第五話
桜丘大のカリキュラムとしては、午前に専攻科目の授業があり、午後には授業が無い。
学生はその時間で郊外のライブに参加したり、写真撮影などの仕事をしている。
ちなみにだが、専攻科目の授業は一年のうちに終わってしまうし、六人もいるチームともなれば、必要としなければだが、何も取らない人もいる。そんな人達は午前中にも活動をしているのだ。
俺達はその日、午前はみんなそれぞれの授業を受け、もうすでにお昼の時間を迎えた。
「みんなはお昼どうするの?僕は一度帰って家にあるデータを整理する予定だけど」
智はどうやら帰るらしい。たしかに朝、弁当は要るか聞いた時に、要らないと答えた。
「私はここのカフェで、今後予定を明希と打ち合わせたいんだけど…」
「ん?俺?」
「そう…」
優の専攻科目は舞台構成だ。つまり、マネージャーの仕事などなど。ライブをする箱を押さえたり、照明などを担当する智と、打ち合わせたりと、いわゆる
「まぁ、それは良いけど…」
「何かあるの?」
「先生に特典の話しに行かなきゃだし…」
「待ってるから」
「分かったよ…」
俺としては、昨日優に振られたから、あまり2人では居たくないのだが、優は平気な様なので、ここは合わせるしか無いと断念した。
「尋はどうする?」
「俺は…メイク道具を一式揃えておくよ」
「え、まだ足りないの?」
尋のメイク道具は良くあるケースを三つほど…俺は十分だと思ってたんだけど…だって、リップで20本くらいあるし…
尋としてはまだまだ足りないらしい
「あんたお金あるの?」
「俺は優みたいに無駄遣いしてないし」
「あ、ひどっ!」
尋と優が喧嘩を始めそうになり、すかさず俺が入る
「まぁまぁ、活動を本格的に始めれば、そこそこお金は入るし、なんなら俺がお金出そうか?」
「それは…なんかやだ」
すんなり断られてしまった。俺は今でこそ小さな家に住んでいるが、昔は豪邸の様な家に住んでいたものだ。両親が海外出張で家を空けていても、時々お金が送られてくる。
俺も未来もあまり使わない為、あまりに余ってしょうがない…
「でも、足りなくなったら言うよ」
「あぁ、そうしてくれ」
学校の庭のとある一角でそんな話をした。
それから俺は、先生と話をする為、職員室に向かっていると、周りの声が気になった。
俺が通るたびにヒソヒソと話し声が聞こえる。俺は入試一位だったから目立つし、良い事は言われていないのだろうと、あまり聞かなかった。
「よぉ!相変わらず地味だなぁ」
お前こそ良く会うな。と突っ込みたくなったが、ここは我慢。
鞍馬が話しかけてきたのだ。チームのメンバーを引き連れて
「前髪でも上げたらどうなんだ?入試一位さんよぉ」
俺は鞍馬に顔を覗かれ、咄嗟に下を向いた。なんとなくヤンキーにカツアゲされている気分になったのだ。
しかも今の俺は、自分の姿を隠している状態。高校の時と同様に、眼鏡を掛け、髪を整えず前髪で目元を隠している。
こんなやつに見せてやる顔など無いのだ。校舎の外で他の生徒がいる場所なんて尚更だ。
「俺は…これで良いんだ」
「さては、俺のかっこよさに自信を無くしたな?」
内心ため息をつきながら、鞍馬に合わせて少し縮み込む。
「ど、どいてよ。先生の所に行かなきゃ」
「媚び売りに行くのか?」
鞍馬のチームのメンバーまでもが、俺を弄り始めた。
「それは、違う…」
そんな中、俺は堺さんの姿を探した。昨日会ったギャルメイクの女の子は居ない。鞍馬と一緒に居るのは、ナチュラルメイクをして、髪を下ろした、まさに清楚系な女の子。まさか…
「えっと…堺さんは?」
俺は演技を続けながら鞍馬に聞いた。すると鞍馬は突然怒り出し
「おい!可愛い女の子がメンバーに居ながら、うちの女にまで手を出そうとしてんのか?」
「いや、そういうわけじゃ…」
なんだ、大事にされてんじゃん。と思いながら堺さんを見ると、俺と目があった彼女は、鞍馬の言葉に嫌な顔をしながら、俺からも目を背けた。
「けっ!こんなやつに構ってる暇なんてねーんだよ」
と、鞍馬達はどこかへ行ってしまった。
やっと解放された…と安堵していると、
「なんで自分を偽っているのよ」
と、去り際の堺さんに言われた気がした。おかしい…俺の詐欺メイクは完璧な筈だ。
顔立ちこそ変わっていないものの、尋に教わったメイク法で、綺麗な肌は隠せているはずなのに…まさか、俺を知っているのか?
