第十四話(2)

 僕が家を飛び出してから早1時間。

 僕は明希を呼び出さず、玄関前に腰を下ろしていた。

「えっ…智くん?」

 出かけていた未来さんが帰って来た。来ているおしゃれ着も雨で濡れている。

「あ、未来さん…こんにちは」

 僕は顔を上げて、未来さんに挨拶をする。

「どうしたの?明希、呼ばなかったの?」

「あ、お気になさらず。ここに居るだけなので」

 何故だか、凄くヘラヘラしているし、身体に力が入らない。

 未来さんは、そんな僕を疑問に思い、こう聞いた。

「家に帰らないの?」

「追い出されました」

 僕がすんなり答えると、未来さんは慌てて僕に近づき、軽々と持ち上げた。

「えっ!?ちょっと!それを早く言ってよ!そこに居たら濡れちゃう。ってかずぶ濡れじゃない!」

 急いで僕を玄関まで連れていくと、明希を呼んだ。

「明希ー!バスタオル取って!」

「ん?濡れたのか?って智!?」

 僕は未来さんに支えてもらいながら、家の中に入る。

 明希は僕の姿を見て驚いたが、すぐに未来さんに聞いた。

「ちょっと待って!未来姉、風呂入るか?」

「あー、入りたいけど、智くんどうすれば良い?」

 未来さんも、明希も僕の事を心配している。本当にこの2人は優しいな…と、母や昴に否定された傷が少しだけ癒えた気がした。

「とりあえずバスタオルに包んで俺の部屋に行くわ」

「分かった。よろしく」

 僕は明希にバスタオルに包まれ、お姫様抱っこの様な状態で、明希の部屋に連れ込まれる。


         ○


 俺は智をベットに寝かせると、智に尋ねた。

「智…大丈夫か?」

「明希…?良かった明希だ。」

 俺の問いかけに、智は両手を広げて俺の名を呼ぶ。俺は智の両腕の間に入り、智を抱きしめる。

「お前どうしたんだよ!」

「明希に会いにきたんだよ?」

 智は俺とハグをしながら、へらへらと喋る。

「嘘つけ!なら俺を呼び出せば良いじゃないか」

「そんなに叫ばないで、頭痛い」

 智は少し不機嫌な顔になった。

「あ、悪い。お前熱あんじゃねぇか?」

「んー、かもしれない」

 いつもと違う智の行動に少し戸惑いながらも、至って真面目に対応する。

「ちょっとおでこ出せ」

「はい」

「あっつ!バカかお前!こんなに寒いのに雨降ってる中外に居たらそりゃ熱出るわ。ちょっとタオル持ってくる」

 身体を拭くためのタオルを持ってこようと、もう一度智をベットに寝かせ、立ち上がる。

「待って。行かないで」

 智は俺の服を掴んで離さず、泣きそうな目で俺に言う。

「うっ。そんな目をして言わんで良い」

「ここに居て。」

「分かったから」

 仕方なく、その場に座る。それでもやっぱり身体は拭いてあげたくて、部屋にあったタオルで拭いてあげた。そのうちに智は寝てしまった。



 風呂から上がった未来は、髪も乾かさず、俺の部屋に来た。

「やっぱり可愛いね。あんたの彼女。私が貰いたいわ」

「彼女じゃないし」

 俺は仕方なく、未来の髪を乾かすために洗面所に行く。智を1人にして行くのには抵抗があったが、寝ているから良いかとも思った。

「彼氏…と言うにはちょっと可愛すぎるんじゃない?」

 未来は髪を乾かされながら俺に言う。

 そんな未来に、俺は自慢話の様に智の事を話した。

「それは未来姉が俺達のライブを見てないからだ。ドラム叩いてる智は、すっごくかっこよくて、いつものふわっとした感じなんかどこにもなくて、見てるこっちがゾクゾクするんだ」

