第十四話(1)

 夏のイベントも終わり、夏休みの大きな行事は幕を閉じた。

 僕は明希と付き合う事になったし、楽しい事でいっぱいの夏休みで終わると、思っていたのに…

「智は、いつになったら夢を見るのを辞めるの?」

「…え?」

 それは突然の事だった。僕はいつもの様に早く食べて、部屋に戻ろうとしていたのに、母は、意味のわからない事を言ってきた。

「アイドルなんて、稼げないような仕事辞めて、彼女でも作って結婚した方が、ちゃんと働くでしょ?」

「僕は別に、稼ぎたい訳じゃ無い…」

 今まで何も言わずにいたのに、もう夏にもなってそんな事を言って来るなんて…

「じゃあ、尚更やめなさい。アイドルなんて、簡単に結婚出来ないわよ?そもそも彼女作った事ないでしょ」

 母は、僕の事をあまり知らない。というか興味が無い。なのに、こんなにしつこくかまって来るという事は、母は本気で僕を辞めさせたいらしい。

「彼女くらい居たよ!それに別に結婚したい訳じゃないし、今好きな人いるから!」

 僕は口走ってしまう。

 そんな僕に、母は…

「どうせ遊びでしょ?長続きしないなら辞めなさい。」

 意味のわからない事を言う。確かに女の子達と付き合っていた頃は、コロコロと変えていたかもしれない。

 だけどそれは、明希が好きだったからの話。明希に思いを伝えられた今、長続きしないなら辞めろと、母には言われたく無い。

「…っ!僕は!小学生の時から明希が好きなの!」

 気づいた時にはもう言葉に出ていた。

「…はっ!」

 俺は慌てて口元を隠す。意味も無いのに…

「何ですって?明希くん!男じゃない!」

 母は僕の言葉に驚いて、声を上げた。

「男なんてあり得ないわ!あなた女なの!?違うでしょ!」

 男は女が好き、そんな考えが母の中にはある。確かに僕もそれが普通だとは思う。だけど僕は別に男が好きなわけじゃ無いんだ。

「そうだぞ智。男が好きなんて、そんなのはただの勘違いだ。男は女を好きになるものだ。俺みたいにな」

 母の言葉に、昴まで乗って来た。やっぱりこいつらは嫌いだ。決めつけないで欲しい。

「僕は男が好きなんじゃなくて、明希が好きなの!」

 僕が好きなのは、今までも、これからも明希だけ。それ以外の子なんて好きになる気は無い。


 パンッ!

