第六話
そして、数日が過ぎ、最初のライブの日が訪れた。
俺は先日、久しぶりに連絡を取った友達が来ているのかを確認しに、客席を見渡す。
「よし、来てるな」
俺が見つけた友達は、ジーパンにTシャツという、なんともファンらしからぬ服装で、色んなチームが参加するイベントだからなのか、浮いていて、見つけやすかった。
友達と言っても女子なのだが、なぜ女性恐怖症の俺に、女友達が居るのかというと…彼女は少し特殊な例なのだ。
あれは中学1年生の時。
割と毎日の様に起こっていた出来事だが、彼女の事だけは不思議と良く覚えている。
「明希くん好きです!付き合ってください」
その日の放課後、帰ろうとした俺に、彼女は下駄箱でそう言った。深々と頭を下げながら
「ごめん無理。」
「あ、うん…そうだよね」
俺は一言そう言っただけだったが、彼女はすぐに引き下がり、下を向いたまま…
他の女なら、
「どうして!?」
とか言って触れて来るところなのに…こいつ、触れてはこない。
でもなぜ彼女がすぐに引き下がるのか、俺は知ってる。
「罰ゲームで告ってくるやつなんかと一緒に居られない」
「そ、そうだよね」
彼女自身にも、罪悪感はあったのだろう。はっきり伝えてやると、少し引きつった顔で軽く笑った。
「ざーんねーんだったね」
後ろで見ていた女子2人が、彼女を冷やかしに出てきた。
「明希くん。うちらと付き合ってよ」
ついでとばかりに、彼女が振られたから、私なら行けるだろうと思ったのか、俺に告ってきた。もちろん俺は断る。
「お前らを断る理由が三つあるけど、聞く?」
「は?断るんだったら聞かないし」
「あっそ」
俺はさっさと下駄箱から自分の靴を取り、履き替える。
「じゃあね島崎さん」
彼女の耳元でそう囁いた。
「へっ?」
島崎さんは耳を赤くして驚いたが、俺は普段通り。
生徒全員の名前を覚えている事が役に立ったかな?ちなみに、告白して来たやつの名前全員言えるぞ?
「あんなことして良かったの?」
校舎を出て、智と歩いていると、智が聞いて来た。女子1人を贔屓すると、他の奴らも来るから、彼は心配しているのだろう。
でも俺は…
「さぁな、でも害は無いと見た」
確信はある。島崎さんは女子から虐められているが、男子には人気がある。
でもそれは、彼女が男子に媚を売っているからとかそういう話では無い。
多分彼女は男子といる方が、何かと過ごし易いのだろう。そんな女子は時々見かける。
それから彼女は、俺を見つける度に話しかけて来た。もちろん適度な距離を保ったまま。
こういうやつは俺にとっちゃ、好感度が爆上がりだ。すぐに彼女を信頼するにまで至った。
「明希くん、桜丘に行くの?」
「ま、そのつもりではいる」
放課後、誰も居ない学校の隅で、隠れて2人で話をする。
「じゃあ私。明希くんのファンになる!明希くんの宣伝隊長として、ライブに絶対行く!」
「ははっ!本当に言ってる?」
「もちろん!」
彼女は俺といる時、他の男子に見せる笑顔とは違う物を見せる。アイドルを見ているかの様なキラキラした目だ。でも嫌いじゃない。
むしろ、彼女に自信が満ちていて、とても良いと思った。
「彼氏が出来ても、俺のファンでいてくれるの?」
そんな彼女に、俺は少し意地悪を言ってやる。
「彼氏とアイドルは違うでしょ?それに、男性アイドルのファンである事に嫉妬する様な人なら、こっちから願い下げだね!」
男子といる時の彼女は、他の女子達の様に、甘い口調で話したりしない。自分の本当の姿で話をするのだ。
だから俺も彼女を平気で居ようと心に誓った。
「へっ!ちょっと、明希くん?」
俺はそっと彼女の手を握る
「握手会の練習」
「えー、今から?」
彼女は笑いながら、俺に握られた手を振り払ったりはしなかった。
「今日も来てくれてありがとう。花音ちゃん。また見に来てね!」
「え、名前…」
俺は彼女の手を離して、彼女を見ながらこう言った。
「俺全員の名前、覚えてるから」
「すごっ!」
それから毎日の様に、彼女と放課後話をしていた。あの事件が起こるまでは…
その日、俺は放課後いつもの様に花音と話をしようと、彼女の教室の前に来た時だった。
「あんた、最近明希くんとよく居るけど、どういう関係?」
「まさか付き合ってたりとかしないよね?」
あの日の放課後、花音に罰ゲームで俺に告らせた2人組だ。
「違う!明希くんと話してるのは、彼から誘われたから!」
俺は彼女に濡れ衣を着せられた事に驚いた。でもそれで良い。それで彼女が助かるのならそれで良いと思っていた。なのに…
