#1 過去との決別

Day4


現在の状況を簡単に説明すると、『修羅場』の一言に尽きる。

本当ならば、愛しの咲夜と婚約から6年目の記念日を楽しむ予定だったのだが、9年前に生き別れた妹と再会してしまったのだ。

当然、話したい事は山ほどある。


「では、こうしましょう。夜の18時までは結人さんを貸してあげましょう。ですが、それ以降は私のものです。それでいいですか?美月さん。」


ちなみに、僕には決定権も発言権も無かった。レネはというと、流石に今日は身を引きましと言って帰っていった。

お父様や姉さんは、現在後処理におわれている。


「分かりました、いいでしょう、咲夜さん。」


「ありがとうございます。では、結人さん、家族で楽しんできて下さいね。それと、絶対に私との約束を忘れないで下さいね。」


「うん、わかった。姉さんや父さん、それにお母さんにも紹介しなきゃだからね。じゃあね、咲夜。楽しみにしとくよ。じゃあ行こっか。美月」


「はい!」


結人はいつもの狐の面を自分に付け、予備の仮面を美月に貸す。そして、<ゼロ・ノート>をつかった。向かうのは、80階にあるレストランだ。ここは、位が高い人しか入る事が出来ず、摩天楼の中でも数十人程度のみ。

父さんや姉さん達は忙しいだろうからまずは、美月を匿ってくれた人と美月のお友達に事情を説明する。



用意された部屋に入るとお友達がカチンコチンなりながら待っていた。

こちらの存在に気が付くと、黒白の存在に驚いて目を点にしていた。


「こんにちは、確か、永絆 千恵さんでしたよね。初めまして。」


千恵は、結人が右手を差し出すと、それを見つめたまま、慌てふためいていた。

何しろ、自分にとっての神が目の前に現れたのだ。


そして、千恵は遅れて気づいた。彼の隣に、全く同じ仮面を被った親友がいることに。


「美月・・・だよね・・・」


「ふふふ、気づかれちゃったか・・・ごめんね。」


美月は、そう可愛く笑うと仮面を外した。外見は、私のよく知る美月だった。

だが、内に秘める魔力量は尋常じゃない。

体感では、黒白様の半分ぐらいはある。そもそも、黒白様の魔力を測ろうなどという愚かな事はすべきでは、ないのだが・・・


すると、先程までの威圧が嘘のように消えた。そして、黒白様の髪の毛の色が白から黒へと変化した。

さらに黒白様は自身の狐の面を外した。


中身は、自分と同じ歳ぐらいのイケメン君だった。今どき珍しい黒い髪に黒い目、顔立ちは美月にそっくりであった。

そして、私はある確信をする。先程の魔力量間違いない・・・


「美月の双子の兄の藁科 結人です。今まで、妹と仲良くしていただきありがとうございます。」


「嘘・・・え?ちょっと待って?え?」


「あ、ほんとすみません。驚かせてしまったみたいで。こうでもしないとこの中は歩けないので・・・」


「ホンモノ・・・もしかしてだけど美月のお兄さんなの?『黒白の限界突破者』・・・まじもんだ・・・」


「ま、まぁ一応そんな感じかな・・・それで、美月の事なんだけど・・・」



昨日の夜、結人は双子の妹である美月と今後の事と友人達への配慮を考えた。

話し合いの結果、美月はその存在を隠すために石川県に住む老夫婦の家に引き取られたという話にした。

また、災害級を討伐する事ができる戦力を簡単に放置は出来ないという事で日本防衛軍所属の新たなS級魔法師として夜明けの光に所属する事になった。もちろん学校も転校となる。


「急で申し訳ないですが、美月は東京校に転校する事になりました。本当に申し訳ないとは思いますが、現在世界は危機的状況です。理解していただけると嬉しいてす・・・」


「ほんとうに本当に転校しちゃうんですか?・・・」


「黙っていてごめんね、千恵。私にはやらなきゃいけない義務があるの・・・」


「それってまさか・・・」


千恵には、美月が選ばれたであろう理由に心当たりがあった。

昨日の対災害級UC戦での出来事だ。

あのS級魔法師に匹敵する魔力量、そして使える人間はA級以上の魔法師の中でも少数と言われている『時間魔法』を使った事。

そんな出来事かあったのだ。軍に招集されるのが必然である事ぐらい千恵にも理解は出来ていた。だが、納得は出来ていない。


「はい、美月には僕よりも勝っている点が1つある。それは・・・『時間魔法』です。双子の兄である僕が空間魔法に特化しているのに対して双子の妹の美月は時間魔法に特化しています。美月は魔法を極めれば僕に匹敵する魔法師になれる・・・」


