第十三話(2)

 そして最終日。

 今日は昼間からライブをする。室内ではなく外でだ。夏の熱い日差しを避けるために、簡易テントを貼ったが、あまりに暑く、客が嫌がった為、取っ払った。


 俺達が舞台裏で衣装やメイクをしている時、智は舞台に立ち、客と話をしていた。

「最終日の今日はとうとうライブだよ!活動を始めて間もない中、集まってくれてありがとう」

 智は女性の着物を着たまま、メイクも衣装もまだ何もしていない。

 先に俺と優を準備させ、交代するためだ。

 幸い、話し上手でちょっとからかい上手な智が引き受けてくれたのだ。


        ○


「さぁて!ライブを始める、ま・え・に!

 僕が用意したとっておきのサプライズ!

 そろそろ始まるかなぁ」

 明希のいる部屋からライブ会場の音は聞こえない。僕はここへ来る前に仕掛けを用意していたのだ。


 プツッ

 と、機械の音がした。

『うわぁっ!』

 聞こえるはずのない尋の声が、ライブ会場に聞こえてくる。

「え、何?」

 ファンのみんなは何が起こったのか分からない様子。

 僕はファンに現状を説明した。

「少し離れた控え室に、マイクを設置しました!どうやら尋が何かに躓いて、こけたようです」

 僕が実況をしていると、ファンは少し笑う。

 女装姿なのが少し痛いけど、今は明希のメイクが終わるまでの時間稼ぎ。僕がやらなきゃいけないのだ!


 僕が実況を始めると、明希と尋の会話が聞こえて来た。

『ちょっと待て!本当にそれで良いの?』

『え?ダメか?』

 どうやら2人は少し言い争いをしているようだった。

 僕らからは何が起こっているのかは分からない。だけど、僕からしてみれば、こんな光景は何度となく見ている。声だけで連想出来てしまうのだ。

『ダメ!変!』

 尋の言葉には、流石のファンも笑わずにはいられない。

「何が起こっているのかは、お楽しみだよ!」

 僕は2人の会話に相槌を入れる。

『いつもの方が変じゃん』

『そう言う問題じゃ無い…』

 お客が不思議そうにしていたので、少しだけヒントを与える。

「明希はいつも顔隠してるからねぇ」

 でも僕のこの言葉が、より困惑させてしまったようだ。

「あー、カメラもつけておけばよかったなぁ」

 ちょっと失敗したな…と、言ってやると、はたまた笑ってくれる。

 今日来てくれたお客さん…めっちゃ笑うなぁ

「しばらく2人の会話を聞いていてね!」

 僕はその場を、何も知らない2人に任せた。

『ファンのみんなに、初お披露目だぞ?』

『いや…あの容姿でファンになってくれたんだから、問題ないだろ?』

 明希はすっかり自信を持っているようだったが…

『明希、知ってる?』

 尋が余計な事を割り出した。

『何が?』

『学校側が取った、ファンアンケートの結果』

『知らん』

 明希は素直に答える。確かに興味なさそうだなぁ…

『明希のファン、2人しかいなかったよ?』

『は?逆にその2人誰だよ!今日いるのか?』

 明希は多分。そのうちの1人が花音ちゃんだって事は知っている。

 投票のアカウントを、先生方に秘密で調べていた僕もびっくりしたさ、明希に投票したもう1人の人物にね。

 それこそ!あの、歌詞提供をしてくれるR.Sって人だったんだ!

 ファンが歌詞を提供するなんて凄い事だし、それを使ってくれてると知ったファンはどんな感情なんだろうか…とも思っていた。もちろんこの事は、誰にも言っていない。

 言ったら、僕が秘密で調べた事がバレちゃうもん!

 っと…話が逸れてしまった。2人の会話に戻そう。


『2人が誰だか分からないけど、そんなんじゃ皆んなに明希を見せられないよ!』

『ファンの皆んなが求めてるのは俺じゃなくて、尋や智だろ?』

『いや、俺らは良いよ…』

 そうそう!僕らは良いの!

 僕は2人の会話を聞きながら、頷いていた。

『グズグズしてないで、お前も準備しろ!』

『やだぁ!せめてヘアアイロンさせてぇ』

『やだよ!これでも毎朝整えてるんだから!』

 2人はライブ前なのに、喧嘩のような事をしていた。でもこれは喧嘩じゃ無い。割と毎日やっている、尋が明希をカッコよく見せたいだけの会話。


『おーい智。これ付いてんだろ?』

 明希がマイクに向かって言った。

「えっ!バレてる…」

 僕は本当に驚いた。もちろんファンもびっくり!明希ってエスパーかなんか持ってたりする?

