向く気がした。


「それは…私に領地改革をお任せしてもらえるということですか?」


陛下は頷いた。


「勿論、リアフェンガーと共によく話し合い相談しながら進めて欲しい。アレにもよく言っておく。ヴァレリア嬢の進言には耳を傾けるように…とな」


安心した……何もせずに物置小屋に押し込められてしまうんじゃないかと心配だったけど、お仕事を与えてもらえるのよね?


それなら私にも存在意義が生まれるわ。


「はい…はい、仰せのままに。ホースト辺境伯領にて領民に皆様の為に働かせて頂きます」


私が嬉しくなって微笑んでいると、国王陛下はニンマリと笑いながら更に付け加えた。


「あ~~それと、出来るだけ早く後継ぎを…それに関してはリアフェンガーは問題ないと…」


国王陛下が何か話し終える前に部屋の扉が大きな音をたてて開いた。


そこには息を切らせたリアフェンガー殿下が立っていた。


「あ…兄…国王陛下、ヴァレリア嬢に何かお話があったのですか?私にも同席させて下さい!」


そう言いながらリアフェンガー殿下は部屋に入って来たけれど、国王陛下は


「あ~もう話は済んだから、下がってよいぞ」


と、嫌そうな顔をしてリアフェンガー殿下を手で追い払うような仕草をしている。リアフェンガー殿下は怒ったような表情を見せた。珍しい…というか、殿下でもこんな子供っぽい表情をされるのね?


私とお父様と一緒に廊下に追い出されてしまったリアフェンガー殿下は、私に近付くと顔を覗き込んできた。


「国王陛下に何か言われたのか?嫌味や妄言の類は聞き流しておいていいからな?」


リアフェンガー殿下に焦ったように言い募られて、思わず笑ってしまった。


「そんなことはありませんのよ?ホースト辺境伯領で頑張って欲しいというようなお言葉でしたよね、お父……あれ?」


一緒に廊下に出て来たはずのお父様の姿が見えない。王城の王族のお住まいの広い廊下に私とリアフェンガー殿下はいつの間にか二人きりになっていた。


私は国王陛下に頂いた言葉に勇気づけられながら、リアフェンガー殿下を見上げた。例え疎まれていたっていい。もしかすると、辺境伯領の領民みんなから嫌われているかもしれない。でも、役に立って見せる…悲しくはない。


「私、ホースト辺境伯領で必ずお役に立ってみせますわ、もちろんリアフェンガー殿下の為に…きゃっ」


リアフェンガー殿下にまた抱き締められている。ワタワタしている間に胸筋に包み込まれてしまって…身動きが取れない。筋肉が私を窒息させようとしている……


「ふぅ…はぁ…ん…これは…うん…ふぅ…はぁぁ…」


何か不審?な息遣いがリアフェンガー殿下の口から発せられている。いわゆる、ハァハァ言っている状態のようだ。私、別にスカートの中を見せたとか、胸をチラ見せさせたとか無いわよね?何故殿下はハァハァ言ってるの?


私が冷凍マグロ状態再びでカチンコチンに体を強張らせていると、ハァハァ状態がやっと治まったようなリアフェンガー殿下は私を鍛錬場に連れて戻った。


鍛錬場は一汗掻いたような、軍人さん達が談笑していたがリアフェンガー殿下が戻られると筋肉達が一斉に私と殿下の元に殺到した。


「戻られましたかっ!」


「殿下、私と御手合せを!」


「急にいなくなられるから…」


どうやら、リアフェンガー殿下は鍛錬場から抜け出して国王陛下の所へ来たみたいだった。私と陛下がどんな話をするのか気になったのかな?


「よーーし!どんどんかかって来い!」


リアフェンガー殿下はそう叫ぶと、鍛錬場の中央に向かって駆け出した。筋肉達が雄叫びを上げて後に続いた。


そして、殿下と数人が一度に打ち合いを始めた。


ん?


チラ…とこちらを見るリアフェンガー殿下。


チラチラ…とまたこちらを見るリアフェンガー殿下。


んん……?相手と打ち合いをしながら殿下の目がこっちを見ている、すごい技だね?


何故だか凝視されている気がするので、愛想笑いを浮かべながら殿下に手を振ってみた。


「えっ?!」


片手で剣を握って、鍛錬相手の軍人さん達全員の剣先を華麗に捌きながら…もう片方の手を挙げて私に手を振っている!なんてスゴ技…でも余所見は危なくない?


そのチラチラ…から手を振って…振り返されて…の一連の流れを鍛錬が終わるまでずっとやったというか……やらされた。


あれは一体なんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る