裏「みんなに見せない顔がある」
夏のイベント前の準備に来た初日。
仕事を終えた俺達は、それぞれ自由時間を過ごしていた。
もちろんそれは俺も例外ではなく…
「明希、今日は楽しかったね」
「そうだな」
智と2人、海の見える場所に来ていた。ここにライブ会場を設けるつもりで。
でも今日は…というか昔から、気になることがあったのだ。
「一つ、聞いて良いか?」
「何?」
俺が尋ねると、智はこっちを向いた。
「どうしてそんな可愛いキャラになったんだ?」
「どうしてってそれは…」
智は
俺はやっぱり。最近智が不機嫌なのはこれが理由なのではないかと、思う。
「お前が俺の事を好きなのは知ってるよ。それが理由か?」
「…そうだよ。だって明希、こういうの好きでしょ?」
風でなびいた髪を耳にかける智は、いつもより一段と可愛く見えた。すかさずスマホを出して写真を撮る。
「そうだけど…」
俺は智にそう言った。確かに可愛い子は好きだ。だけど、俺が言っているのは可愛くなれとかそう言う事じゃないのに…
突然、ぽんっと、俺の胸に智が顔を押し付けて来た。
「おい!2人が見たらどうすんだ」
俺は慌てて智を引き剥がそうとする。
そんな俺を離すまいと、智は俺の身体に腕を回し、より一層力を入れる。
「別に良いよ見られても、それより僕が爆発する方が面倒でしょ?」
智は小さくて、細くて、か弱そうな見た目でいても男だから、それなりに力が強い。
それに、家が武道家なので、身体が弱くて、力が弱くても体の使い方を知っている。だから通常以上の力を出せてしまうのだ。
しばらくして智が落ち着くと、何もなかったかの様に、宿へと帰っていった。
でも、終わりじゃない。
むしろこれが始まりにもならなかったのだ。
「じゃあ、僕と明希、尋と優ちゃんって部屋割りで!」
智が適当に部屋を指定し、それぞれの部屋に入る。
今日はたくさんのことを学んで少し疲れた。
智も疲れた様で、部屋に入るとすぐに布団を敷いていた。
布団で寝ようとした智の頬を、手の甲から人差し指で撫でて、ツンツンとしたら、
「ふふふ」と言いながら、俺の手を握ってきた。思わず口元を逆の手で押さえる。
待て!か…可愛すぎる。こんなやつだっけ?
「何照れてんの?」
智が聞いてきた。
いかん、何にときめいてるんだ俺は!
「なぁ、お前さっきの部屋割り、わざとか?」
俺は平常心を保ちつつ、智に聞いた。
「だって僕は明希と居たいし、優ちゃんと同じ部屋になるとか許せないし、双子なら別に同じ部屋にしても構わないでしょ?」
「そうだけど」
現に今あの2人は、同じ家で2人だけで暮らしているわけだけど…
まぁ良いか、とそれ以上は考えなかった。
だって、確かに智の理由を抜きにしたって、それ以外の部屋割りは良くはなかった。
それから暫く、2人で何も話さない時間を過ごしていたが、智が布団から起き上がって、俺を見ながらこう言った。
「ねぇどうして!?明希ならあの学校余裕で受かったよね?どうしてわざと落ちる様な真似したの?僕の事嫌いなの!?」
智は若干、ヒステリックを起こしながら俺の服を掴んで離さず、少し怒り気味に言った。
智は多分、分かってる。皐月姉が死んで、俺の気持ちが沈んでいた事を…勉強をしていなくても、あの学校には受かったはずだと言うことを。
それでも俺は、半分本当の事と、半分嘘を混ぜて話した。
「ごめん。あの時は皐月姉が死んで直ぐだったから、勉強もやる気でなくて。それと、軽音がある所と、誰も知り合いがいない所に入りたかった。」
これは多分本当の事。知り合いが居ないところに入りたかった。
「なら、どうして言ってくれなかったの?」
「お前に迷惑は掛けたくなかった」
「っ!何も言ってくれない方が迷惑だよ!」
分かってた。分かってて、智には言わなかった。だって言ったらきっと着いてくる。それでは知り合いが居ないところに入れないではないか…
それでも、入学した後からでも、言っておくべきだったと気付いたのは、今更だった。
「明希に嫌われたのかな?僕の恋は届かないで終わりなのかな?って思って、一度は諦めて彼女作る事にしたんだ。」
そんな事を話す智は、半分泣きそうな顔をしていた。そんな表情のまま、1人、話を続けていた。
「だけど、どんな子を彼女にしても、誰と手を繋いでも、明希と一緒の時の様に楽しかったり、ドキドキしたりしなかった」