「…っ」

 突然母が立ち上がり、僕の方を叩いた。しかも平手打ちで…僕は余りの痛さに声も出ない。

「その発言、取り消しなさい」

 母は鬼の様に怒りながら言った。

 もちろん僕も反論する。

「もう付き合うって話し合ったもん!」

「じゃあ、今すぐ取り消して来なさい」

 こんなくだらない会話をしたところで意味がないのは分かっている。だけど僕だって譲る訳にはいかない。

 でももう話してもらちがあかない。

 僕は母から逃げる様に走って、階段を駆け上がり、部屋のドアを閉めた。


 トントン

 しばらくして、部屋のドアがノックされた。

「智…母さんの事は気にしなくて良い」

 父の声だ。

「父さんも…僕の事、変だって言う?」

「言わないさ。それに俺は知ってたよ。」

 父はドア越しに僕に話しかけ続ける。

「お前が絶対音感を持っている事も。明希くんの事が好きな事も。聖を大切にしている事も。この家族が嫌いな事も」

 父は並べて言ったが、全部僕が父に話した事だ。でもそれだけ、覚えていてくれたという事。

 僕はドアを開けて、父の顔を見ながら言う。

「違うよ父さん。この家族が嫌いなんじゃない。母さんと昴が嫌いなんだ」

 父の顔は少し柔らかくなった。

「そうか…ありがとう。でもな、智。もう我慢する必要は無い。明希くんと付き合う事にしたのなら、明希くんの所へ行きなさい。お前はこんなところに居るべきではない。」

「でも…聖は?」

 僕が心配なのは、ここに残していく、聖の事。正直、父に言われなくても、この家は出て行きたかった。

「俺は大丈夫。正直お前が好きだったのが男だとは思わなかったが、反対はしない。」

 父の後ろに隠れていた聖が僕に言う。

「何で?」

「俺も智が好きだからだよ。それに、明希になら智を渡しても良い」

 聖は認めてくれたようだ。僕は聖にお礼を言う。

「…ありがとう聖。あの、父さん…」

「何だ?」

「今すぐ出て行っても良い?」

 本当に、今すぐ出て行きたい。こんな家にいたくなんて無い。

「あぁ…俺は良いと思う。ただ、今すぐにはあちらにも迷惑になるから、少しずつこっそり準備しなさい。明日は日曜で何も無いんだろ?」

「…うん。分かった。」

 反対はされなかったが、明日にしろと言う、中途半端な返事が返って来た。仕方なく、従う事にして、僕はすぐに寝た。



 次の日。僕は朝早く起きて、二人で共同の部屋から、自分の物を取り出していた。

「智…?あぁ、荷造りしてんのか」

「うん。ごめんね。昨日は母さんと、トラブル起こしちゃって…」

 僕は起きたばかりの聖に、昨日の事を誤った。

「いや、良いけど…驚いたなぁ。智が荒れる事なんてあんまり見ないからさ」

「そうだね…」

 確かに、聖が荒れてる所はよく見るけど、僕はあんまり心が乱れた所を外には出さないな…と、1人物思いにふけっていた。

「ごめんね、聖。」

「ん?何が?」

「僕がここを出て行ったら一人になっちゃう」

「あ、あぁ…その事か」

 聖はベットから降り、僕の目の前に腰を下ろした。僕の顔を伺い、目を合わせる。

「な、何っ?」

「悲しい顔は似合わないぞっ!」

 聖は僕が目を見て話したことを確認して、ニコッと笑いかけた。

 つられて僕も笑う。

「あははっ…聖の方が寂しそうな顔してるよ」

「そ、そんな事はない!智は昨日ずっと泣いてたんだ!疲れた顔をしているぞ?」

「いやっ、それは…」

 僕が何かを言いかけた後、2人して目を逸らした。

「俺さ、智が双子で良かった」

 聖が悟りを開いたかのように、語り始める。

「智が居なくなったら1人になるけど、元々智が居なくなったら、住む場所変えるつもりだったし…」

「でもまだ決めてないんでしょ?」

「まぁな…けど、お前の事で区切りが付いた。俺も早くこの家から出て行きたい。」

 そんな話をしながら、聖は僕の荷造りを手伝ってくれた。

 2人で話しながら進めていたら、どんどん時間が過ぎていく。気がつくと、お昼の時間はとうに過ぎていた。


「さて、もう終わったか?」

「そうだね。あとは…」

「共同のパソコンのデータから、智のパソコンに移して、これは俺の物になるっと」

「何楽しそうにしてんのさ」

「え?いや別に…?」

「嘘つけ!」

 すっかり元気になった僕らは、いつもの日常に早変わりして、そんな言い合いをいつもの様にしていた。

「これは後でやるとして、お昼食べに行こう!」

 聖に誘われ、僕は母と昴に会わない事を願いながら、リビングに行った。

 幸い母は外出中。昴も部屋にいるみたいだ。

「あ、智くん!」

 よいが僕に話しかけて来た。昨日の夜も居たはずなのに、何も言わなかった宵を見て、少し不思議に思う。

 宵は僕の事、嫌いになったかな…

「智くん。宵はね、良いと思うの」

 席について昼食を取り始めた僕に、宵が言う。

「何のこと?」

 僕はなぜ宵がこんな事を言ったのか分からず、本当は何の事かなんて、分かっているのに聞いてしまう。

「宵は、明希くんと付き合っても良いと思うの」

 流石は宵。この家で育ったとはいえ、高校生。色んなことに理解がある歳だ。

 だが、宵の言葉はここれでは終わらなかった。

「それにね!アイドルが実はBLです。なんてちょー萌えるじゃん!明希くんイケメンだし、優しい、女嫌いが無かったら私も突撃してるね!うん」

 宵は、1人で語りながら頷いていた。

「よ、宵…?」

 聖も僕も、宵の言動が不安でしかなかった。

「だからね!私は応援するよ!あの母さんと昴くんは、どうでも良いじゃない!智くんがどうしたいかだよ!でももう答えは出てるね」

「…うん」

 その後宵は、あらぬ事を発言していた。僕と明希が付き合ったら、こうして欲しいとかそういう話。

 僕と聖はその間に食べ終わる。

「さて、パソコンでも弄りますか」

 聖が先に立ち、食器を片付ける。

 まだ妄想を膨らませている宵を置いて、僕らは2階の二人の部屋へと行くことにした。


 その途中

「あれ?ゲイじゃん」

 昴の声がした。よくある小中学生の虐めの様な言葉と共に、昴の嫌な顔が視界に入って来た。

「…っ!」

 僕はもう、眉一つ動かさない。静かに、犯行の意思もなく、見つめていた。

 しかし、昴の言葉に反応を示したのは聖だった。

「聖…?」

「いや、大丈夫だ」

 聖は、明らかに大丈夫では無い顔をしながら、平気を装う。

「あいつの言葉は無視して早くデータまとめなきゃ」

 聖は僕の手を取り引っ張って部屋に行こうとする。そこへすかさず昴の嫌味が入る。

「おいおい、ニートとゲイは俺の話を聞かずに行くのか?」

 そんな昴に、僕はもう我慢ならなくって、つい怒りをぶつけてしまう。

五月蝿うるさい。黙れよ」

 低い声で、いつもの僕のテンションとは程遠い、どちらかというと聖の様な口調で。

 昴は少し怯んだが、それでも嫌味を言い続ける。

「お前なぁ…兄に向かってそれはないだろ」


 ガチャっと、玄関の鍵が開いた。

「ただいま…って、あんた達何してんの?」

 母が最悪なタイミングで帰って来た。

「げっ!」

 聖が一番最初に声を出す。

 一階の玄関前。昴と言い合いをする僕と聖の姿を見て、母はさぞかし不思議に思った事だろう。

「はぁ…まだ昨日の事を引きずってるの?」

 母はこう言うが、決して昨日の事を忘れた訳でも、自分の言っている事が間違っているとも思ってはいない。

 まだ僕が諦めていない事に、ため息を吐いたのだ。

「僕は…!」

 やはり母に反論をしようと声を出そうとしたら

「あー、やめて。また同じ話をするのなら聞かないし、あなたはもう私の息子じゃないわ」

 頭の硬い母は自分の考えを曲げようとはしない。

 対する僕も、そんな母に似たのか、頑固なのだ。だから僕も考えを変える気はさらさら無い。

 そもそも母の考えが古いのだ。僕が譲る必要は一つもない。

「ごめん聖。僕もう限界…」

 聖に小さな声でそう言った。その瞬間、僕の何かが途切れたかの様に、今まで我慢していた物が全て出そうになった。

 僕は慌てて、母を押し退け家を飛び出す。


 家を出て思った。

 もうこのまま、あの家族とは縁を切ろうと。

 僕は雨の中を傘をささずに足早に、明希の家へ向かっていた。

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