ss 旅行
「・・・・・・」
「はい、今日は君の好きな抹茶のケーキを作ったよ。一緒に食べよ」
そう言って、私の夫である結人さんは私の前に座ると、魔法陣から美味しそうなケーキを取り出した。生粋の甘いもの好きである結人はお菓子作りも得意であり、よく美味しいものを作っては、私や子供達にご馳走してくれる。まぁ、子供達はまだ幼いので食べれるものも限られているが、私は結人の作ってくれるお菓子をいつも楽しみにしていた。
「いつもありがとうございます、結人」
「日頃の感謝だよ。それに、僕自身も抹茶のケーキは毎日食べたくなるぐらい好きだしね」
「ふふっ、結人らしいですね。それでは、ありがたくいただきます」
「うんっ」
現在の時刻は22時を回った頃、すでに子供達は夢の世界に旅立っており、私たちは夫婦の時間を楽しんでいた。私たちの住む家にはカウンターのようなところがあり、私たちは並んで東京の夜景を見ながら最近起きた出来事や面白かったことをお互いに話しつつ、お菓子や紅茶を嗜んだ。たまに、邪魔が入ることもあるが、それでもこの時間は私の人生における楽しみであった。
だけど、今日の私は少しだけ機嫌が悪かった。
「それにしても、今日のお菓子は特に豪華ですね」
「たまたま時間が取れてね、いつもより張り切っちゃったんだ」
「そうですか・・・・・・」
私が指摘をすると、結人さんは誤魔化すようにそう言った。
私は知っている。結人さんは何か後ろめたいことがあると、いつもよりも豪華なお菓子を作ってご機嫌をとりに来ることを。
いつもよりも豪華なお菓子が登場した時点で、私の警戒心はマックスになっていた。
今日が誕生日だったり何かの記念日だったりするならば話はわかるが、今日は何でもない普通な日のはずだ。一応、手元のスマートデバイスを使ってスケジュール帳を確認してみたが、今日は何でもない普通の日であった。つまりは99%の確率で、私に何か隠していることがあるということだ。私は、頭をフル回転させながら、その時を待った。
「それでさ咲夜、実は一つ、咲夜に謝らなければいけないことがあるんだけど・・・・・・」
「何でもおっしゃってください、結人。覚悟はできておりますから」
と言いつつも、私の心臓はドキドキであった。一体なんだろうという不安と恐怖が脳内を駆け巡り、思考を閉ざしていった。
「いや、別に覚悟してって程じゃないんけどさ」
「そ、そうですか」
ひとまず安心した。どうやら、そこまで不安になる要素はないらしい。警戒レベルを少し下げつつ、私は結人さんの次の言葉を待った。きっと、私の大好きな結人さんなら私が悲しむようなことはしないと信じているが、少しばかり寂しい思いをするかもしれないと覚悟した。
もしかして海外に出張とか?いや、そんなはずはない。転移魔法や空間魔法を駆使してあっという間に何処にでも行くことができる結人さんなら、例え月の裏側であっても毎日家に帰って来ることが可能であろう。第一、遠くに行く用事ならば私も一緒に行けばいい。そーすれば、万事解決する。
様々な可能性を頭の中でシュミレーションしていると、結人さんは私の予想を超える内容を私に伝えた。
「実は樹から、明日から2人だけで旅行に行かないか、と誘われまして・・・・・・」
「そうですか・・・・・・」
振り返って見れば、結人さんが私を置いて泊まりで旅行に出掛けたことは、今までで一度も無かった。そもそも結人さんは旅行をあまりしないお人であり、何処かに出かけたとしても、用事が済んだらすぐに転移魔法で帰ってくる。例え長期にわたる用事であったとしても、転移魔法が使える彼ならば、一日ごとに家に帰って来ることが十分に可能だし、今まではそうして来た。そのため、今回のようなケースは初めてであった。
この時点で、私は自分の端末を結人さんにバレないように遠隔操作して樹さんの妻である聖奈さんに連絡した。結人さんのことを疑っているわけではないが、一応念のため、だ。
「何日ぐらいでお帰りになる予定なのですか?」
「1週間ぐらいって聞いてるけど、保証はできない。ごめん・・・・・・。」
「そうですか・・・・・・」
行かないで、と言えば彼は行くのを躊躇うかもしれない。しかし、妻である私が彼の足枷になるべきではないということを、よく理解していた。
「では私は、子供たちと一緒にお留守番していますね」
「咲夜っ・・・・・・」
「ご安心を。仕事はしばらく休まなくていけなくなるかもしれませんが、子供達は私に任せて下さい。それと、できるだけ早く帰って来て下さいね」
「うん、わかった。それと、ありがと」
結人はそういうと、私の頬に軽くキスをした。18歳で結婚してから3年が経過した今でも、キスをされるとドキドキしてしまう。
別に、今生の別れというわけではない。でも、寂しいものは寂しい。意を決した私は、隣に座る結人を優しく抱きしめた。
すると、結人は私のことを優しく抱きしめ返してくれた。
心の安らぎを感じつつ、私は少しずつ落ち着きを取り戻した。同時に、今ここで引き止めたらずっとぐずぐずしてしまう気がした。
「いってらっしゃい」
「うん、行って来る」
今度は唇に、結人は優しくキスをしてくれた。
頑張ろう、と私は心に決めた。
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どうでもいい話
久しぶりのショートストーリー、書いた理由は特になしです。
序列1位の最強魔術師に明日はあるのか 佐々木サイ@100万PV×2達成 @ASasterisk
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