と、振り返っても堺さんは、鞍馬達と共に歩いて行くだけ。
結局考えるのをやめて、先生の元へ向かった。
「先生。昨日の特典の件で少し良いですか?」
「えぇ良いわよ。もう決めたの?」
「はい」
俺が職員室に行くと、先生はちょうどお昼を食べ終えた後だった。
「それで?どっちにするの?」
「公式アカウントの方で…」
俺がそう答えると、先生は驚いた顔をした。なんだ?そんなに変な事か?衣装なんて後からいくらでも作れるだろ。
「何か変な事言いました?」
「いえ…毎年、オーダーメイドの方を取る子が多いから、驚いてしまって」
なんだ、そう言う事か。それにしても例年のやつは馬鹿なんだなと、思いながら先生の話を聞いた。
「じゃあ、アカウントはもう作ってある?」
「はい。昨日作りました」
昨日、継実家で話し合いをした時に、智が作った物だ。
「あら?まだ写真を入れていないの?」
「はい。今日これから取ろうと思って」
「ふーん…学校のTwitterで君達のアカウントをツイートするつもりだから、いつまでに出来上がる?」
先生は俺が見せたアカウントをメモしながら聞いた。
「明日の夜までには…」
これは正直、写真を撮る俺にも、編集をする智にも負担が掛かるが、早いに越した事はないし、智の事だ。俺がやると言えばやってくれるだろう。
「分かったわ。じゃあそれまでには完成させておいてね。完成してなくても、ツイートしちゃうから」
「…分かりました」
無茶振りだな。と思いながら、職員室を後にして、優が待つカフェに行く。
「優、お待たせ」
俺がカフェに行くと、優は優雅に紅茶を飲んでした。周りに男が多数。みんな優を見ている。
だから俺はあえて大きな声で、優に声を掛ける。
「遅かったじゃない」
「途中で鞍馬達に捕まっちゃって」
「またあいつらぁ?」
優は心底嫌な顔をしながら言った。マドンナに似つかわしくないと、俺は慌てて優の顔を隠す。
「ちょっと何よ!」
「そういう顔は辞めてくれ…お前の顔が売れなくなる」
「そう言うあんたこそ、その顔で売れるわけがないわ」
優はそう言って、俺の眼鏡を取ろうとした。俺は慌てて優の手を掴む。
「頼むから辞めてくれ、お前に拒絶反応は起こしたくない」
「そ、そうね。ごめんなさい」
「いや、良いよ」
俺は優の事が平気だとは言っても、優から触れられるのは苦手だ。優に触れる時はいつも俺からにしている。そうでないと、他の女達と同じ様に拒絶反応を起こしてしまうからだ。
「それで?相談したい事って?」
「うーん…ここで話しても良いのかなぁ」
「…あっちに行くか」
ここではたくさんの人に見られている為、大事な作戦を話す事は出来ない。
俺と優は小部屋へと移動した。
「よし。ここなら良いわね。」
テーブルを挟んで椅子に座ると、優は俺に聞いた。
「昨日は大まかな事を話していたけど、具体的に教えて?七月の順位戦まで何をするのか、夏休みの活動は?その後はどんな予定?」
「これは、俺の計画と、予想だけど…」
俺は包み隠さず優に話し始める。だってライブの箱を取るのも、時間を調整するのも優なのだから。
「七月までは、小さなライブをやるつもりだ。1個か2個で良い。箱を取っておいてくれ」
「分かったわ」
優は俺の話をメモをとりながら聞いている。
「あとはYouTubeで歌動画を取って投稿する。それである程度のファンは獲得出来るはずだ。
そして七月の順位戦。
ここでは素顔を晒さず、音だけで勝負をする。当然、上位入賞は望めない。でも入場者に配られるパンフレットに、各チームのYouTubeと Twitterのアカウントが載るから、見てくれる人は居るだろう。
そこで夏休みだ。智のおばさんが山の中腹で宿を経営している。海の見える所だ綺麗だぞ?
