愛されてるくせに欲張るな

私が話の展開に付いて行けず驚いている間に、マリエリーナ=リーム男爵令嬢はマシンガントークを炸裂させていた。


「シュージアン殿下と婚約破棄されたばかりなのに、すぐに別の相手を見付けて…しかもお相手が王弟殿下のリアフェンガー様だと聞いた時も驚いたけれど…リアフェンガー様の美貌を見て、やっぱり!と納得しましたわ~あなた、王弟殿下があれほどの美麗な方だと知っていたからこそ破棄にすぐに応じて、強引に婚姻されるのでしょう?」


美麗な方だから…ですって?強引ってなによ?


頭に血が上る…婚約者から一方的に婚約破棄されて、簡単にリアフェンガー殿下と婚姻出来たとでも思っているの?婚約破棄されて醜聞に晒された私の為に、国王陛下やお父様…リアフェンガー殿下が泥を被って下さったと言うのに……


マリエリーナはクスクスと可愛らしく笑った。顔は可愛くても下卑た笑い顔だと思った。


「リアフェンガー様はシュージアン殿下より大層お美しいものねぇ…逸る気持ちは分かるわ、フフ…」


私は血の気が引いた。その言い方…


その時、マリエリーナの後ろに控えていた、近衛のお兄様のひとりがマリエリーナのすぐ後ろに近付いて来た。


「男爵令嬢、高位貴族のご令嬢に不敬ですよ。謝罪なさいませ」


驚いてマリエリーナを冷静に叱責した近衛のお兄様を見た。マリエリーナも驚いたのか、その近衛のお兄様を見上げて…そして扇子を振り上げた。


バシッ…と音がして、私のメイドのシーナと同じくお城付きのメイドだと思われる女性二人が悲鳴を上げた。


マリエリーナはなんと近衛のお兄様の顔を扇子でぶったのだ……


ぶたれたお兄様は凛とした表情を崩さずに、マリエリーナを見詰めている。


「あなたなんて…あなたなんてっ!シュージアン殿下に言いつけて近衛を首にしてもらうから!」


「……好きにされるが宜しい」


そのお兄様は臆することも無く、一歩後ろに下がった。そしてもう一人の近衛のお兄様を見ると、彼もマリエリーナを睨んでいることに気が付いた。


マリエリーナは体を震わせると私を睨みつけた。


「あなたが私とシュージアン殿下に嫉妬して、婚約式をようにしているのは知っているんですからねっ!覚えてなさいよっ!」


そう捨て台詞を吐いて足早に図書室から出て行った。


城付きのメイドの女性二人は慌てて私にカーテシーをしてから、マリエリーナの後を追いかけて行った。そして近衛のお兄様達も騎士の礼をした後、後に続こうとされたので、思わず声をかけてしまった。


「あの…大丈夫でしょうか?」


私の声に振り向いた扇子でぶたれた近衛のお兄様は、こちらを向いて微笑まれてから静かに部屋を出て行かれた。


ぼんやりとその後を見ていると、シーナとギリディがすぐに私の傍に近付いてきた。


「あんな…あんな酷い言い方が御座いますか…お嬢様があんな…」


シーナは唇をブルブル震わせて、目に涙をいっぱい溜めている。ギリディも半泣きみたいな顔をして私の顔を覗き込んでいた。


「ヴァレリア様、よく耐えられましたね。本当に躾のなっていない令嬢ですね…」


うちのギリディさんが怖い顔になっている…


ボロボロと泣き出してしまったシーナを見ていて、私も涙が零れてきた。


「あんな…言い方ってないわよね?だって…引き受けて下さったリアフェンガー殿下に本当に不敬な事よね。殿下だってこんな不本意な婚姻を受けざるを得ない状況になっておられたのでしょうし…本当に殿下に申し訳ないわ…」


シーナが益々、号泣してしまった。暫くシーナを宥め、私自身も泣いてしまったので涙を拭いて、気持ちを落ち着かせた。


大丈夫、平常心平常心…


そして再び本を読み始めた時に、図書室にまた誰かが入って来た。


リアフェンガー殿下だ。


私は立ち上がり、カーテシーをして出迎えた。


「おはようヴァレリア嬢、待ち合わせより随分早く登城しているんだね」


ドキッ…とした。もしかしたらリアフェンガー殿下はマリエリーナとのやり取りをご覧になっていた?


