第十話(1)
そしてとうとう順位戦の日
「さぁ、今日は気合を入れないとね!」
学校で開かれる順位戦。朝早くから楽屋に入って既に着替え終わっている優は、俺達が着替える中、一人で気合を入れていた。
「と、言うか!もう少し配慮出来ないの!?」
1チームにつき、楽屋は1つ。男女で作られているチームは到底大変な事になる。そんな事を考え、優だけは先に着替えさせていたのだが…
「そうは言ってもねぇ」
「トイレにでも行ってたら?」
「でも衣装がみんなにバレちゃうじゃ無い!」
「じゃあ、これ羽織ってく?」
「え、でもこれ智の…」
「僕は良いよ。ここで着替えて、そのまま出るから」
「…じゃあ借りていくわ。」
そう言って、ジャケットだけを脱いで、智から羽織るものを借り、部屋の外へと出ていった。俺達だって優に見せないように着替えてはいたのだ…それでも限度がある事は間違いない。
他のチームはどうして居るのだろうと、そんな事を思う。
「それじゃ、優のメイクと明希と智の顔見えない髪型を作ってこうかな」
俺達が着替え終わると、優を呼んだ。
尋が優を鏡の前に座らせ、メイクを
俺も眼鏡を縁の薄い物に変え、尋のメイクを待った。
「今日は花音ちゃん来てるの?」
優がメイクを終え、俺に話しかけて来る。
「あぁ、チケット取れたって」
「あの男は?」
智が不機嫌そうに言う。
「夏のイベントって言ってたからな…来ないんじゃないか?」
順位戦を見るのには、チケットが必要で、ファンの中から抽選で選ばれる。ただ、色んなチームが出るこのイベントでは、各チーム毎に参加できるファンの人数が決まっていて、人気なチームほど、チケットは多いが、その分倍率が高くなる。
その点、俺達は簡単だろう。
なんせ、ろくな活動をしてないから、ファンが指で数える程しか居ないんだ。
確か、チケットが2枚とか、そんなだった気がする…
「俺達の出番はいつ?」
尋が俺の髪を整えながら、智に聞く。
「確か、中盤だった気がするよ?」
俺達は人気が無いから、真ん中に寄せたのだ。人気が高いチームは、プログラムの最初と最後に組み込まれて居る。
「良いチャンスだな」
そう。これはチャンスである。人気が低いチームの中で、吐出するチームが居れば、注目を浴びるだろう。そこでパンフレットに記載されたTwitterに気付いた人はきっと、俺たちの事を見るだろう。
最初は、地味だとかなんだとか、言いながら…
「さて、出来た。これなら良いだろ?」
「あぁ、完璧だ」
尋はメイクアップアーティストの資格を取るため、勉強中の身ではあるが、優の舞台メイクから、俺の詐欺メイクまで。難なくこなしている。
「今日は最高の演奏をしましょうね?」
「当たり前だろ!」
「僕らの活動を本格的に始めるには、良い舞台だね!」
「あぁ…これからたくさんの活動をして、ファンを勝ち取って、他のチームを圧倒する」
それが、俺達の目標。他のチームから、遠い存在になる事。それを成し遂げたいのだ。
俺達は再び、気合を入れ直した。
プログラムは進み、そろそろ俺達の出番。
舞台裏でそれぞれ楽器を持ち、集中していた。
尋は緊張で固まっている。
俺はそんな尋に声を掛けた。
「大丈夫。たくさん練習したんだ。例え頭が真っ白になっても、身体が覚えてる。不安なら俺を見てろ。客なんて見るな。良いね?」
「…わかった!」
俺は幼い頃から、コンクールに出て、こんな舞台は結構経験しているから、もう緊張する事はほとんどない。
でもやはり、緊張するのが普通なのだろう。周りを見回すと、尋の様な人たちがたくさんいた。
「やっぱり俺って感覚ずれてるかなぁ」
「ま、明希はこういうのはもう慣れたもんだよね!」
俺が無意識に口に出してしまった言葉に智が反応する。そう言う智も、あまり緊張していない。
「智は緊張しないの?」
俺の代わりに優が聞いた。
「僕は大会とかで慣れてるからね。そう言う優ちゃんは?」
「私は…楽しんでる!」
智は家が道場の為、俺と同じ様に、幼い頃から空手や剣道の大会に出てきた。そのせいか、俺と同じ様に慣れている。
優は尋とは違い、楽しんでいる様だ。流石はマドンナ。見られる事に慣れている…
「さぁ続いては!」
司会役の先生がノリノリで紹介する。
「一年生の中でも最下位ですが、メンバーの中には入試一位の生徒もいる、少し不思議なチームです。彼らは一体どんなライブを見せてくれるのでしょうか!Wing Knights《ウィングナイツ》です!」
とうとう俺達の出番が来た。
チームのライブが始まる前には必ず、楽屋訪問のビデオが流れる。
その間に、智は照明の設定をしていた。
「こんにちは!楽屋訪問のお時間です」
俺達が楽屋で準備をしている時に、それは突然やって来た。
先に俺の髪をセットしておいて良かったと、メンバー全員で思って胸を撫で下ろす。
「誰がリーダーなんですか?」
先生の中でも1番若いと思われる2人組が、カメラとマイクを持って入ってきた。
俺達は顔を見合わせて、優がこう答えた。
「まだリーダーは決まっていないんです」
本当は嘘。入学初日から、リーダーは俺がやると決めていた。もちろん3人も知っている。
ただ俺は途中まで、地味な奴。途中からただ顔がいいだけの奴。その後、ちゃんとリーダーとして、活動すると決めていたので、俺達はリーダーが決まっていない事にしたんだ。
最初は優を仮のリーダーとして立てる案も出てはいたが、それは無理だと断られた。
だから決まっていない事にしている。
「そうですか。じゃあ、あなたに質問です。」
「はい。なんでしょう」
2人組が優に質問をした。
「このチームの注目すべき点は何処ですか?」
「えっと…」
優は少し悩んだが、やがて答えを出す。
「あ!私と尋が双子なところです!」
カフェでの話し合いの時、優に言わせようとした言葉。ちゃんと覚えていた…
「双子なんですか!双子アイドルは人気出そうですね。なるほど…では頑張ってください」
「はい!」
そう言って、楽屋を出て行った。
今思い返せば、他のチームより短かった気がする。やはり人気がないチームには時間を割きたくないのが見え見えだ。
まぁ、そんな事も言ってられなくなるくらい、良い演奏聞かせてやるよ!