俺たちは一週間そこで働く。その際、抽選で選ばれたファン少数を半額で宿泊させ、最終日にライブをやる。写真はNGにして、素顔を晒す。」
「つまり、ファンを囮に使うのね?」
黙って俺の話を聞きながらメモを取っていた優が言う。
「あぁそうだ。そして、夏休みの後半。大体この辺りで、テレビの双子特番の為の撮影をするはずだ。恐らくお前達はそれに呼ばれるはずだ」
「どうして?私達公表してないよね?」
「七月の順位戦。ライブの前に各チーム、控え室訪問が映像で流れる。その時に公表すれば良い。順位戦は、テレビ中継も入るビッグイベントだ。放っておく訳がないだろ?」
「た、たしかに…」
俺は普段人前では出さない、自信に満ちた顔で語る。もちろん眼鏡も、前髪も下ろしたまま。
「そこから十二月の順位戦まではまだ考えていないが、恐らく一度くらいは、チームバトルが入るだろう」
「あー、あの校内どこでも出来るライブバトルね…」
優は面倒そうな顔をしながら言う。確かに少し面倒だとは思う。だって負ければ損しかないからだ。もちろん勝てると思っているチームにしか仕掛けないだろう。
だからこそ、俺達の素顔は晒さないのだ。
「じゃあ、あんた達の素顔を晒すのは、その十二月の順位戦だっけ?」
「そう。まぁ一年のうちは本格的な活動はしないかな…」
「分かったわ。YouTubeもどんな感じにするのか考えておかなきゃね。」
「良くあるのは…歌ってみたとか、ゲーム配信とか?」
俺と優は2人して、うーん。と、頭を抱え込んだ。これは2人だけで話す案件ではないだろ、とも思いながら…
「ま、とにかく!あんたの考えてる事は分かったわ。箱を取っておけば良いわね?小さいとこで良い?」
「あぁ。常に客が入ってくる、他のチームとの合同でも良いぞ?」
「分かったわ。調整しておく」
優は紅茶を飲み終えると、席をたった。
「私は空いている箱を掲示板で探してから帰るけど、あんたどうするの?」
「うーん。買い物して帰るかな…姉ちゃん多分機嫌悪いだろうし…」
「あ、もしかして…お姉さんデートなの?今日」
優の顔からほんの少し血の気が引いた。
「そう…」
「あら…頑張って」
「あぁ…ありがとう」
前に優には少し愚痴った事がある。彼氏が本当にクズなんだ、とかそれくらいの事だが…だから俺が未来の話をすると、優は決まってこういう反応をするのだ。
俺は優と別れ、買い物をしてから家に帰ると、既に未来の靴があった。
どうやら3時には家に帰っていたらしい…
「未来、帰ってたんだ」
「あ、明希。お帰り…」
「どうだった?」
「聞かないでぇ…」
未来はソファーに寄り掛かりながら、気力なく答えた。
まぁ、分かっていた反応だが、だからこそか別れれば解決するのにな、と思ってしまう。
「でもね!明希」
「お?何かあったのか?」
未来がソファーからムクっと起き上がり、俺に目をキラキラさせながら話してきた。
「今朝、あいつが待ち合わせ場所に来なかったから、家まで行ったの」
いつもなら昴くんと言うのに、デートの日はあいつ呼ばわり、まぁ良いけど…
「そしたらね!智くんの双子にあったのよ!」
「あぁ…聖か」
俺が夜ご飯の準備をしながら素っ気なく答えると
「なんだ…知ってたの。」
と、未来はつまらなそうにした。
「当たり前だろ。同級生だぞ?あいつだって中学までは普通に行ってたんだから」
「え?高校は?」
