第七話(2)

 家の近くのスーパーで、何を買うか考えていた。

「何入れる?豚肉でしょー?」

 優が楽しそうに、肉のコーナーに行く。

「小麦粉、卵はうちにあるから」

 俺が家にあるものを言うと

「僕あれが良い!長芋入れるやつ!」

「あぁ、あれね!じゃあ長芋と…天かす取ってきて!」

 俺がみんなに指示を出すと、3人はそれぞれ別の方へ行った。俺はその間に作り方を調べる。


「楽しそうね…」

 俺が作り方を見ていると、隣を通り過ぎた女性がそう言った。

 俺が振り返って、顔を見ようとしたが、もう既に通り過ぎた後。諦めて、何も聞かなかった事にした。

「明希!持って来たよ。長芋!」

「よし、じゃあ会計しようか」

 尋の天かすと、優が選んだ豚バラをカゴに入れて、レジに並ぶ。


 家に帰ると、俺は早速台所に立ち、準備を始めた。優が手伝うと言って、隣に立つ

「あんまりやる事ないよ?」

「そうなの?」

「あ、じゃあキャベツみじん切りして」

「分かった」

 優と台所でそんな話をしていると、

「そういえば…聖くんって智の双子なんだよね?」

 と、尋と智がテーブルに着き、話をしていた。

「そうだよ?」

「じゃあ、俺らと一緒なわけだ」

「まぁ…そうだね。」

 続かない会話を無理矢理繋げていた。


 その間に俺は、長芋をすりおろし、小麦粉少しと、だし、塩を加えて混ぜる。

 そこに、優が切ったキャベツと、適当に切った豚バラを入れ他の具も混ぜ合わせ、完成。

 鉄板と生地を持ってリビングに行く。

「ほら完成したよ」

「焼こ焼こ!」

 俺は鉄板に生地を落とし、焼き始める。

 すると優が、待っているのが嫌なのか、こんな話をし始めた。

「そういえば、YouTubeの方。どうするの?」

 あの放課後のカフェで、優と話して以来、一つも出てこなかったYouTubeという言葉。だからまだ一つもアップしていない。

「あー、忘れてた」

「何する?最初は自己紹介みたいなのでしょ?」

 智が想像しているのは、色んなYouTuberがやっている、自己紹介動画。

 確かにそれをやった方が良いと、尋はメモを取りながら聞いている。

「音だけの歌動画とかは?」

「顔出さないって事?」

「そう、画面はイラストとかにしておけば、顔見せない活動が出来るでしょ?」

「うん、確かに…」

 優と智が話をする横で、俺はお好み焼きを焼いていた。

「ほら出来たぞ?」

「わぁ!美味しそう!」


『いただきます』

 みんなで手を合わせ、食べ始める。

「じゃあ、自己紹介と歌で良いね。それだけ?」

 尋が食べながら話を戻した。

「私ゲーム配信とかしたい!」

 優が手を挙げて答えた。カフェでの時も言っていたゲーム配信。

 優はゲームが好きだから、きっと憧れなのだろう。自分のチャンネルが出来たのだ。当然やりたがる。

「良いけど、何のゲーム?」

「それは後で考える!」

「じゃあ、そんなところか…?」

「そうだな」


 しばらくお好み焼きを焼いては食べ、会話をしたりと楽しんでいた。

 ガチャ

 玄関のドアが開く音がする。

「あれ?」

 玄関の方から聞こえる女性の声。

「みんな来てたんだー!」

「お邪魔してます!」

 未来が帰って来たのだ。

「あ、お好み焼き!美味しそう…」

 未来はテーブルに置かれた鉄板を見るなり、涎を垂らしそうなほど顔を緩めた。

「食べる?」

「うーん…後でにする。地下室使って良い?」

「あ、楽器置いてあるけど良い?」

「大丈夫!あ、来週演奏会になったから」

 未来は荷物と上着をソファーに置いて、地下室へと続く階段へ向かっていた。

「りょーかい。空けておくよ」

 俺は未来が演奏会の時、必ず一緒に行っている。未来の性格上、適当にやったり、忘れ物が多かったり…だから俺が準備してあげている。

 まぁ…それももう終わりにしなきゃだよなぁ

「あ、そうそう。あの鬼桜さんとやる事になったよ?」

「えっ、鬼桜かぁ…」

 鬼桜は、俺と同い年の女の子で、琴の家元のお嬢様。おっとりしていて、未来とは気が合うが、俺とは全く反りが合わず、いつも言い合いになる。

「それじゃ、みんな楽しんでね!」

「はいっ」

 未来は颯爽と階段を駆け降りていった。これから琴の練習をするのだろう…

「琴かぁ…やってみたいな」

 優が手を頬に当てて、どこか遠くを眺めながら言う。まるで恋する乙女みたいな、憧れを抱くような感じで。

「やるか?」

 俺はそんな優に提案した。

「えっ?良いの?」

「んあぁ…未来に言えばやらせてくれるよ」

 提案はしたものの、全て未来に丸投げ。だって今この家にある琴は全て、未来の物だ。俺が勝手に使って良いものでは無いし、もちろん優には、未来の許可無しに触らせられない。