「さぁ、準備が出来たようです!」
楽屋訪問のビデオが終わったのとほぼ同時に、智の照明設定が完成した。
俺達はそれぞれ楽器を持って舞台に上がる。
智はドラム用の
優は脱いでいたジャケットを羽織り
尋はベースを
俺は7弦ギターと普通の6弦ギターを…
俺達が舞台に上がった瞬間。客は一斉にパンフレットを見た。みんな出演者の名前と、TwitterやYouTubeを確認しているのだ。
その中で、俺は早速、花音を見つける。
花音は1人、俺達の名前が書かれた団扇を持ち、振っていた。
節々にこのチーム地味じゃね?などの声が聞こえるが、気にしない。
こんな感じの客のお陰で、尋の緊張は一気に解けたようだ。
「ふぅ…」
優が深呼吸をする。
「すぅっ…」
優が深く息を吸い、最初の一声を出す。
客は振り向き、俺達を見る。
そして、それを合図にしたかのように、俺と尋の、ギターとベースが入った。それに続いて智もドラムを叩く。
一気に会場が盛り上がる。
こんなのもう顔や、格好じゃない。
客の方からしたら、俺達は地味でよく分からないチーム。それにカッコ良くもないのに、黒い騎士の様な格好をしている。当然変に思う事だろう。
だけど…誰も文句を言うやつはいない。
だって、下手なチーム続きで飽き飽きしていた客を盛り上がらせたのだから。
特訓の成果か、優の歌は響き、俺と尋と智はずれる事なくテンポを刻み、曲を作る。
難なく間奏まで走った。
優の歌が切れると、ドラムとベースの音だけを残して、曲が静かになる。
これからギターソロを入れるのだ。
優は俺と位置を交代し、俺は前に出た。
思い出す…小2のバイオリンのコンクールの日を…
あの日もこんな景色の中、慣れない手つきでバイオリンを弾いていた。
だけど今は違う。
あの時とは比べられない程、集中していて、ドラムとベースの音以外聞こえない。
ソロなのに、不思議と緊張しない。
失敗なんてしないと思っているからだ。
俺は一度できた事は失敗しない。そう決めつけて生きてきた。だから不可能な事も、ある程度は出来る。
だけど、最高の演奏にしたいのなら、それを越えなければ…
失敗しないのを目標にしていては駄目。例え失敗しても、無かったことに出来るくらい、音を出し続ければいい。ただそれだけ…
俺は息を整え、マイクの前に立つ。
まず一音。ゆっくりと弾き、余韻を伸ばす。
さて、始めよう。
俺は覚悟を決め、今出来る最高の速さで指をまわす。最悪つってしまっても良い。ここで怪我をしても良い。
そんな事を思いながら指を回し続ける。
今日初めて、ギターソロを3人にも見せたからか、みんな固まり、尋はベースを弾く手が一瞬止まった。
智は呆れた様な顔をしながら、ドラムを叩き続ける。
決められた小説の間。俺は指を回し続けた。最後の方は、優と再び位置を入れ替えながら、それでも弾き続ける。
そろそろ限界だ。
ジャーンッ
と、最後の音を伸ばしながらビブラートをかけ、優が入りやすい様に俺が作った楽譜通りに最後は弾いた。
客は
「ふーっ!」
と歓声を上げ、優の歌は最初。客の声に埋もれてしまった。
俺はガッツポーズもキメ顔もせず、ただひたすらに、元の位置で担当の音を出していた。
オリジナル曲を最初に演奏したのは、俺達の実力を知って欲しいからだ。
次のカバー曲は、本家に則って弾いていく。アレンジはしない。音だけで勝負をするんだ。
一曲目が終わると歓声が響き渡った。
飽きてきていた客達は人気の高いチームよりも大きな歓声で俺達を称える。
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