「は?あんた明希くんのせいにするっていうの?信じらんない」
濡れ衣を着せた事は逆効果だったらしい…
俺はここには居ない方が良いだろうと、その場を離れた事を、今でも後悔している。
その日の夜、花音から連絡が来た。
『明希くん、私来週から親の出張で、引っ越す事になったの。こんな遅くに伝える事になってごめんね』
と。俺は正直、今日の放課後の事が原因なんじゃないかと、度肝を冷やした。
「それは、あの2人に虐められたからじゃなくて?」
『あの2人?あー、違うよ。ずっと前から決まってた事。でも、大学になる頃までには帰ってこれるってお父さんが言ってたから、明希くんのファンは続けるつもり。ライブやる時はちゃんと言ってよ?じゃないと泣いちゃうから!』
と、そんな返信が返って来た。
「分かってるよ。忘れずに言う」
それを最後に、彼女と連絡を取る事は無くなった。
そして、先日。久しぶりに花音に連絡を取り、突然の事にも関わらず、来てくれたのだ。
あとでお礼を言わなきゃな。と思いながら、舞台裏で準備をする。
「あんた…佐倉じゃない。」
俺の後ろで声がした。俺のよく知っている声。でも、嫌いな人の声。
さらにその声はこんな事を言い続ける。
「運良く受かったみたいだけど、これからはそうはいかないわよ」
俺が後ろを振り向くと、高校の時、同じクラスだった女子の姿があった。
彼女もまた、桜丘を受けたうちの1人である。
「それはどうだろうな。現に入試一位だし」
「それは…あんたが頭良かったからでしょ?」
「さぁ?」
俺は自身有り気に言い返したが、正直高校の時、こんなキャラでは無かったので、彼女が戸惑っている。
「もういい加減、明希にしつこくしないで」
また、俺の後ろから違う声がした。今度も聞き覚えのある声。そして、俺達のボーカルの声。
「は?優凪?なんであんた、佐倉なんかと」
「最初から同じバンドだったし」
優は高校の時、存在感の薄い俺を彼氏として連れていた為か、男からは言い寄られなかったが、女からは彼氏が居るとは思われていなかった。
だからなのか…彼女達の中では、俺の存在自体が消えているのだ。確かにあのバンドでギターを弾いていた男。なのに誰だか思い出せない。そんな現象が起きている。
「ま、まぁ良いわ。あんた達なんか、私達のバンドに敵うはずがないんだから」
「へぇ…お手並み拝見と行こうじゃない」
優と女は喧嘩を始めそうだったが、これが女の戦いと言うのか…歪み合うだけで終わっている。
「明希、行くよ?2人が待ってる」
「あ、うん」
優は女を無視して、俺を引き連れ、尋と智が待つ場所へと向かった。
そして、ライブが進み、俺達の出番になる。
「さぁ、初めてのステージよ」
「幸い聞いてくれる人はたくさんいる」
「明希の宣伝隊長も付いてるしね!」
「あぁ!練習期間は短かったが、それでも成果を発揮しよう」
4人で手を組み声掛けをする。
俺達の今の格好は、まだ衣装が決まっていない為、ジーンズに白いTシャツだ。
ついでに俺は髪を下ろしたままだし、尋も智もそこまで顔が見えない感じになっている。
それぞれ楽器を持ってステージに入った。智だけは置いてあるドラムの席に腰掛ける。
「こんにちは、Wing Knightsです。」
優が客席に話しかける。
「今日は私達の、桜丘に入学後の初ライブです。バンドを結成してからあまり経っていないので、まだまだ未完成のパフォーマンスですが、聞いていただけたら幸いです。よろしくお願いします!」
正直に言うと、バンドを結成してから数日しか経っていない。と言うのは言い訳でしかない。
そもそも俺達は、高校時代から面識があるから、よく一緒に練習していたのだ。でも、こう言うのには訳がある。
それは…高校時代の軽音部。俺はあまり目立ちたく無い心づもりから、もっと上手く弾けるのに、もっと上手く教えられるのに、何もやってこなかった。
だから、前のバンドのドラムも、尋のベースも、優のボーカルも、そこそこのレベルまでしか上がっていない。もっと完璧を目指せるはずなのに、やらなかったのだ。
こんな事なら未来と琴を弾いていたいと、何度思った事か…
それでも俺は、このメンバーでやりたかった。だからこれからは、ビシバシ鍛えていこうと思っている。今回のライブでは、それに当たっての時間が無かったのだ。
それでも俺達は全力で弾く。客の心に響かせる。まだ、俺達のオリジナル曲は無いが、それでも俺達なりの演奏にする。
「いくよ?」
智が声を掛ける。
「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」