流石にそこまでは知らなかったか…と、話し始めた事を少し後悔した。ごめん聖。姉ちゃんに少し話すわ。
心の中で聖に謝り、未来に話す。
「まぁ…俺も詳しい事は知らんけど、高校で色々あって、今は家でデザインの仕事してるよ」
「へぇ…ニートでは無いんだ」
「ま、ほぼニートな未来よりは確実に稼いでるな」
「う、煩いわね!私よりあいつの方が働いてないわよ!」
未来は台所まで押し寄せて、俺に反論をした。確かに昴さんは仕事をしていない。でも未来だって、殆ど働いていないのと同じなのだ。
未来はプロの箏曲者として、働いている。つまり、コンサートがない限り、働いてはいないのだ。うちにお金があるから良い物を…
「今日何作ってるの?」
「秘密…」
未来を労うために作ってるのに、言ったら意味がないだろと思いながら、話を元に戻した。
「それで?今日いくら使ったの?」
「…」
未来は下を向いてモジモジしながら答えない。俺は包丁を持っていた手を止めて、未来の方を見る。
「で?」
こんな反応を見せる未来の答えとしては、2つ。
一つ目はデート代を全て払わされた。
二つ目はいくら嫌いな昴さんからでも、可愛いと言われれば、自分で似合わないと思わない限り、未来は服やアクセを買ってしまう。
「それで?」
俺はもう一度、未来に聞いた。
「えっと…今日は、お金が無いって払わされました…」
「どこで、どれくらい?」
「えっと…高級レストランに予約していたらしく、10万弱…」
「…」
カチャン
俺は持っていた包丁を落としながら、言葉を失った。幸い包丁はまな板の上、怪我をしなかったのは良しとしよう
「…は?」
そんな額を久しぶりに聞いた俺は思考が停止した。思考が停止するのは小4以来だ。
いや、その時よりももっと凄い怒りが押し寄せてきた。
「よし、今から請求しに行こう」
俺がエプロンを脱いで台所から出ようとすると未来が俺を前から覆い被さって止めた。
「ま、待って!」
「なんでだよ!」
それから未来は俺の腰の辺りに自分の手を回しながら下から見つめて来る。
「お金の事ではトラブりたく無いの。もう別れるつもりだから…ね?」
「うっ…」
未来に身体を掴まれているからか、下から見つめられているからか、乗り込もうとした足が引っ込んだ。
「はぁ…分かった。正直、お金の事はどうでも良いんだ。ただ、未来に払わせたってのが気に入らない」
「それは…別に良いよ」
「良くねーよ!父さん達から送られて来るお金も、生活費と2人の小遣いを分けてるんだ。そんなにたくさんある訳じゃ無い!なのに…」
「私全然使ってないから、たくさん余ってるし…ね?」
未来は俺をソファーに座らせ、落ち着かせる為に水を汲んできた。俺は仕方なく水を貰い、飲む。
しかし落ち着いても、怒りは収まらない。未来も女だ。朝も言っていたが、顔が綺麗でもメイクはするし、服だってたくさん欲しいだろう…そんな女の子からお金を奪うなんて、どうかしてる。
「言っておくけど、明希の財布からは要らないわよ?」
「でも…」
どうやら、後でこっそり入れておこうと思った事がバレたらしい。
「あいつの事はもうどうでも良いの…ただ、ちょっときっかけが欲しい…」
「きっかけ、ね」
俺は、いや俺たちはこの時、既に全ての歯車が動き出した事を知らずにいた。
あとで起こることを知らずに、ただ一日を過ごしていたんだ。
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