#18 乱舞②

ボタン押し忘れ

_________________




イセンドラス本国ー宰相用執務室



「戦況を報告します、我が軍はほぼ壊滅状態、チェルシー将軍が奮闘しているものの、逆転の見込みは限りなく低いとの事です。」


イセンドラスの宰相であるトディアは、部下の報告を聞きながら、ゆっくりとコーヒーもどきを口にした。祖国が負けそうという報告を聞いても顔色一つ変えずに、優雅にコーヒーもどきを楽しむ。

机の上には、帝国で今大人気のお菓子が並んでおり、戦争をしている最中という事を忘れさせるような様子だった。


「ふむ・・・・・・そっちに転んだか。元々部の悪い賭けではあったが、やはり思い通りには行かないか・・・・・・。」


「いかがいたしますか。」


あの破滅級を送り込んだのにも関わらず、まだ文明が滅んでいないという時点で、敵の戦力がこちらと同等か、それ以上である事はわかっていた。

今になってもあの化け物を命を賭けずに倒す手段はない。計算では、砲撃を1時間ぐらい浴びせ続ければ倒せるとの事だが、本当の事かどうかはわからない。


故に、トディアの中では60%ほどの確率で負けると思っていた。また、イセンドラス人には海での戦闘に慣れていない者が多く、昔から海と触れ合っていた者たちには絶対に勝てないと、帝国では珍しい漁師の息子であったトディアは考えていた。良くて領土を占領、最悪全滅も覚悟していた。


「フェイズ2の準備はどうなっている。」


「万事抜かりなしでございます。『例のアレ』の準備も既に整えました。」


「そうか・・・・・・ではプランをフェイズ2に移行しろ。」


「了解しました。」


「いいな、帝国民放送でしっかりと伝えるのだぞ、、と。」


「はっ!失礼します!」


伝令役を任されたこの男は、自分の主人が想像していた通りに事が運んだ事に驚きながら作戦本部はと向かった。


男が去り、宰相用の執務室は再び静寂に包まれた。そんな中、トディアただ1人は、震える手でカップを握り締めながら、コーヒーもどきを口に運んだ。


「一世一代の大博打、吉と出るか、凶と出るか・・・・・・明日を掴むのは、私だ。」


たった今行った行動が正しかったかどうかはわからない。どこまでも後悔の念が募る。

しかしきっと、後の歴史家が英断と捉える事を信じて。



✳︎



イセンドラス主力艦ーシーナ


「味方8番艦、シグナルロスト。」

「味方9番艦、同じくシグナルロスト。」

「残りは1番艦のみです!」


次々と聞こえてくる被害報告。

その報告が、目の前に広がる悪夢が現実である事を伝えた。


「な、な、なんという事だ・・・・・・報告では技術の差は歴然、勝利は確実との話ではなかったのか。それなのに、それなのに・・・・・・」


一度目を閉じてもう一度開いてみたが、やはり景色は変わらない。主力艦であるこの『シーナ』を除いて未だ健在である中型艦は1隻しかない。

小型艦ではない、中型艦が、だ。

イセンドラスで過去に起きた戦争で、この中型艦の機動力と移動要塞としての機能は高く評価された。今までの、騎乗魔獣部隊第一主義から、空戦魔法部隊を含めた混成集団の強さは計り知れなかった。

確かに、大きさが大きい分防御力は弱い。魔力障壁が搭載されているといっても、直撃弾が10発ほど当たれば剥がれるほどの硬さだ。

だが、敵のロケット型の爆弾によって一撃で魔力障壁を吹き飛ばされ、続いてやってくる圧縮魔力砲によって装甲に穴を開けられる。

敵のロケット型の爆弾の性能は凄まじく、この追尾機能1つで艦隊は後手に回らざるを得なくなった。


そしてさらに2人の魔法使いの存在。

彼らが、味方の直撃弾を全て防がれ、距離を詰められたと思ったら次の瞬間沈められていた。


「まずい・・・・・・他の方向に向かった部隊はどうなっている!」


「はっ!東方方面軍は既に壊滅状態になり、離脱者多数。もはや戦える状況ではありません!」


「チッ!西方は!」


「西方方面軍は、一時は押されていたものの、チェルシー将軍の活躍によって徐々に押し返しています!」


「よし、いいぞ、それで南方はどうだ!」


「はっ!南方方面軍は現在、敵艦隊及びネオルカの精霊使いと睨み合いを続けています!」


「わかった、なら南方方面軍に殿を残して即刻退却命令を出せ!まずは包囲網を突破する!この包囲網を突破しない限り我々に活路はない!」


「「「了解!」」」


ダルバークの怒鳴り声に全員がうなづいた。

ただ1人、ダルバークの後ろに控えていた男を除いて・・・・・・


その男は、宰相であるトディアの直属の部下だった。そして、『死ね』と命令されている1人でもあった。

ダルバークが怒鳴り出す少し前、その男の元に一通の暗号文が届いた。

内容は一言、『死ね』という命令出会った。


死ねと言われて死ぬような人間はいない、そんな考えは平和な国に生まれているからこそできる考え方である。

皇帝ダルバークに家族を殺されたという恨みを持つ彼にとって復讐ができるなら自分の命など微塵も惜しくはなかった。

「失礼します」と言って、司令室を抜け出したその男は、真っ先に艦の中心部へと向かう。

途中、通りすがった兵士達に、不思議がられながらも、騎乗魔獣部隊の保管庫へとやって来た。その後方に『謎の空間』と呼ばれる場所かあった。キツキツに設計されたこの戦艦は、すぐさま修理ができるようにエンジンやダストルームですら中に入る事ができるようになっている。

そんな中、この区画だけは何故か誰も入れなかった。入れそうな場所もなく、エンジンが積んであるんじゃないか?とか、ガス兵器が積まれているんじゃないか?などの噂が絶えなかった場所だ。

皇帝すら知らず、技術者の多くは「この艦に無くてはならないもの」と答えた。


その、ミステリーボックスの前に立った男は、壁に手を当てると、こう唱えた。


「夜の帳よ、降りよ。」


【生体認証クリア、『秘密の言葉キーワード』を確認、ロックを解除します。】

【第2フェイズへと移行します。】

【イセンドラスに自由な明日を。】


直後、戦艦シーナの盾である魔力障壁がシステムダウンした。エンジンも停止し、内部電源も停止した。まるで、『バルス』と唱えられた城のように、完全に機能を停止させた。


代わりに、この艦内にあったあらゆる魔力がこの一点へと集まる。

そして、文字通り根こそぎ集めた魔力とともに、壁が吹き飛ばし爆発した。

推力を失った戦艦『シーナ』は、そのまま海面に叩きつけられた。


そして中から、凄まじい魔力をまとった一体の人型のUCが現れた。

全身黒塗りで、禍々しい魔力をまとった『化け物』は、やっと出られた事を喜ぶかのように、雄叫びをあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る