智が拍を数え始め、第一音はドラムから。
そして、俺のギター。尋のベースと重ねていく。
みんなが良く聞く曲を選んだからか、客席の人達は曲に乗って来てくれたが、その分下手さが目立つ。
優のボーカルが入り、俺達3人も気合が入る。
音がブレたり、テンポがズレたり、ミスが目立つ。
優も歌いにくそうだが、昔から音楽をやっていた俺も、絶対音感を持った智も、嫌な顔をする。
俺はそんな顔を隠す為にも、髪を下ろしたままなのだ。
なんとか、初ライブを終えることが出来た。
演奏はまずまずだと思う。ほら、他のどのチームよりも、拍手が大きい。
俺達は、やり切った思いで、息を切らしながら、その拍手を受けていた。
いや、撤回しよう。俺と智は息なんて切らしていない。智はまだまだやれると、笑顔のまま。俺は、今の状況では、もう出たく無いとさえ思った。
その後、舞台を降り、帰る準備をした。
地下ホールの外に出ると、見覚えのある人が立っていた。
花音だ。後ろに男を連れている。
「明希くん!凄く良かったよ!」
彼女は俺の元へ来るなり、そう褒めてくれた。昔に比べてグイグイと近寄っては来るが、俺には触れて来ない。相変わらず、適度な距離を保ったままだ。
「もう、最初誰だか分かんなかったよ」
「うん。ごめん」
中学の時は、前髪がこんなに伸びては居なかったし、もう少し顔が見える髪型だった。そりゃ、分からなくもなるだろう
「おい!」
突然、花音の後ろにいた男が話しかけて来た。
「花音が一推しだって言うから来たのに、全然じゃ無いか!」
「ちょっと!」
男は花音に止められていたが、それでも俺につっかかって来た。
「花音ちゃん。こいつ誰?」
しかし、それに答えたのは智だ。声を少し低くして、威嚇する。
「こいつはただのオタ友。ごめんね。私ら結構ガチなの」
花音は、俺のファンになると言ったあの日から、何かに目覚めたかの様に、男性アイドルのライブに片っ端から行ったのだそう。
その中でも、俺は花音の一推しのアイドルだったらしい…
「今日のライブは心に響かなかった」
男は俺に言ってくる。
「…そうだろうね。練習できなかったし」
俺がそう言うと、男は眉をひそめた。
「それは言い訳か?少なくとも、お前は実力を隠しているだろう」
男がそう言うと、俺も智も驚いて目を見開いた。
正直、ここまで言い当てる人は今までに居なかったのだ。高校の間ずっと…
「お前…俺の本気が見たいのか?」
「は?当たり前だろ!花音がファンになったんだ。本気じゃなければ、俺は聞きに来ない。」
男に指を刺され、俺は少しよろけた。
この男は、俺が本気になる事を望んでいる。でもそれは今じゃ無い。
「夏のイベント…」
「夏?」
俺が本気を出すのは夏のイベント。つまり智のおばさんの宿でと決めている。
それまでは優や、尋の実力を底上げする事に時間を注ぐつもりだ。
「夏のイベントだ!そこで見せてやるよ。俺の本気を!」
俺は普段人前では絶対にやらないくらいの大きな声で、男に言い放った。
すると男は少し驚いたが、その言葉を受けて、一気に表情が明るくなる。
「ハハッ!気に入った」
男は俺の手を取り握る。
俺がびっくりして、一瞬身体を震わせると。
「あ、すまない。花音から男は平気だと聞いていたんだが…やめた方が良いよな?」
俺は内心ひやしやして、冷や汗が出そうにもなったが、平常心。無表情で返す。
「いや、大丈夫だ」
「なら良かった」
男は安堵し、柔らかい表情で、俺の手を握ったまま、もう一度向き直った。
「とにかく夏のイベントだな?分かった。それまでは待ってやる!ただし、期待は裏切るなよ?」
「約束する」
俺も、男の手を握り返し、約束を交わす。これで夏のイベントに来てくれる人が確保できた。ただまぁ…最大人数はその分減ってしまうが…
「ほら花音。行くぞ?」
「ごめんね明希くん。今日は連絡くれてありがとう」
男が手を離し先に行くと、花音は俺に手を合わせて謝って来た。
「呼んだらまた来てくれる?」
「もちろん!私、宣伝隊長だもん!」
「あぁ…宜しくな!」
俺は眼鏡越しに、花音に中学時代同様の笑顔を見せた。
花音も笑い返して去っていく。
「明希の好きな人って、彼女?」
「……違う。」
「ふーん…」
俺は少し間を空けて答えた。優には勘違いされたかもしれないが、俺はただ、聞かれた事に驚いただけ。好きな子はもっと別に居るのだ。
誰の事かはみんなには分からないだろうが
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