第九話
それから何日か過ぎ、五月にあった専攻科目のテストも難なくこなし。
7月のグループ順位決定戦が、来週にまで差し迫っていた。
「どうしよう!」
優が地下室での練習中に声を上げる。
「どうした?」
尋がそれに答え、優の見ているものを覗く。
「桜丘ってポイント制じゃない?私達、まともな活動をあまりしていないから、全然無いの!」
優は慌てた様に手に持っている表を見せて来た。それには全チームのポイント数が書かれていて、俺達はほぼ最下位に等しかった。
「他のチームはみんなファンを集めまくってポイントを稼いでいるの!私達、全然居ないよ!」
順位戦毎に、増えたファンの総数でポイントが加算される。俺達は顔出しをあまりしていないから、ファンが増えないのだ。その分、他のチームとの差が開いている。
「しょうがないよ…結局ライブは一回だし。喧嘩を吹っかけて来るところは無かったし。僕らのYouTube、全然再生数伸びないもん」
智が不満そうに、顔を膨らませながら言った。
「ま、順位戦で巻き返すよ」
そんな3人に、俺は自信満々に言う
「自信ありげですね明希さん」
尋にマイクを
「自信はありますよ。順位戦では練習の成果を出せるし、きっとYouTubeに引っ掛かる人はいます。夏のイベントも来てくれる人は居るでしょうし、俺達はまだまだファンが増える予定ですからね」
俺がそう言うと、優も自信を取り戻した様だ。
「そうね!まだ何もやっていないだけだもの!」
「それはそれでどうかと思うけどね…」
智だけは冷静に判断をして、俺の悪ノリには乗ってくれなかった…
そういえば、最近智が冷たい気がする。
3日前に買い物に出かけた時も、少し機嫌が悪そうだった。
俺が何かあったのかと尋ねても、何も無いと答えるだけ。でも明らかに、何かは隠している。
それが、家の事なのか、自分の事なのか、それとも俺に何かあるのか…さっぱり分からない。
そもそも智は普段、機嫌が悪くなる様な人では無いのだ。それがこんな事になっているということは、相当な何かがあったと言う事…
早く理由を知りたいが、焦らせてはいけない
俺はそれ以来、触れない事にした。
「明希!この小節で入る時、音少し落とせる?」
「なんで?」
「私の歌のインパクトが欲しいから」
こんな風に、四人で根入りに打ち合わせをする。もう数日しかないのだ。完璧を目指さなければ…
「分かった。俺は間奏中にギターソロを入れる。尋は途中の俺との掛け合い、気を付けろよ?」
「分かってる。先走り過ぎない、だよな?」
「そう。智はテンポキープ。あと出だしは自由にやって良い。言ってくれれば俺が合わせる」
「分かった。ちょっとアップテンポで入るつもり」
「了解」
今回の順位戦で出来る曲は2曲。でもそのうち一曲は、カバーじゃ無いとダメで、2曲目をオリジナルにするかはチームによる。
ただ、オリジナルが無ければ、アイドルとしては通用しない。もちろんそういう事も考えなければならないのだ。
俺達は、俺が作った4曲の中で、一番優の歌に合っていて、適度にやり易く、かっこいいものを選んだ。
「そうだ!衣装はどうするの?今から作るんじゃ間に合わないよね?」
優が突然、衣装の心配をし始めた。
だが心配はない。俺は入学初日から、ある人に依頼していたのだ。もちろん金は弾ませた。
「それは心配ご無用。見るか?」
「えっ、見たい!」
俺は地下室の隣にあった倉庫から、段ボールを取り出し、まだ開けてない袋を出した。
デザインを見た感じだと、凄く良いものだ。
「あー!これ!」
1番上にあったデザイン画を見て、智が声を上げた。
「どうしたの?」
「これ、聖が書いてたデザインだ!」
優が智に聞くと、智はさらに声を大きくして、言った。
「正解!入学初日からデザイン案は出してたんだよな」
「まさか…全部、明希の思惑通りってやつ?」
「そうだけど…?」
俺は、何か間違いでも?と言うかの様に、首を傾げた。
「はぁ…そう言うところだよ明希。」
「は?何が?」
尋に言われ、より一層頭のハテナが増える。
「俺達には言ってくれないところ」
「だって言ったら、こういう楽しみ無くなるだろ?」
「それもそうね!」
当たり前だとばかりに俺が言うと、優は相槌をしてくれた。
早速、袖を通してみる。
サイズもぴったし。流石は聖。俺が出したデザイン案は、黒で騎士の様なもの。それだけだったのに、ここまでの物になるとは…
「凄い!私かっこよくない?」
「うん。優ちゃんとっても素敵!」
優の衣装は、さすがは女子と言ったところか、騎士っぽい姿でありながら、スカートである。
さらに聖の遊び心か、赤のスカートに、赤のネクタイ。足元ギリギリまである黒いジャケットの内側は赤い布で、周りについている飾りも綺麗な色をしていた。
尋は黒一色。一見すると、スーツにも見えなくはないデザイン。まぁ本人は着こなしているし、割と気に入っている様だから良しとしよう。
智のは白のワイシャツの様なブラウスがメインになっていた。
まぁ何となく想像できるが、きっと聖が自分で着ながら作っただろう。女性っぽいデザインでありながら、しっくり来ている。
黒のズボンの裾が膝下で切れていて、白の網タイツ、それからローファー。上は袖の無いベストでブラウスの袖が広がっているデザイン。
似合ってはいるが、ドラムを叩く時に少し邪魔そう…
俺のには何故かジャケットが肩から付いている…これは髪も整えて、顔出さないと、変なやつだな…
聖の奴め、そこまで考えて作ったのか??
けど、取り外し可能ではあった。
それから長いブーツと黒手袋。でもジャケットを取り外したら、これはこれで変だな…と悩むデザインだ。
さらにデザイン画がもう一枚。衣装チェンジの提案だ。こいつ…やる気だ。
俺のなら稼げると思ったのだろう。もう一枚のデザイン画も、似た様なデザインではあるものの、もっと華美で、飾りも多く。本来の俺達を持ってすれば着こなせる、赤系統の服だ。
「へぇ…智の双子の聖くんって凄いのね!」
「そうだね。まさかここまでとは思わなかったけど…」
智も素直に驚いていた。確かにデザインの仕事をしていて、腕があるのは知っていた。だから聖に頼んだのだ。
だが、ここまでとは…流石に想像もしなかった。
「この衣装に呑まれない演奏をしなきゃな」
俺達は衣装を着てみて、より成功させる気に満ち溢れていた。
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