俺はどうしたら良いのか分からなくて、取り敢えず、智を自分の方へと、引き寄せた。
「我慢出来なくなって、未来さんに聞きに行ったよ。明希は大学どこに入るの?って」
「そしたら桜丘って答えたのか。」
やっと、智の独り言を
智が言いたいのはそれじゃない事くらいわかっている。
「うん。調べたらアイドルをやらなきゃいけないってやつを見てびっくりした。だから明希は違う学校に行ったのかな?って納得した。」
俺の腕に収まる智は、上を向いて、俺を見た。何故か泣きそうな目で、目をキラキラさせながら、それでもどこか希望に満ちた目で。
「僕も同じ所を目指そうと思ってさ。幸い吹奏楽部に入っていたから良かったよ。先生にドラムやりたいってねだったんだ」
智は再び俯き、話を続ける。
智は普段、4人で居る時はあまり見せないが、本当はお喋りさんなのだ。俺が言葉を言わなくても、聞いてくれる事は分かっているから、ずっと1人で話している時は何度かあった。
「学校帰りに明希を見つけた時、何度ためらった事か。女の子も一緒だったし、止めようって、明希はもう僕の事なんか忘れてるかもって思って」
確かに、1年の頃から優とは形だけだが付き合っていたし、帰りに優に腕組みをされる事はザラにあった。
そんな姿を、智は見ていたのだろう…
「でも声をかけてみて良かったよ。だって今、明希と一緒に居られるし、なんだかんだ4人で居るの楽しいしね」
「ごめんな。智の気持ちに気付いていながら自分の事を優先した俺を許してくれ。」
俺はそう言いながら、智を抱きしめる腕に力を入れて、より引き寄せた。
「ううん、もう良いよ。でもその代わり!僕の言う事をしばらく聞いてよ」
智は俺の腕を少し引き離し、俺の口に指を当てた。
「分かった。なんでもする」
俺にできる事はこれくらい。
俺が何でもする事で、智が笑顔でいられるのなら、それで良いんだ。
「本当に?」
「本当…」
「じゃあ、しばらく優ちゃんと遊ばないで僕と一緒に居てよ」
「そんなんで良いのか?」
とは言ったものの、智が何を望むのか、俺が何をしたいのか、分かるわけじゃない。
「うん…今のところは?」
「分かった」
そうしてその日は、同じ布団で抱き合いながら寝た。智の良い匂いで落ち着いて、逆によく眠れた気がする。
イベント開催中、俺は智と約束した通り、優と話す事はあまりなく、接客以外では、智の傍にずっと居た。
それが良かったのか、悪かったのか、イベント最終日のライブ後。みんなが帰った後に、智と2人、俺の家で打ち上げをしていた。
未来も俺達の打ち上げに付き合って、1人で酒を飲み、酔い潰れたため、部屋に連れて行く。
あいにく、俺達はまだ成人前。未来は1人でヤケ酒だったのだ。今日も昴からのメールでイライラしたらしい…
夜も遅くなり、今日は智は家に帰らず、俺の家で泊まることになった。
食器の片付けをし、智の寝る場所を確保していたら、こんな事を言い出す。
「…明希。今日カッコ良かった」
「ん?ありがとう…確かに最近顔見せてなかったもんな」
なんとなく、毎日のように学校に行っているし、休日なんて髪をいじらないから、あんまり顔が見える事はなかったのだ。
「やっぱり、明希は明希なんだなぁって思ったの」
「なんだそりゃ」
俺は軽く笑ったが、智は真剣だった。
俺は明日の朝ご飯の準備をしながら、台所から、リビングのテーブルに座る智を見る。
「なんか、言いたい事があるんじゃないか?」
「うん…僕ね。やっぱり明希が好きなんだなって思ったの」
智の言葉を聞いて、危うく食器を落としそうになりながら、落ち着いて聞く。
「なんで?」
「だって今日の明希を見たら、女の子達がキャーキャー言うみたいに、胸が高鳴ったの!やっぱり僕の好きな明希だなぁって…誰にも見せたくなくなっちゃった…」
智は自分の頬を両手で抑え、恋をした女子の様な顔をして、顔を赤くしている。
俺はそこで食器を置いて、智の方に歩いて行く。
テーブルを挟んで向いに座り、置いた腕に顔を乗せながら、智を見上げる。
「…こんな顔見せるのはお前だけなんだけど?」
「んなっ!くぅ…」
智は何かに
「智はずっと俺を好きでいてくれたみたいだけど、俺も智が好きだよ?それこそ小学生の時くらいから」
「えっ!嘘…」
「ほんと」
「じゃあ、小学生の時…」
多分智が思っているのは、小学生の時、友達に言われた事だ。
