第十一話(1)
思い返せば中2の頃。ある日を境に俺の周りの環境が変わった。もちろん俺の心や性格にも影響が出るような出来事。
俺はいつもの様に、公園にギターを弾きに来ていた。
高校受験の為の勉強なんてまだしていない。3月ごろの事だった。
その日の事はよく覚えている。
初めて会った女の子と一緒に歌いながら、楽しく話していたんだ。
でも家に帰って事件は起きた。
「皐月姉遅いな…」
俺はこの頃から料理が出来ていたから、準備をしながら、ある1人を待っていた。
「友達と話してるんじゃない?」
棗が言う。
俺の家族は4人兄弟。1番上の兄、棗と。上の姉、皐月。そして未来と俺だ。
この時棗は6年生大学の4年生。
皐月は大学入学を目前にした高校3年生。
未来は高校1年生。俺は中学2年生だった。
皐月を待ちながら、30分、1時間と時間が過ぎていく。もうとうに19時を回っていた。
「なんか面白いのやってないの?」
未来が勉強を終え、テレビを見に来て、付けた。流れたのはニュース。
「えー、車との衝突事故だってよ」
未来は凄く嫌そうに言う。
俺はその映像を見て、驚愕した。
未来がチャンネルを回す寸前。
ガッシャーン
と、大きな音を立てて、食器が割れた。
「明希っ!?」
音に驚いた未来と棗が駆け寄ってくる。
それを見た2人も驚き固まる。
だが、棗だけはすぐに我に返り、動き出す。
俺はずっとテレビを眺めたまま。
それに気づいた未来も、俺が眺めるテレビを確認しにいった。
「明希、動かないでね」
そんな事を棗に言われたが、当の本人である俺は、動けなかった。
割れた食器は、俺の足に刺さり、大量に出血していた。でもそんなの気にならない。
「明希、病院行こっか…」
俺の怪我なんてどうでも良いんだよ、棗。
「…えっ?」
テレビを見ていた未来が声を出した。
「未来どうした?」
それに気づいた棗もテレビを見る。
ニュースキャスターが
『車にはねられた方は、女子高生で、重症の様です。現在、警察が立ち入りを禁止していますが、小学生くらいの女の子が助けられたと言っていました』
そんな事を言っていて、俺は上の空で聞いていた。
「嘘でしょ…?」
テレビを見ていた未来は、あまりのショックに、その場に座り込んだ。
そう。事故に遭ったのは俺の姉、皐月だったのだ。
「…っ!今すぐに行けば間に合うかもしれない」
棗は1人、険しい表情ながらも落ち着いていた。俺はそんな棗の動きを目で追いながら、何をしているのか分からないくらいに、意識が浮ついていた。
棗は医学生だ。手慣れた手つきで、俺の足に刺さった食器を抜いていく。ほんの少しの止血と、傷口に当て布をした。
そのまま俺を抱え込み、車に乗せた。
「病院には後で行く。未来!早く乗れ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
未来も慌てて家の鍵を閉め、車に乗り込む。
現場に着くと、人が群れをなしていた。俺は棗に支えられながら、人の間を縫って、最前線に行く。
「さ、皐月っ!」
俺は精一杯手を伸ばして、彼女の名を呼んだ。警察の人が俺の前に立ちはだかったが、それより前に、棗に引き寄せられた。
「だめだよ明希…それはダメだ」
棗も悲しい顔で、俺を
俺はそんな棗と未来の顔を交互に見る。
未来は今にも死にそうなほど、青ざめた顔をしていた。
皐月は重傷どころか、先程息を引き取ったらしい…
中学2年であった俺は、この時初めて、交通事故で簡単に人は死ぬのだと思い知ったのだ。
だけど、この時は思い知ったものの、当然現実を受け入れられる訳がなく。ただ、皐月が死んだという事実だけが、俺の中に残っていた。
「お姉さん達。あのお姉ちゃんの家族?」
女の子が話しかけてきた。
「え、そうだけど…」
未来が涙を拭きながら言う。
「ごめんなさい!」
女の子は、俺たちを前にして、深々とお辞儀をしながら謝った。
「え?どうして?」
「私がお姉ちゃんを殺したの。」
女の子は意味のわからない事を言う。
「どうしてそう思うの?」
棗が優しく問いかけた。
「車とぶつかりそうになった私をお姉ちゃんが押してくれて…私だけ助かっちゃったのぉ…」
女の子は泣きながら説明した。
「そっか…教えてくれてありがとうね」
棗は女の子の頭を撫でて慰めていた。
女の子が帰ると
「皐月らしいっちゃらしいけどな…」
棗は一言そう言った。
もう…耐えられない。救急車で運ばれていく、既に死んだ皐月を見ているのも、泣いている未来を見るのも、もう耐えられない。
俺は怪我をした足で、走り出した。
その場から逃げ出すように、全力で
「明希っ!」
棗は俺を止めようとしたが、声をかけただけだった。
痛む足を引きずりながら、走って走って、夜の公園で1人、涙を流した。
俺の涙を流すように雨が降り始める。
もう足が痛いのもどうでも良いくらいに分からなくなって、ただひたすらに涙を流した。
女性恐怖症の俺が、唯一尊敬の念で見ていた姉が死に、希望なんて無くなった。
この先、女性恐怖症が治る事はもう無いだろう。そんな気がしたのだ。
雨が突然止んだ。
いや、俺のところだけだ。
見ると傘がさされている。
あぁ…今日公園で一緒に歌った子だ。
俺はもう何も考えられなくて、普段涙なんて誰にも見せない俺でも、もうどうでも良いやとさえ思った。
彼女は何も言わずに、俺に傘をさす。
そのうちに棗が来て、ずぶ濡れになった俺を抱き上げ、連れて帰った。
彼女にお礼を言いながら
その日から俺は全てにやる気がなくなった。
勉強も智や聖とやっていた弓道も。
一時は、ただ時間が過ぎるのを待つ人形のようにもなっていたものだ。
ただ毎日学校に行って、誰とも話さず、1日を終えて帰るだけ。
学校では割と人気者であった俺は、当然みんなから不思議に思われたが、皐月の事を知っている少数の人は、俺の事を理解し、ほっといてくれた。
それから俺の性格は変わり果て、歪み、自分を偽るようになっていったのだ。
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