 そしてそんな事を考えているうちに…

『おーい、もう出ても良い?』

 再びマイクから声が聞こえた。

 今度はマイクの音と一緒に明希の地声まで聞こえる。

「えっ!そこに居たの!」

「あぁ…」

 僕は少し迷った。本当なら明希を本番ギリギリまで出したくなかったのだ。

 だけどこの際見せてみるのも面白いかもしれない。

「良いよ!こっち来て!」

 僕は元気よく、明希を呼んだ。手を高く上げて、手招きしながら。


 明希が舞台に上がった途端。

 耳をつんざくような声で来ているファンの女子達が歓声を上げた。

 思わず2人で耳を塞ぐ。

 外で、しかもこの人数でこれだから、次の順位戦ではもっとやばいだろうなぁ…と、2人で微笑しながら。

 ようやく歓声が鳴り止むと、僕は明希に話しかけた。

「ねぇそれ暑くない?」

 明希は真夏なのに、長袖のワイシャツにジャケットを羽織っていたのだ。

「めちゃくちゃ暑い…」

「ジャケット脱いだら?」

 せっかく取れる仕様なのに、羽織っているのは勿体ない。

 明希はジャケットを脱ぐと僕に聞いた。

「変じゃない?」

「大丈夫!でも髪の毛の方が気になる」

「えー、智も変だと思うの?」

「いや、違うよ!なんか見慣れないなって思って」

「まぁ…初めてだもんなこの髪型」

 明希は、普段の様に髪を八方に散らかる様にほんの少しだけ巻いている。

 ただ、上手いのか下手なのか、巻いている様には見えないんだよなぁ…

 加えて今日は、前髪を頭の上に上げて、ポンパドールをしている。

 なんとなくそれが、普段見慣れなくて、少しカッコよくて、可愛かった。

「でもその髪型好きだよ?」

 僕は素直に明希を褒めた。

 明希は少し頬を緩ませる。

 でもまたそれがファンの心をえぐった。

 明希はそんなファンは無視して僕に聞く。

「これどうやってつけるの?」

 明希は耳からかけるタイプのヘッドセットマイクを持ってきた。

 ファンとお話しするつもりなのだろう。

「付けた事無いよね…そうだよね」

 僕は少し前に買った時に付けてはみたから、知ってるけど、普通付けた事無いもんね…

 それから、こういうのはやっぱり明希の経費だ。僕らは活動をまだ本格的に始めたばかりだから、お金が入ってこない。そのため、必要な経費は明希のお金から出しているのだ。もちろん僕らの借金だけどね…


 僕は明希にマイクをつけようとして、あることに気付く。

「ねぇ、ちょっと屈んでよ…」

 僕は明希より小さいのだ。当然、届いても上手くつけられない。

「あ、ごめん」

 明希は忘れていた様で、僕に謝った。

 まぁ良いけどさ

「ほんと、この身長差やだよ!」

 こんな所でファンの笑いを取るのであった。

 僕としては悲しいんだけど…

「さ、出来た。僕着替えてくるね!」

「あぁ、行ってらっしゃい。今日は尋が張り切ってるから」

「ふふっ、それは楽しみ」

 智は舞台袖に、走って行ってしまった。


        ○


 俺は1人舞台に取り残され、何をして良いのか迷ったが、何でもして良いのだと気付いた。

「さて、10人のうち7人女性か…」

 本当にランダムで選んだはずなのに…顔をしっかり見せているのは優だけのはずなのに…男少なくね!?

「それで?俺はWing Knightsの中で最下位なの?」

 俺はしゃがみ、目の前にいるファンに問いかけた。

 別に自分が最下位だとか、そういうのを気にしてるんじゃ無い。ただ、この格好でならどうなるのか、知りたいのだ。

「明希くんに入れ直した〜い」

 案の定、女性達はそう言った。

「まぁでも、皆んなは一足先に俺達の本当の姿を拝めるわけだ」

 普通のアイドルならこんな事は言わないだろう…でも俺達はあくまでアイドルであって、ただのアイドルとして売るつもりはない。

 だからこれで良いのだ。


「今日は来てくれてありがとう。ファン500人の中から選ばれた10人だ。まだ500人しか居ないけどな…」

 そう。俺達があの7月の順位戦で、たとえ良い結果を出したとしても、そこまでファンが増えないのは分かっていた。音だけでは釣れないことくらい、分かってはいた。

 それでも500人もファンになってくれたのだ。皆んな新規の人だと思うけどね。

 他のチームから奪い取るには、やっぱり顔は重要なんだな…と、つくづく思う。

「あぁ、そうだ。皆んなは俺達の何を見てファンになってくれたの?」

 俺は聞いてみたかった事の1つを問いかけた。

 こういう少人数のライブだから出来る事。

「歌よ!」

 後ろの方で花音が言った。

 それに続くように他のファンも発言する。

「あのギターとか良かったよねぇ」

「歌詞も素敵だったし!」

 やっぱり俺達の音は届いていたんだと、少し嬉しくなった。けどこれじゃ終わらない。むしろ始まりに過ぎないのだ、あの順位戦は。

「そっか…それは良かった。でもまだ終わりじゃないよ?これから新しい事をどんどんやる。ついて来てくれるよな?」

 俺の問いかけに、ファンの皆んなは声を揃えてこう言った。

「もちろん!」と。

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