 俺がそんな事を、目をキラキラさせながら言うもんだから、未来は少し笑って…

「ちゃんと智くんの事好きなんじゃん。あんた押しに弱いところあったから、告白されたから付き合ってんのかと思ったよ」

 同じく押しに弱い未来にだけは言われたく無いとも思いながら。

 未来の髪を乾かし終わると、眼鏡を外してキメ顔で

「なんだ…未来姉はちっとも俺の事を分かってないな。俺は元々欲深くて、自分の手に入れたいものは何としてでも手に入れる主義なんだよ?今まで殻に閉じこもってただけだ」

 そう言い放ってやる。

「良かった」

 突然未来にハグをされ、少し戸惑う。

「え?」

「昔の明希に戻った。」

 未来にそう言われ、ようやく気づいた。俺は皐月姉が死に、悲しみに触れる自分を隠すあまり、段々と笑顔が減っていっていたのだ。

 未来はそれを心配していたのだろう。

「もう…自分を見失ったりしないよ」

 俺はもう、迷ったりしない。智にもちゃんと伝えられたし、これからアイドルとしても、自分を明かして行くから、嘘偽りない自分で居られる。

 もう未来を心配させることは無い。




 ガシャーン

 何かが落ちる音がした。

 俺と未来は慌てて、智の居る俺の部屋に向かう。

 2階にある俺の部屋に入ると、智は起きていて、泣いている。

 起きたら俺が居ない事に不安になったのだろう。すっかり幼児化しているな…と思いながら、俺は必要な物を取りに戻るため、未来に任せた。

「りょーかい!智くん。すぐ明希が戻ってくるからね!」

 未来は智を宥めようとするが…

「やだぁー!明希が居ないとや!」

 また智が物を投げ始める。

 俺は早くしなきゃと階段を駆け降りると…

「あいたっ!」

 未来に何かが飛んだらしい。顔を抑えている。

 俺は2階から飛んできた物をキャッチした。

「これは…」

 丸くてふわふわした、キャラクターの様な物。

 確かに柔らかくても、智の力でこれを投げられたら、痛いだろうなぁ…と思い、また急ぐ。


「やってくれたわね智くん!私の顔に傷が付いたらどうしてくれんのよ!」

 とうとう未来が智を襲おうとしていた。

 俺は慌てて未来を止める。

「待て未来姉!」

「明希…でも智くんが、私の顔に傷を!」

「付けてないから」

「へ?」

 俺が言うと、未来は驚いて、自分の顔を触る。

「多分、未来姉に当たったのはこれ」

 俺はそう言って、さっきキャッチした物を見せる。

「何それ…?」

「これは俺が中学の時に、智にあげたぬいぐるみ。智は俺を呼んだのに未来姉が来たから、これを投げたんだと思う」

「それ、見せて?」

「はい」

 俺は未来にぬいぐるみを渡す。そして暴れる智を抱き上げ、背中を撫でて落ち着かせる。

「智、戻って来たから落ち着いて」

「…明希…」

 智はすぐに落ち着きを取り戻し、疲れたのか、もう一度眠ってしまった。

「これ…可愛いわね」

 ぬいぐるみを見ていた未来がそう言った。

「俺が作ったんだ…智が誕生日の時に」

「へぇ…あんたが。あ、あの時ね」

 未来は何かを思い出したようだ。あの時、初めて裁縫をして、手に針を刺しながら作ったのを覚えている。

 不器用で、少し形がゴワゴワしていて、あんまり可愛くなかったぬいぐるみが、こんなに綺麗に形が整っている。きっと古くなっても智が、聖に頼んで、直しをしてくれていたのだろう。

「ずっと持っててくれてたんだな」

 そんな所からも、智の愛を感じるのだった。


 しばらく同じ体勢で、智を抱いていて、突然思い出した。

「あ、そうだ!未来姉。夕飯どうする?」

 未来が帰って来た時に、智も一緒だったから、食べ損ねている。

「明希は?」

「俺は良いや。食べるなら置いてあるから、自分で温めて」

「分かったわ」

 未来はお腹が空いていたのか、すぐに一階に降りていった。


「家を追い出された…ね」

 俺は未来が言っていた事を思い出した。

 確かに智は、あの家族と上手くやれていなかったし、そろそろこんな事が起こるとは思っていた。だけどまさか、この時期だなんて…

「まさか…」

 俺は1人で呟く。

 まさか、俺と付き合う事になったから…とか、言わないよな?いや、もしそうだったとしても、これから智はどうなるんだ?

 住む場所もなくて、家族とも別れて…


 そんな事を考えているうちに、眠っていたのだろう。

 次の日、智の苦しそうな声で目が覚めたのだった。

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