2.虹の見えない草原で

 草原にぽつりと家が建っている。

 青空からの日差しで草原は明るい。時々、積雲の影が家を覆って暗くなり、影が通り過ぎてまた明るくなる。

 家の前に、二人の人物がいる。

 一人は、ふわふわと跳ねる赤毛の髪に、朝焼け色の服を着た少女。両手を腰にあて背筋を伸ばして立ち、意志の強そうな緑色の目を厳しく細めて、家のドアを見つめている。

 もう一人は少女の後ろに立っている。少女よりもずっと背が高く、黒い上着を着た人の姿をしているが、その頭部はストームグラス。ガラス球の中には透明な水と少しの空気が入っていて、底に沈んだ白い結晶がかすかに揺れている。

 家の入口、木製のドアには、白い紙が貼られて、こんな文章が書いてあった。


『 虹が見える場所へ旅に出ます

 そのうち帰ります 』


「なんてこった……」


 絶望しきった声でつぶやく少女。

 彼女の名前は、ラスタラートという。空に現れる予言を見て、未来に起きる様々な出来事を読み取れる『空読み』である。


「最悪のタイミングですね」


 青年の声で無感情にそう言うのは、後ろにいる『投影機』の人物。他の人から過去に起きた出来事を読み取る事ができる、人工の存在である。


「そんな予言無かった! 見落とした? ありえない! 私は『空読み』に失敗した事なんて一度も無い! 空が嘘ついたんだ! ていうか『そのうち』って適当すぎ! はっきり書け!」


 閉ざされたドアの前で、怒りを込めて叫び続けるラスタラートに、投影機が話しかける。


「確認します。一昨日、町で見たのは、『薬屋の店は町の先の草原にある』という予言だったのでしょう?」

「そう、間違いない!」

「『薬屋は町の先の草原にいる』では無かったのですね?」

「………………」

「では少なくとも、空は嘘はついていませんね」

「ふざけるなー! ようやく会えると思ったのに! ここまで遠かったのに! まぎらわしいこと伝えてくるな、バカ空ぁー!」


 ラスタラートは空に向かって大声で叫ぶ。土の道に地団駄を踏みならす。小石が跳ねて、土煙がうっすら上がる。

 投影機はその背中を眺める。といっても彼の頭はストームグラスで、目どころか顔全体が無いので、体の向きと大体の雰囲気でそうしているように他の人からは見えるだろう。やがて投影機はため息をついて、青空を見上げる。


「こんなに空が広くてよく見える場所なのに、虹は出ないのですね。昔、空集めが虹を取りすぎて現れなくなったと」

「そう言ってたね、町で道聞いた人。ああもう!」


 不機嫌な声で言ったラスタラートは、再びうめき声を上げたり叫んだりして、収まらない怒りを何とかしようと、その場で一人じたばたしている。

 ふと投影機は、窓辺に何か白い物を見つける。

 とうとう髪をかきむしりながらしゃがみ込んだラスタラートの横を通って、家に近づくと、窓枠に引っかかったごく小さな白い羽根を見つけた。

 投影機のガラス球の頭部が一瞬強く黄金色に光って、羽根を照らした。それから投影機が白手袋の指先でつまもうとすると、羽根は音もなく灰になった。

 投影機は灰で白くなった指先をさっと払ってから、ラスタラートを振り返る。


「薬屋が旅立ったのは、最近のようです」


 疲れて黙り込んでいたラスタラートが、しゃがんだままガバリと顔を上げた。


「なんか見えたの?」

「はい。薬屋らしい人物と同行者が出かけるのが見えました。二人組です」

「どこ行った?」

「この道に沿っていきました。町へまず向かったのでしょう。それ以上はわかりません」

「顔はわかる?」

「不明瞭ですが、問題無いはずです。なので町で帰りを待ちましょう。出発があるなら帰還もあります。きっとまた町を通るでしょうし……」


 ラスタラートの淀んでいた緑の目が、一気に光を取り戻した。


「探しに行く」

「は?」

「待ってられるか! 出発したのは最近なんでしょ、戻るのがずぅーっと先になるかもしれないじゃない! その前に私の寿命が来たらどうすんだ! 死にたくない! あなただって故障直したいでしょ!」


 勢いよく立ち上がったラスタラートが、びしりと投影機を指さす。勢いに押されて投影機は少し後ずさる。


「わたしは……まあ、薬屋じゃなくても、直せる人が他にいるかもしれないですし」

「ダメ! 却下! 私と一緒に直すの!」


 ラスタラートはきっぱりと言い放つ。


「目指すは、虹が見える場所! そこでのんきにバカンスしてる薬屋をとっつかまえて、空読みじゃなくする薬を作らせる! あと投影機の故障を直す薬も作らせる!」

「薬屋は大忙しになりそうですね」


 そんな騒がしい二人組を、青空はあいかわらず見下ろしている。


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空読みのラスタラート 空飛ぶ魚 @Soratobu_fish

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