第四話

 俺の朝は鏡を見て、ため息をつくとこから始まる

「はぁ…」

 こんな顔に産まれたせいで、ろくな事が無かった。


 鏡に映る人物の顔は、いかにも爽やかイケメンって感じの顔付きで、疲れなど全く見せなかった。

 きっと街中を歩いていたら、女子が黙っていないだろう。実際そんな事が何度もあった

 キャーキャー言って近づいてくるだけならまだ良い…まだ良いけど、触れてくるやつはマジで論外。そもそも知らない人だぞ!ふざけるな

 だから女は嫌いなんだ…

「はぁ…」

「今日は二回もため息吐いたね」

 洗面所に顔を出したのは、俺の姉である未来だ。

「未来…今日早いな」

「今日…デートなの」

 未来は凄く嫌そうな顔をしながら言う。

「え、こんな早くから?しかもど平日に?」

「そ!ほんとやんなっちゃう」

「やなら別れりゃいいのに」

「今理由探し中〜」

「理由ねぇ…そういえば、昨日優に別れよって言われたんだった」

「…は?」

 俺が優と別れた話をスッと言うと、未来は食いついて来た。ついでに思ってる事を言ってやる。

「それはこっちが言いたいよ。俺が何かしたか?今までちゃんと付き合ってやってたのに」

「さぁ…でも相当な決心したんじゃない?」

「まぁ…どうせ朝から笑顔でいつも通り挨拶してくるだろうよ」

「普通なら良いじゃない」

「どうだか…」

 優が相当な決心をした事は俺も重々承知している。だけど仮にも彼氏である俺を振った次の日に、笑って過ごせるなんて度胸のあるやつだとは思う。まぁ…そうするしかないのかもしれないが。

「…あんたも素直になれば?好きでもない女から解放されたんなら、好きなやつに向き合えば良いじゃない」

「…誰のこと言って…」

「さぁね。そんなのどうでも良いわよ。ま、どうせあの子だろうけどね」

 未来は俺のことを見透かした様に言う。

 でも実際色んなことを知っていると思う。


 そんな会話をしていたからか、未来の手は止まっている。

「…さっさと行かないとまた怒られるんじゃない?」

「あっ!早く言ってよ!」

「だって楽しそうに俺の事いじめてたから」

「いじめてないし!あんたが深刻そうな顔してたからじゃない!」

「してないし!」

 ちょっとからかうと、やり返されたが、これはこれでまた楽しい。


 

 未来が髪の毛を束ねているのを見て、俺はちょっといじってみたくなった。

「ちょっとかして」

「何?」

 未来から束ねた髪と櫛を奪うと、ゴムを取り出して結ぶ。

「ちょっと前に尋から教わったんだけどさ」

「へぇ…尋くんねぇ」

「未来に彼氏が出来立ての頃だよ。あの時教えてもらって暫くやってあげてたじゃん?」

「そうね」

 未来に彼氏が出来たのは一年前。俺からしてみればクズな奴だとは思ってたから、良く一年も続いたなって思うんだけど、

 当時は俺も未来に彼氏が出来たことを喜んだ。

「ま、顔は良いからメイクなんてしなくても問題無いけどさ」

「それでも女はするのよ」

「はいはい」

 流石に俺の技量ではメイクまでは出来ない。ここに尋が居れば別の話だが…

「ちょっと!」

 未来は俺に軽く流された事に少々腹を立てていた。

 そんな未来をよそに、俺は髪をアレンジし続ける。

 しばらくして、

「ほら出来たよ。ただ髪下ろしてるよりは良いでしょ?」

「まぁね。ありがと」

 何でも無いかの様に素っ気ない返事をした未来だが、鏡の前で嬉しそうに自分の髪を眺めている。


 それから未来はメイクをして、玄関に来た。

「今日も姉様は素敵ですね」

 俺は思ったことを素直に伝える。

「あんたそれ好きな子に言いなさいよ」

「…はは」

「何今の間」

「なんでもない…」

 正直、好きな子なんて言っても、付き合えるなんて思ってないし、そもそも…そういう関係になりたいのかも分からない。

 だから未来とこの話をすると苦笑いをしてしまうのだ。


 未来はドアノブに手を当てると急にこんな事を言い出した。

「はぁ…行きたくない」

 ため息をつきながら、嫌々行こうとする未来を見て、ある提案をする。

「ぎゅーする?」

「…する」

「はいはい」

 俺は女性恐怖症で触れられるのが嫌だが、こんな未来を見てしまうと、そうせざるを得ないし、遊び感覚で触れてこない人間は分かってるから、未来や優は平気になった方なのだ。