「でも・・・美月はまだ普通の子供で・・・」


「そう、だから救済措置として東京校に転校する事になりました・・・」


「そうですか・・・」


「今まで仲良くしていただきありがとうございました、千恵。」


美月はこうなる事は既に予見していた。そして覚悟もしていた。

また、千恵も自分の意見が日本防衛軍に通るわけが無い事を理解していた。


千恵は泣かなかった。いや、泣けなかった。


「じゃあね、千恵。また今度、何処かで・・・」


「さようなら、美月。そして結人さん、美月をお願いします。」


「はい。」



千恵は、立ち上がると真っ直ぐエレベーターの方へと向かった。

そして、職員に護られながら下へと降りていった。


「ごめんね、美月・・・辛いとは思うけど・・・」


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。別に今生の別れって訳じゃないですし・・・」


「よし、じゃあもう1組の方も行くか・・・」


「うん。」



結人は再び仮面を被り、<ゼロ・ノート>を使うと50階にある昇降口に移動した。そして、美月を抱き上げた。魔力を込めると石川県にある長島家へと向かった。


直線距離にして350km・・・

所要時間およそ10分・・・

本気を出せばもう少し早く移動できるが、今日は空の旅を楽しみたかったのでゆっくりめだ。


彼らの家は、なんて事の無い普通の家だった。

戸を叩くと、美月を育ててくれたおばあさんだと思われる人がお出迎えしてくれたようだ。部屋に入ると、例によって驚かれた。

そして、2人はおばあさんがお茶を出してもらった。


「本日は、私の実の妹についてのお話をさせていただきたいと思い、参りました。」


「そうか・・・美月を助けたのは、偶然だった・・・わしが浜辺を散歩していたらこの子が倒れていたんだ。とりあえず、家に連れて帰り、看病をしたんじゃが・・・記憶を無くしておった・・・知り合いに頼んで戸籍を作ってもらい、わしはこの子を娘のように育てる事に決めた。昔のわしは・・・寂しかったんだろうな・・・」


おじいさんは昔話を語るようにゆっくりと語り始めた。おばあさんは、隣で静かに正座していた。

おじいさんは、黒白の存在に気がついたのと同時に、かぐや姫にお迎えの時が来た事を察した。


「名前は自分の事を『美月』と読んでいたからわしらもそう呼んだ。『娘』は、一切の涙を見せず一生懸命働いていた。だが、わしらのいない所でたくさん泣いていた。美月が求めていたのはわしらではなく、『お兄ちゃん』だった。」


そう、悲しそうな声でいった。

兄として、妹の成長はとても興味深かった。

おばあさんはそれを察したのか、アルバムを持ってきて、結人の前に広げた。


「わしはその時、この子のお迎えが来たら素直に渡そうと思っていたが・・・この歳になっても辛いものだな・・・」


「ごめんなさい、おじいちゃん、おばあちゃん。今まで育てていただき、本当にありがとうございました。」


「あぁ・・・もう行ってくれ。美月がここにいればいるほど、わしは寂しくて方が無くなってしまう・・・」


「それでは・・・」


結人と美月は並んで深々とお辞儀をすると、部屋を後にした。

これ以上ここにいてはダメな気がしたからだ。

結人は帰り際に美月の養育費として1000万円の入った通帳をおばあさんに渡した。

最初はいらないといっていたが、結人は強引に渡すと、去っていった。


おばあさんは、空を飛ぶ2人を見ながら泣いていた。


「あの子がこんなに大きくなったなんて・・・」


「これで良かったんじゃないか?婆さんや。わしらは最強の妹を育てたんじゃ、死ぬ前にいい冥土の土産が出来たな・・・」


「そうですね・・・美月の帰りを信じて待ちましょうか・・・」

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