第十一話(3)

 高校での生活も、早くも3年目。

 俺はこの学校の特進クラスに上がっていた。尋と同じクラスだ。

 もちろん、進学クラスで学年1位を取っていた奴と共に…

 だが、そいつは調子に乗っていたのか、特進に上がった途端、成績を落とし、自信を無くしていった。



 そして、そろそろ受験本番が近づいた頃。

 放課後の教室にて、先生との面談が行われていた。

「お前、志望校ここで本当にいいのか?」

 先生は、俺を前にし、パソコンを見ながら聞く。

「なんで?」

「いや、桜丘って…」

 先生の言いたい事は、なんとなく理解は出来る。

「俺がアイドル向いてないって?」

「ん?あぁ。お前物静かであんまり輪の中に入ろうとしないからさ」

 こうは言っているが、きっと違うのだろう。だって、体育の時を見ていれば、そんな事は言えないのだから…

「いや、先生が心配してんのは俺の顔だろ?」

「ははっ。やっぱりバレたかー。だってお前地味じゃん」

 先生は笑いながら、俺に言った。

「うわっ生徒に向かってそんなこと言うかよ…まぁ安心しろ。俺顔には自信あるんだ」

 俺はそこで初めて、自分の顔を晒した。誰もいない放課後の、最後の時間の面談。

 眼鏡を外し、前髪かき上げ素顔を見せる。


 ガタッ

 と、先生は椅子から落ちて、床に手をついていた。

「なっ…は?」

 驚くのも無理はない。だって今まで素顔を見せなかった生徒が、突然顔を見せて、しかもそれがあまりにも綺麗なのだから。


「わ、わかった。その顔をしまってくれ」

 全く、酷いよ。せっかく見せてあげたのに、しまえだなんてさ。

「じゃ、じゃあ。勉強の方は?この大学確か偏差値高かったよな?」

 俺が前髪をまた下ろし、眼鏡をかけていると、先生が聞いてきた。

「ん、あぁ。先生、俺が勉強してると思う?」

「いや、思わんが…授業中寝てるし」

「まぁーね。だって暇なんだもん。」

 本当に、暇だ。面白い授業なんて有りはしない。こんな事なら自分で勉強している方が、数倍楽しいのだ。

「そういやお前、授業聞いてないのに何で毎回2位取れるんだ?」

 先生は不思議そうに、俺を見ながら言う。

 そんな先生に、俺は…


「いや、むしろ2位なのが驚きだね」

 でもこれには本気で驚いている。

「は?一位取れるって?」

「本気出せば?」

「出してないのか!?てっきりテスト前だけは本気でやってるのかと」

「まぁそこそこやってるけど、テスト前だけじゃこんな点数取れないからな?」

 俺は先生の知らないところでちゃんと勉強してんだよ!

 要領良くは出来るけど、すぐに出来るわけじゃないしな!


