第十二話

 順位戦も終わり、とうとう夏休み


『夏のイベント開催!』

 という告知もした。

 そろそろ本格的に、活動をし始めるのだ。

 何人食いついてくるかは分からないが、10人までしか通すつもりは無い。

 ま、誰を選ぶかはくじ引きと、俺のエゴだな


「さて、夏のイベントを開催するに当たって、新曲が2つあります!」

 俺達はいつもの様に地下室で練習をしていた。

 何故か定期的にR.Sさんから歌詞が送られてくる。今回はラブソングも入っていた。

 なんとなく歌詞が送られてくると、取り敢えず音を付けたくなって、歌ってない新曲だけが増えていく。

「じゃあ、今回のイベントは新曲メインにしましょうよ!」

「何曲やるつもりだ?」

 新曲は、合わせれば10曲。もう十分すぎるくらいだ。ボツを出しても良いかもしれない。

 でも全部良い歌詞なんだよなぁ…

「あ、でも私。『硝子のドール』歌いたい」

「あぁ…言ってたやつか」

「うん!やりたい!」

 優は目を輝かせながら俺に言った。

「良いけど…楽器がなぁ」

 あの曲を完成させるには、ギターとベース、ドラム、鉄琴、ヴィブラフォン、ヴァイオリンが必要だ。

「音源でも良いじゃ無い」

「お前が歌ってる間、俺達はどうすんだよ」

「た、確かに…」


 それでもやりたいと言うから、悩んだ末、俺が出した答えがこれだ。

「俺がヴァイオリンをやる。智はドラムと…鉄琴・ヴィブラフォン、出来るな?尋はギター。優はベースをやれ、中盤の鉄琴は俺が交代でやる。」

「それって…明希と智がキツくない?」

 俺の答えに不満のあるやつは居なかった。だがやはりキツイだろう…でも正直、尋と優にやらせても出来る気はしなかった。

「回る椅子…有ればいける!」

 智が何かをシュミレーションしながら言った。その言葉を聞いた俺は、のったとばかりに全てのことを整え始めた。


「ようやく、4人じゃ足りなくなったわね」

 優が言う。

「まぁ…今までの曲は、俺が4人用に作ってただけだからな。6人とか居るんだったらもっと良い演奏が出来たかもしれない」

「じゃあ、どっかから引き抜いて…」

 優が途中まで行ったところで、座っていた俺が立ち上がり、優を見下ろす様に、こう言った。

「言っておくが、人数だけ増えても、実力が無いなら要らないからな」

「…わかってる。だから私も必死に食らい付いてるのよ!」

 優も尋も、実力不足なのは重々承知している。それでも俺と、智と4人でやりたいのだ。

 それは俺も分かる。だからこうして特訓しているんだ。次のライブでも成功できる様に…


「尋は優にベースを教えてやれ。俺は楽器を出してくる」

 実を言うと優がベースを弾くのはこれが初めてだ。でもやってくれなきゃ、あの曲は出来ない。優が言ったものだし、やる気にはなってくれたみたいだ。


 俺は1人、楽器室に入り、ヴィブラフォンと鉄琴を出した。流石は智、家に回る椅子がない事を知っている。いやむしろ、あいつの記憶力も怖いな…

「んー、少し整備しなきゃダメかぁ」

 部屋から出してきて、状態を見ていた俺は、鉄琴は無事だが、ヴィブラフォンの状態が悪い事が分かった。

「ちょっと見せて」

 高校で吹奏楽部の打楽器をやっていた智は、こういう時に使える。手慣れた手つきで分解し、ひとつひとつに異常が無いか確かめていた。

 俺でも状態が悪い事は分かるのだが、どう直したら良いのかは良く分かってはいない。

 そもそもどうしてうちにあるのか、それすら謎なのだ。

 父はヴィオラ、母はチェロをやっているし…

「これなら大丈夫」

 すっかりヴィブラフォンを元に戻した智が言う。


 早速、智の支持する位置に配置すると、冒頭を叩き始めた。

 鉄琴とヴィブラフォンを近くに置いて、両手に2本ずつマレットを持つ。

 音源を聴きながら叩いて、2つの楽器の出番が終わった後、すぐにドラムのばちに持ち替え、叩く。

 うん。行けそうだ

「よし…やっぱり回る椅子が欲しいけど、行けるよ?」

「分かった。すぐに買うよ」

 最近こういう経費は全て俺の金だ。まぁ、使うところは他にないし、みんなの役に立つのならそれで良い。

 ちなみに俺も、中盤の鉄琴の為に智に教えてもらった。


 その日はお互いにやった事のない楽器を教えてもらうだけで終わってしまった。

 もうイベントまで時間は無い。あと2週間ほどで仕上げないといけない。でもこれだけじゃなくて、他の曲もあるし…


 そしてみんなを帰らせた後、俺は1人防音室に籠った。未来には夕飯を適当に済ませてくれと頼みながら。

 今日は全ての曲を失敗しても弾き切って、それから寝よう。そう決めて、練習を始めた。


 半分はなんとか成功出来た。でも楽譜を見ながらだったから、これじゃ本番では出来ない。

 半分はなんとか最後まで行けたくらい…ダメだ。こんなんじゃダメ。ヴァイオリンも聴かせられるレベルじゃ無い。

 何故あの時は優勝したのだと、並ぶトロフィーを見ながら疑問に思う。

 だいぶ要領も良くない。

 でも最初に決めたからと、今日はもう寝る事にした。

 既に夜中の3時を回っていた。



 次の日。夏休みに入った俺達にはもう学校はない。

 俺は昨日遅かったのに、早く起きて、応募のあったファンから10人を選び出す。

 一応、花音にあの男は来るのかと聞きながら


 それから聖に新たな衣装案を出し、未来の朝ご飯を作り、防音室に楽器をセットし、昨日忘れていた回る椅子を注文した。


 それから気付くと俺は寝ていた、らしい…

 玄関を見ると、既に3人の靴があった。未来が上がらせたのだろう。

 俺が防音室に行くと、3人が練習をしていた。

「来てたんだ…」

「あんたが寝てたから起こさない様にしてたのよ」

「ごめん…」

 俺はみんなに謝る。

 智が俺の方に来て、少しかがみながら上目遣いで

「明希、昨日夜遅くまで練習してたでしょ?」

「…あぁ」

 俺は普段、夜は早い時間に寝ないと、朝起きれない。今日は無理やり起きて、やる事をやっていたから、途中で寝てしまったのだ。

 高校時代は授業中に寝ていたから、忘れていた事。

「それじゃ、明希。合わせを始めようか」

「え?」

 俺は少し驚いた。俺が出来なかった曲を完成させていたのだ。たったの2曲だけだが、それでもすごい。

 俺は素直に感心した。

「明希が、私達をお荷物だと思っているのは知ってるわ。だけど私達、食らい付いて行くからね!」

 優と尋が頷きながら、俺に言った。

 いつからお荷物だと思っている事を分かっていたのだろうか…?

 そんな事はどうでも良くなるくらい。期待に応えなきゃとも思った。

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