当時の俺達は、幼馴染で家が近いと言う事もあり、朝の弱い俺と朝の早い智で、登校はバラバラだったけど、下校は一緒にしていた。
その時ふざけて手を繋いでいたり、腕組みをしたり、そんな事は毎日の様にやっていたのだ。
まぁ小学生だった頃の事だ。当然友達から
「お前ら付き合ってんの?」
って聞かれるわけだ。智はすぐに手を離そうとする。俺はそんな智の手を離さず掴んで
「付き合ってないけどダメなの?」
と言うのだった。
きっとこの言葉は、心底智を驚かせた事だろう。それでも俺は本気だったのだ。
例え付き合っていなくても、智を好きで居たいと、小学生ながらに思っていたのだ。
それでもやっぱり…
「やっぱ、男同士で好きっておかしいのかなぁ」
そんな言葉を口からポロッとこぼしてしまう。
「そんな事ない!」
俺の言葉に反応した智が、テーブルを勢いよく叩いて立ち上がった。
「僕は男が好きなんじゃない!明希が好きなの!別に、女の子を好きになろうと思えば出来るし…」
そう。強く宣言した。
そんな智の言葉と覚悟に
「付き合ってよ…」
小さな声で言ってしまう。
耳が良い智には聞こえていて、小さな声で言った意味などなかった。びっくりして、目をパチパチと瞬きさせている。
何故か突然、自分がアイドルだと言う事を思い出した。
人前に出る。色んな人に知られる事になるアイドルが、こんな恋愛をしていて良いのか、不意に考えてしまった。
だけど、ずっと好きだったんだ。現実的に駄目なのも分かっている。だけどもう…今更引くことなんて出来やしない。
「俺の物になってよ…」
そしてとうとう言ってしまったのだった。
「あーぁ、明希って鈍感だから、僕から言おうと思ってたのになぁ。まさか明希も僕が好きだったなんて…」
さっきまで驚いていたのに、すっかり元に戻った智が残念そうに言うが、その顔はニヤけていた。
「その割には嬉しそうだな」
「だってぇ、これで明希と付き合えるんでしょ?」
楽しそうに言う智に、1つ忠告をしておく
「言っておくけど、俺達はアイドルだ」
そう言うと、智は俺の言葉に続ける様に、こう言う。
「例え付き合っていたとしても、それを悟られてはならない…でしょ?分かってるよ。明希の考える事くらい」
どうやら全てお見通しの様だ。
「あぁ…そうだよな。」
それに…今まで2人して、お互いが好きな事を隠し通せていたんだ。俺なんて、前まで1番近くに居た優にすら気づかれないほどには…
だから大丈夫だと、2人で確信を持っていた。
暫くソファーに2人で寄り添いあっていた。
「そろそろ寝る準備をしないとな」
「お風呂一緒に入る?」
「それは遠慮しときます…」
「えー!」
「えー、じゃない!早く入ってこい!」
俺は智を洗面所に追いやった。
別に自我が抑えられなくなるからとかじゃ無い。ただ単に、無理なのだ。
付き合うまでは良しとして、それ以降が嫌なだけ…まぁ智は違うんだろうけど…
俺は智がお風呂に入っている間に、父の部屋に入り、重要書類の入ったパソコンの厳重なロックを解除し、開いた。
『明希…そろそろ動き出しそうか?』
パソコンの向こうから声が聞こえる。男の声だ。
「いや、少なくともあと1年は動かないだろう」
『明希がそう言うなら、そうだと信じよう』
男は俺の言葉を素直に信じた。
『そう言えば…あいつは使えそうか?』
この男の言う、あいつは恐らく智の事だ。
「いや、無理だな…情が入って仕方ない」
『そうか…なら引き入れるしかないな』
「あぁ…」
今日はそれだけを話して会話は切られた。
「はぁ…」
知り合いと話しているはずなのに、そんな気がしない。というか、危ない会話をしている気がしてならないのだ。
実際そんなところだが…
「相変わらず、セキュリティーが硬いよなぁ」
俺は父の部屋から出て鍵を閉める。
パスワード式の鍵で、間違えると、部屋には入れるが、重要書類を取り出す為のロックが解除されず、取りたいものは取れない。
前に面倒だと父に言ったら
「お前は油断しすぎなんだ」
と、言われた事があった。それだけ大事に隠しているという事…
俺にはみんなに見せない顔がある。これはもちろん智にもだ。
でもいつか、知る事になるだろう…俺の、いや佐倉家の真実、ひいては仕事の内容を。
だがこれはもう少し後の話だ。
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