「確かに…いや、まて!じゃあお前、今度のテストで一位取れ。」

 先生は突拍子もない事を言う。あれだって努力した結果だ。

 まぁ、目立たないために一位は避けていたが…

「えー、何でよ」

「勉強も申し分ないが心配だからな」

「ふーん。先生が心配ねぇ」

 今まで俺の事なんて、気にも留めなかったくせに

「と、とにかく!やってみろ」

「わかったよ。一位の奴何点だっけ?」

 本当に出来るかは分からないけど、やっては見よう。

「お前が740くらいだったよな?」

「うん」

「確か一位は780だったと思うぞ?」

「そっか…わかった。ま、出来るだけやりますよ?」

 そしてそのまま俺は、立ち去ろうとする。

「まて、まだ話は終わりじゃない。」

 立ち上がって教室から出ようとしたところを先生に捕まえられた。

 お前が男で本当に良かったよ。

「えー、早く部活行きたいんだけど…尋待ってんだけど」

「まぁまぁ。最後の質問だ」

 先生は俺をなだめて座らせた。


「お前は何で桜丘に入りたい?」

「え、そんな事言わなきゃダメ?」

「あぁ、じゃなきゃ認められん」

 先生の目は本気だった。それでもやっぱり帰りたくて、俺はなんとかはぐらかそうとする。

「面接ないし良いじゃん」

「俺にだけで良い、教えろ」

「…わかったよ」

 先生をはぐらかすのは骨が折れると判断して、諦めて説明する事にした。


「俺は姉さんの夢を追いかけたいんだ。」

「と言うと?」

 先生は俺の発言だけでは飽き足らず、追及してきた。

 俺は仕方なく話す。

「姉さんは、俺が中学の時に死んだ。姉さんの夢は桜丘でカメラマンをやる事だった」

 本人は、受験終了後、大学入学を控えた時に亡くなったが…

「なるほど、お前の夢じゃないのか」

「うん。でも俺は夢なんてなかったし、姉さんの頑張る姿に憧れた。だから姉さんを追いかけたかったんだ。それは叶わないけど…」

「そうか…でもそれだけか?」

「え?」

「他にももう一つあると思うんだが…」

 先生は、俺の何かを知っている様な口振りだった。


 そこで俺は聞いてみる。

「先生は俺の噂、いくつ知ってる?」

 これは、校内で広まっている俺の噂。もちろん良い物なんてない。だけど、当たっていると言っても過言ではないのだ。

「は?何だ急に」

「いや、別に…教えてよ」

「それが俺の質問と何の関係がある?」

「大事な話。ちゃんと関係あるから」

 俺はなんとか先生を言い聞かせて、吐かせる。


「…わかった。俺が知ってるのは三つ

 一つは地味な事以外は完璧人間。

 二つ、女が嫌い。

 三つ、実は男が好き。だな。

 意味わかんねーの多いよ」

「…四つ、女嫌いの割には彼女が居る」

 俺は先生の発言の後、付け加えた。

「…え?噂って本当なの?」

「半分正解、半分間違い」

 女は嫌いだが、恋愛対象が女なのは変わらない筈だし、男が好きなわけでもない。

「女…嫌い?」

「あぁ」

「その割に彼女いる?」

「そうだ」

 俺は先生の質問に、淡々と答える。

「え、なんで?」

「…互いの利益の為だよ」

「例えば?」

 よく聞いてくるな…と思いながら

「例えばって…えっと、俺は女が近寄らない方が嬉しいし、彼女は男に言い寄られたくない」

 まぁ、優はモテるしな…と思いながら先生に話す。

「なるほど…ところでなんで女嫌いになったの?」

「それは話したくない…けど、俺は女自体が嫌いなんじゃ無くて、触れられるのが嫌なだけ」

「そんなやつがどうして…粗治療か」

「そうだ。それとあいつにも会えるし…」

 先生にとっちゃ、俺は意味深な事を連発していっているのだろう。頭にハテナが見えるくらい悩んでいた。


「お前…寂しいのか?」

「は?なんで」

 俺は先生の言った意味が分からず、聞き返してしまった。

「俺さ、昔から人の感情読むのだけは得意なんだよ。ま、お前の感情は読み取りにくいけど、今のはわかった。寂しい、そうだろ?」

「…知るかよ」

 俺は愛想を尽かして答える。

 確かにあいつに会いたいとは思うけど、別に寂しいわけじゃない。

 家に帰れば未来がいるし、友達も少ないが居るにはいる。


「似てると思ったけど、やっぱり違うな」

 先生はどこか遠くを眺めながら言った。

「何が?」

「佐倉棗、お前の兄だろ?俺、同級生なんだよ」

「え、初耳なんだけど」

「ま、俺も教え子が同級生の弟だとは思わなかったしな。八歳も歳離れてんだぞ?」

 と言う事は、先生は今26歳か。

 棗は大学を卒業してから2年目。まだまだ医師見習いだ。

「別に普通だろ」

「ま、わかったよ。お前が桜丘に行きたいのは認める。そのかわり次のテストはちゃんと結果出せよ?」

「わかってる」

 俺は覚悟して、先生と向き直った。


 部屋から出る時に

「俺さ、あんたが俺の先生で良かったと思ってる」

 俺は振り返って先生に言った。

「は?どうした急に」

「別に、ただそう思っただけ」

 本当は、ここまでちゃんと導いてくれる先生が珍しいとすら感じただけ。

 それに棗の同級生だって事もあるかもしれなかった…




 そして、テスト成績返却日

「佐倉」

 先生に名前を呼ばれて、成績表を取りに行く。

「…」

「お前、やれば出来るじゃん。あ、喋んないか」

 先生は俺を見ながら配慮をする。

