第八話
聖のご飯を作り終えると。丁度、優と尋が地下室から上がって来た。未来はまだ練習しているらしい。
三人を家に送り返すと、俺も地下室へ行った。
「未来、夕飯は?」
「作って置いといて。後で食べるから」
「…分かった」
今日の未来は一段と集中している為。その言葉通りにしてあげることにした。
きっと鬼桜との演奏会だから、失敗してはいけないと、彼女なりに思っているのだろう。
俺は夕飯の片付けをして、ひと段落着くと、自分の部屋に行った。
防音室は未来が使っている。ギターの音を被せるわけにはいかない。
それに新曲の音を作るだけならギターで無くても出来るからな。
俺は机の前に座ると、自分のパソコンに向かった。
俺のパソコンには、智の様に大事な書類が入っている訳じゃない。楽譜を作るためのアプリや、写真、その他のあまり重要じゃない物。
だから別に取られても問題は無いんだが…父の部屋にあるパソコンの影響か、今日も始める前に、全ての資料が入っているかを確認してしまった。必要ないのに…
父の部屋にあるパソコンは重要機密の物しか入っていない。だから厳重に保管されているし、滅多な事でないと部屋にすら入らない。
俺はパソコンに、さっき送られてきた歌詞を移す。
正直、この人がこの時どんな感情で書いたのかが分からないから、曲を作るのは難しい…それでもやらなければ、俺がやらなければと自分を言い聞かせた。
出来る事なら辞めたい、サボりたい。と、若干情緒安定になりながら、音を付け始める。
1時間かけて、歌を完成させた。
作った音源を聴く。うん。我ながら良いんじゃないか?
あとは、ギターとベースとドラムを付けて、ギターは6弦で良いかなぁ…とか思いながら、やはり面倒臭いと、今日はこれだけで良いかと、自分を甘やかした。
今夜は週に一度、海外出張中の両親とビデオ通話をする日。
時差の影響で、俺達は夜中。両親は早朝と、変な時間に通話をする。
午前1時ちょっと前、俺は仮眠を取っていた未来を起こして、リビングに置いたパソコンから、両親の着信を待つ。
すると、1時丁度に、何の前触れもなく通話がかかって来た。
俺も未来も着信の音に驚いて、一瞬固まった。そして2人で笑い出し、そのまま着信に答える。
『どうしたの?そんなに笑って』
通話の向こうでは、母が俺達の笑い声を聞いて、不思議そうにしていた。
「いや、2人してっ。突然来た着信に、驚いちゃったから!」
未来がまだ笑いながら言う。
『おいおい、笑いながら言ったら、よく分かんないぞ?』
途中で入ってきた父がマグカップを片手にそう言いながら、ソファーに座る。
「父さん、次の演奏会いつ?」
父は、というか両親は音楽家だ。世界を渡る楽団なので、海外にいる事が多く、今はアメリカで暮らしている。
だから俺達も幼い頃から音に触れ、楽器に触れてきた。
俺以外、みんな才能に満ち溢れていた。俺は途中で諦めた事だって何度もある。だけど、努力して努力して、ここまで辿り着いた。
それこそ、一時は未来を超えるほどに…
『明後日だな。放送はされないらしいが…』
「そっかー、それは残念。」
未来が少し悲しげに言う。最近あまり演奏会が無かったのだ。団長に子供が出来たとかで…
それ自体は嬉しい事だが、久しぶりの演奏会が観られないのは少し残念だ。
『そういえば、明希は最近どうなんだ?』
「まぁ…ぼちぼちやってるよ」
俺は素直に答えたが、何を言って良いのか分からず、結局思春期の男子の様な返答に…
「父さん聞いてよ!明希がね!」
「ちょっと未来!?」
「え、言って良いって言ったじゃん」
「言ったけど…」
「男に二言はないね!聞いてよ父さん!明希と久しぶりに琴を弾いたの」
未来は俺の意見を聞かず、半ば勢い任せで父に話した。
「そしたら明希、私より下手になってたのよ?」
『それは良くないな…明希言ったよな?琴を習う事を辞めた時に、いつになっても未来とは隣で弾ける様にはするって。下手になってたのか?』
「うん…ごめん。」
俺は父に謝る。言われる事が何かは想像が付いていた。だから特に怖くはないのだが、自分で自分の下手さをわかっている分、余計に落ち込む。
『まぁまぁ。忘れたの?明希は努力で駆け上がってきた子よ?やらなくなったら、出来なくなるのも当たり前じゃない』
母は落ち込む俺を励まそうとしたが、事実を並べられただけの言葉に、一層落ち込んだ。
だって直訳すれば、才能のない人間は素直に辞めろって事になるからだ。
『そうだったな。でもアイドルになる事を決めたんなら、最後までしっかりやるんだぞ?』
「分かってるよ。一人じゃないし」
『なら良い。お前は一人で抱え込むからな。ところで…女性嫌いは克服したのか?』
父は俺の事を良く理解してくれている。俺はそんな父が好きで、憧れて、出来ない事も一生懸命やり続け、出来る様になったら褒めてもらいたかった。
いつしか出来る事が当たり前に捉えられてきて、天才と呼ばれる様になっていた。
でも俺が努力を続けている事を、家族は知っている。確かにあの時は一人で抱え込んでいた。
だけど今は、智が居て優と尋がいる。俺は一人じゃない。確かに一人でやる事もあるにはある。曲を作るのは俺の役目だから。けど、他の事を任せても誰も文句は言わない。
それがどんなに嬉しい事か…分かってはいないだろうが。
「女嫌いは克服してないよ。だって怖いもん」
『そうか…まぁあんな事があったらな』
父は画面越しに物思いに
『それでも頑張ると決めたのならちゃんとやり遂げなさいよ?』
「分かってるよ」
『未来も、鬼桜家との演奏会。頑張ってね』
「うん。頑張るよ!」
母が話をまとめ上げ、たった30分の家族でのビデオ通話が終わった。
俺も未来も眠くなり、すぐにそれぞれの部屋に行って、眠りについた。
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