私は笑顔の仮面を張り付けると


「ちょっと調べ物がありまして」


と答えた。


リアフェンガー殿下は微笑みを湛えたまま、私が座っていたテーブルの上に乗っている本をチラリと見て、笑みを深めた。


「ヴァレリア嬢、少し早いが軍の訓練を見に来るかい?」


「まあ…はい、宜しくお願い致します!あっちょっとお待ち下さいませ」


良かった…リアフェンガー殿下の様子では先程のマリエリーナとの会話は聞かれていなかったみたいだ…


私はテーブルの上の書籍を片付けようと本を数冊、手に持った。ギリディとシーナは既に他の本を片付け始めていた。するとリアフェンガー殿下が残りの本を全て持って下さって本棚に戻してくれた。


「殿下、お手を煩わせてすみません」


私はがオロオロしながらそう謝罪すると、リアフェンガー殿下は柔らかく微笑まれた。


「ホースト辺境伯領の事を知ろうとしてくれたのだね、ありがとう…」


「…!」


ふわわぁぁ……本物の美形の微笑ってこれほど破壊力があるのね…何だか拝みたくなるわ。


私はあまりの神々しさに感動して、思わず口元を手で押さえながら


「そんな…私如きに有難き幸せにございます。ご馳走様でした……」


と…つい、イケメンご馳走様を呟いてしまっていた。


リアフェンガー殿下はキョトンとして固まっていた。私もすぐに己の失言に気が付いた……顔に熱が籠る。


「あ…の…お言葉を頂けて、うれし…そうっ嬉しかったのですわ!少し言い間違えました………」


「ブハッ…!」


空気の漏れるような音がして、顔を上げるとなんと、リアフェンガー殿下が大爆笑をしていた。ヒーヒー言っている……時々大口を開けて笑いながら、私を指差している。


私は恥ずかしくなって顔を両手で隠しながら


「誰だって感謝を頂けたら、嬉しいではございませんかっ…私にはご褒美と一緒で御座いましたのっ…ですからご馳走様なのです!」


必死で美形様ゴチですの失言の言い訳を重ねていたら、フワッと何かが私の体を覆ってきた。


こ、これはぁぁ?!


イケメンご馳走様のご本尊、リアフェンガー殿下から抱き締められている?!


殿下の腕の中でパクパクと…息を吸うしか出来ない。しまった!鼻から息を吸った途端、柑橘系の香水の良い匂いが鼻に入ってきてしまった。これはイケメン臭だ…クンカクンカ…


私は急いで目を閉じた。


そう…私は冷凍マグロだ!冷凍マグロだから触りたくても、ググッと堪えてリアフェンガー殿下の体に一切触れてはいけない!私は冷凍マグロだっ…体はマイナス六十度のカチンコチン状態だっ!


触りたくとも、リアフェンガー殿下のお体にみだりに触れてはいけない!


そう…私は冷凍マグロだ……


暫くカチンコチンの私の体を抱き締めていたリアフェンガー殿下は、静かに体を離していくれた。


「すまない…体を強張らせるほどに、驚かせてしまったね。あまりにヴァレリア嬢が可愛くてね」


くうぅぅぅっぅ!今日は宝くじにでも当たるくらいの大安吉日か?!可愛いまで頂きましたよ!!


今回は心の中で、ご馳走様です!殿下の笑顔をしがんで今夜は噛み締めながら眠ります!と叫んだ。


そしてリアフェンガー殿下にエスコートされながら軍の鍛錬場に案内された。私の後ろを歩くギリディとシーナから生温かい目を向けられている…恥ずかしい。


鍛錬場内に入ると軍人さん方が一斉に私達の方を見た。


ああ…目立っているよ…日傘でも持って来ればよかったよ。傘の部分で顔を隠したり出来るしね。


「さあヴァレリア嬢…退屈かもしれないが、こちらで見学していてね」


「はい、お邪魔致します」


おおっ…鍛錬場の全体が見渡せる位置にパラソルが建てられており、更に椅子とテーブルが置かれている。しかもテーブルの上には茶器セットが…準備万端ですね。


私がパラソルの下の椅子に腰かけると、リアフェンガー殿下の傍に素早く二人の軍人さんが駈け込んで来た。


「殿下いつでも大丈夫です」


そう言いながら、軍人さん二人はチラチラと私の方をご覧になったので、お二人に微笑み返しておいた。


「今日はお邪魔にならないように見学させて頂きます。宜しくお願い致します」


軍人さん二人はすごい勢いで私に向かって敬礼をされた。


「こちらこそ宜しくお願い致しますっ!」


「はいぃ!本日はお会い出来て光栄でありますっ是非我々のことを…」


「あーーゴホン、後で紹介するから早く整列しろ」


まだ喋りかけていた軍人さんの言葉をぶった切って、リアフェンガー殿下が会話に割り込んできた。


軍人さんが一瞬で駆け出していなくなった後、リアフェンガー殿下が私の方を見て頷かれてから離れようとしたので声をかけた。


「お怪我にお気を付けを、いってらっしゃいませ」


リアフェンガー殿下が勢いよく振り返ると、目を見開いて私を見詰めてきた。


何だか…怖い。どうしたの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る