 本当はそんな事も口に出してほしくなかったが…

「先生!佐倉に返答求めても無駄ですよ!こいつ最近一言も話さないんで」

 ほら、こう言う奴が居るから嫌なんだよ。

「…知ってるよ。佐倉、この結果じゃ不満か?」

 先生は、生徒を無視して俺に聞いた。

「計算ミスした。もう勉強しない…」

「…そうか。残念だなぁ。完璧なのに」

 先生は本当に残念そうに言った。

「え、何点だったの?」

「言っていいか?」

「別に良いよ」

「865点だ」

「…は!?」「嘘じゃん。」

 俺自身、総合点を聞いて、驚いた。

「え、いくつ間違ったらそんな点数なの?」

 確かに何を間違えたらそんな点数になるんだろうと…でも、分かりやすい計算間違いをした事は本当に許せなかった。



 その日の帰り際。俺は女子に囲まれた。

「ねぇ佐倉くん。頭良かったんだぁ」

「100点いくつあったの?」

 机の周りをぐるっと女子に囲まれて、身動きが取れない。仕方なく相手をしてあげる。

「…7」

「え、すごっ!」


 しばらく俺の前で女子がキャッキャと話していると、怒った口調で俺に話しかける者がいた。

「おい佐倉!」

 特進クラスの一位の人だ。

「うわ出た。ちょっと邪魔しないでよ。今佐倉くんとお話ししてんだから」

「は?俺だって用があるんだよ」

「…」

 俺は小さな声で、女子達にだけ聞こえるように発言した。

「あんたの用なんてどうせ『なんで俺が二位なんだよ!』でしょ?」

 俺の代わりに女子が言ってくれる。

「な、なんでわかる?」

「今佐倉くんが言ってた」

 女子達の焦点があいつに向くと思いきや、ますます俺の周りに群がり始める。

 お前らはお腹を空かせた虎か!とさえ思いながら…

「ねぇ佐倉くん。どうして今まで頭いい事隠してたの?」

 とうとう俺の腕に触って来た。

「…っ!」

 突然来られた事にびっくりして、思わず引っ込めてしまう。

「え、何?もしかして女子に触れられたの初めて?」

「彼女居るって噂なのに?」

「…」

「えー、可愛い」

 何も言わない俺を無視して、再び触れてくる。今度はぎゅっと握りながら…

「…離せ」

 俺は怖くて小声で言った。

「え、何?聞こえない」

「…離せと言ったんだ」

 今度は落ち着いて、低い声で言う。前髪の隙間から見える目を尖らせ睨見ながら

「え、何それ感じ悪」

 今度は女子達が俺を怖い顔で見ながら言った。


 それを外から見ていた優が、(あーあ、やっちゃったね)という顔をしながら

「明希、そろそろ部活行こっか」

 教室の外から言った。

「待って、今行く」

 俺は尋と共に、女子達を避けながら、教室の外になんとか辿り着く。


「チッ!佐倉くん、お金持ちで頭も良いから、地味でも使い物になると思ったのになぁ」

 そんな事を去り際に言われた。

「明希、気にしなくて良いからね」

 尋は俺を落ち着かせた。

「今何つった?」

 だが、俺の気持ちは段々と怒りになっていった。

「え?だからお金持ちで…」

「違うその後」

「は?地味でも良いかな?って言ったんだし。」

 俺を使い物になるとか言っただろ!とは流石に言わなかったが、気に入らない。

 俺はお前らの物じゃない。

「なんなのあんた。ちょっとテストで一位になったからって調子に乗んなよ」

「これは俺が努力した結果だ」

 思わず言い返してしまう。

 地味であまり喋らない奴が怒ると怖いとは、こう言う事を言うのだろうか…

「最初から努力してたら俺だってお前の事嫌いになんなかったよ!」

 一位を取っていた男に言われた。

「関係ないし」

 今お前は関係ない。俺はお前に興味は無い。女子と一緒にどっか行ってろよ!


「落ち着けってお前ら!」

 尋がそろそろ我慢ならなかったのか、俺と女子の間に割り込んだ。

「な!尋くん!?」

 女子達は、目の前に急に尋が現れたからか、少々怒りを収めた様だ。

「興奮しすぎだよ。明希も、君達も。」

 尋は最初、優しく言ったが、段々と怒りが込み上げて来たのか、イライラし始めた。

「しかも今まで干渉しないでおきながら、急に態度変えるな。本当にイライラする」

 そこへ優のチョップが炸裂する。

「落ち着くのはあんたよ。このバカ」

 俺も尋も優を見て、落ち着いた。

「優まで…」

「優凪ちゃん…」

 殴られた頭を痛がる尋と、少し驚いている女子達を無視して…

「さ、早く部室行こ!明希の作った曲今日見るんでしょ?」

 俺を連れて逃げる様に歩き出した。

「そうだったね…」

 去り際に、女子達を睨みながら

「今度明希に酷いこと言ったら、私達許さないから」


 集まっていた女子達はこんな事を言う。

「なんな訳?顔が良いとなんでも出来ると思ってんのかしら?」

「それにしても不釣り合いすぎるわね。佐倉くんと継実双子ちゃん」

「ほんとそれ」

 あぁ、面倒臭い。

 早く高校も終われば良いのにな…

 顔が良くても寄って来る。

 地味でも頭が良ければ寄ってくる。

 あぁ生きづらい…どこかにそんなの関係なしに好きになってくれる子は居ないものか…



 こんな毎日をダラダラと過ごし、無事に桜丘を入学し、晴れて四人のチームを結成出来た。

 これから頑張ろう…と誓ったのだった。

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