 優は俺の言葉を聞くと、残っていたお好み焼きを食べ切り、地下室へと降りていった。

 俺達もそんな優を追いかけ地下室へ


 地下室では、未来が琴の調弦を取っていた。

「あれ、みんな来たの?」

「あの未来さん!私、琴弾いてみたいです!」

 優が未来に言う。目をキラキラ輝かせながら…でも推しに弱い未来でも、琴の事となると違う。

「本気でやる気がないのなら、やらせてあげられないな…」

 調弦を取りながら言う未来は、こっちを見ないあたり、本気のようだ。

 その言葉を聞いて、優は少し引っ込んだ。

「そう…ですよね」

 そんな優に、未来は…まさかここまで落ち込むとは思ってもみなかったのだろう。流石にこっちを見た。驚いた顔で

「今から弾くけど…聞く?」

「…はいっ!」

 また、優は目を輝かせた。

 幼い頃から楽器に触れて来た俺と違って、優はきっと琴自体が珍しいのだろう。そんな目をしている。

「明希も弾く?」

「え…何をやるかによる」

「んー、演奏会用のが良いから、二つの個性かな?」

「うわぁ…嫌なのやるねぇ」

 そんな事を言いながらも、俺はもう一つの琴を出し、調弦を取る。

 絶対音感持ちの智に合わせてもらいながら…


「じゃあ、準備出来たね?」

「あぁ…」


 爪をめ、正座をし、構える。


 未来と息を合わせ、最初の一音


 パンッ!

 と鳴った音は防音室の中を響き、聞いていた3人の心に響いた。


 二つの個性は、メロディーラインが交互に変わる曲。人数が多くなるほど難しく、少なくても息が合わないと、メロディーが聞こえてこない。


 俺と未来は小さな頃からこの曲をやっているから、流石に揃ってはいる。


 だが、それだけ。

 表面上揃っていても、中身が揃わない。


 弾き終わると握手が起こった。

 優がまた、目を輝かせてこっちを見ている。

「凄いっ!琴ってこんな感じなのね!」


「下手になったね。明希」

「…ごめん」

 俺は未来に言われ、一層下を向いて答える。


 こんなんじゃダメだ。

 俺は琴を辞める時に、未来の練習相手だけは続けると誓った。

 でもこれでは、未来の練習相手どころか、邪魔にしかならない。

 元々は、未来より、俺の方が上手かったのだ。それが今や…

「あー、父さんに怒られる案件だなぁ」

 俺は正座をしたまま上体を逸らし、床に寝そべり腕で顔を隠しながら言った。

「そうね…」

 隣で未来がそんな俺を見ながら言う。

「報告は?」

「…しても良い」

「そう…」

 俺達は週に一度、海外出張中の両親と、ビデオ通話をする。今日がその日なのだ。

「こりゃ、弓道もダメなやつだ…」

「そう言えば明希、来なくなったもんね」

「あぁ、それどころじゃなかったしな…」

「まぁ確かに…」

 俺はずっと同じ姿勢のまま話す。

「優凪ちゃん、弾いてみる?」

「え、良いんですか?」

「ちょっと気分良くなったからね」

 未来は優を誘い弾かせるが、気分が良くなったなんて嘘だ。むしろ俺と引く前の方がずっと良かったに決まっている。

「はぁ…やる事が多い…」

 俺は一人ため息を吐いた。歌詞に音をつけなきゃだし、7弦ギターの練習しなきゃだし、琴もやらなきゃ。

 でもみんながいる時は、教えるので練習時間無くなるから、夜しか出来ない…

 あぁ、無理だ。不可能だよ。今まで勉強とかそうやって来たけど、流石にもう心が保たない。

「大丈夫?僕何か手伝える?」

 智がそう聞いてくれた。俺は顔を隠していた腕を取って、智の方を見ようとした。

「うわっ!」

 智の顔が近くにあり過ぎて、ちょっとびっくり。普通に声を上げてしまった。

「びっくりした…」

「あ、ごめんね」

 智は驚いた顔をしながら、少しだけ距離を取る。

 智はパーソナルスペースが狭いのか広いのか、よく分からないが、俺の前では絶対に狭いと言える。

 よく近づいて来るし、なんなら寄りかかって来るし…それが何なのか、未だに分からない。

「手伝う事は…無いな」

 俺は話を戻し、智を見ながら言った。

 すると智はいつもの如く、悲しい顔をする。

「そっか…」

 毎度毎度この顔をされると、心が痛む。可愛い顔で、そんな顔をされたら、誰だって心が痛むだろう…

「でも俺の心を癒してくれる何かが欲しいな」

 俺は智のそんな顔を見たくなくて、ちょっとカッコ付けながら言った。もちろん智に向かってだが、癒しが智とは言わない。

 智は俺の言葉を受け、パァッと顔を明るくした。そしてそのまま…


 ぽすん

 起き上がった俺に、身体を寄りかからせて来た。

「僕じゃ癒やしにはなれないね…」

 と、すぐに離れてしまった。いつもなら、何分かはこのままなのに…

「そんな事はないよ。智は可愛いから」

「それだけで片付けないで欲しいな…天才くん」

「うっ…」

 俺が天才という言葉で片付けられるのが嫌な様に、智も可愛いだけで片付けられるのが苦手だ。自分は可愛い行動しか取らないのに、だ。

 それに俺は今、かつての天才とは程遠い。

 天才とは言っても、裏で努力をしていた努力家が作り上げた天才だ。その分、色んなことを続けていなければ、どんどんレベルが落ちて行く。今の琴の様に…

「明希、もう弾かないなら、聖のご飯作ってよ」

「あぁ、そうだったな」

 智に呼ばれて、我に帰った俺は聖のご飯を作るために、一階へ戻る事にした。智も一緒だ。

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