 まぁ、それでも時々吐きそうにはなるけどね…

 しばらくハグをしていると、未来が俺の胸元から離れて、再びドアノブに手を当てた。

「行ってきまーす」

「ん、行ってらしゃい」

 未来を笑顔で見送った後、すぐに真顔に戻る。

「はぁ…俺も支度しないと」


 ピーンポーン

 それからしばらくして、玄関のチャイムが鳴った。七時だ。智が来ると言っていた時間。

「はいはい今行きます」

 俺が玄関を開けると、笑顔の智が立っていた。

「おはよう智」

「おはよー!」

 挨拶をして、智を家に上げる。


「未来さんはもう行ったの?」

 智はリビングの椅子に座り、俺の作った朝ご飯を食べながら言った。

「あぁ…どうせ昴さんは起きてないんだろ?」

「御察しの通りです」

 そう。未来の彼氏はあの昴。鈴村家で唯一のクソ人間。なぜそんなやつと未来が付き合っているのか…

 それは未来が押しに弱く、昴に言い寄られたからだ。

「本当に、別れりゃ良いのに…」

「そんな簡単には行かないもんだよ」

「そーゆーもんか」

 とは言いつつも、最近別れたいと口に出す様になった未来から察するに、きっかけさえあればすぐに別れるだろうとは思っていた。

 未来は押しに弱いが、物事はキッパリと言うタイプだから、別れたいとはすぐに言えるだろう。

 俺もそんな未来に似ているんだよな、と一人で思いながら朝ご飯を食べる。


「ごちそうさま」

 智と二人で後片付けをして、家を出て、中学以来ぶりに一緒に学校に行った。



          ○


 一方その頃、私は昴くんが指定した待ち合わせ場所で待っていた。

「あー!本当になんなの!?」

 はっ!心の声が漏れてしまった。

 あいつ、自分から誘ってきて遅刻するとか意味がわかんない!大体こんな早くから、デートして帰る頃にはお互い気分どん底よ。いや、あんたはそんな事ないか…

「はぁ…こんな事なら、明希の朝ご飯食べてくればよかった」


 私は仕方なく、彼の家に来て、玄関のチャイムを鳴らす。

「おはようございます。昴くん居ます?」

「…昴ならまだ寝てるよ?」

 玄関を開けて出て来たのは、まだパジャマらしき服を着た眠そうな男の子。

「え?智くん?」

 ナチュラルベージュ色の髪が特徴の、少し背の低い男の子は、私の知る智くんしか居ない。

 でも彼はもう明希の朝ご飯を食べに出掛けているはずだ。

「俺は聖だ。智の双子の弟」

「双子…そっか。ごめんね」

「いや良い。あまり外に出ない俺が悪いからな」

 智くんの双子の弟にしてはサバサバしていて、元気いっぱいな感じはあまりしなかった。

「…ったく、あいつはこんな可愛い彼女居んのに、待たせるとかふざけてるな」

「…ふふっ。そう思う?」

「あぁ、昨日俺に起こせっていって来たし、自分のデートくらい自分で起きろよ」

「本当よね!私もそう思ってた」

 彼は、少し機嫌が悪そうだが、それは兄、昴に対してだけであって、悪口を言う彼を不快には思わなかった。

 むしろ共感してくれる人が居て嬉しかったくらい。


「あっ!」

 聖くんは突然何かを思い出したかの様に、声を上げた。

「どうしたの?」

「いや…誰も開けてやらないから、仕方なく来たんだけど…俺、着替えてなかったなって」

「今更?」

「えっと…ごめん。見苦しいよね?すぐ昴呼んでくるから」

「大丈夫よ。昴くんと出かけるくらいなら、君と話していたいくらい。」

 これはきっと、私の心からの思いなのだろう。不思議と胸の奥がスッキリした。

 やっぱり、綺麗さっぱり昴くんとは別れよう。その方が、私にとっては良いのかもしれない。彼といたって楽しい事はないし…


「あの、俺も!俺も未来さんとお話してたい」

 聖くんは目をキラキラさせながら言ってきた。こう言ってもらえるのは本当に嬉しい。

 それから、やっぱり双子なんだなと密かに思った。だって今の彼は、楽しそうにしている智くんにそっくりだったのだから。

「でも、また今度ね。こんなところで二人で話しているのが、昴くんにバレたら、どうなるか分かんないから」

 そう。私だけならまだ良い。でもきっと私より、聖くんの方が酷い目にあうだろう。こんな可愛い子を傷つけるのは心苦しい…

「そう、だよね…」

 下を向いた彼は、少し寂しそうだった。あまり家から出ないと言う彼にとって、家族以外の人と話す事は貴重なのだろう。

 この家に何度も来ている私ですら、彼の事を知らなかったくらいなのだから…


「はっ!未来ちゃん!?」

「あ、おばさん」

 お母さんが出て来た事で、聖くんの顔は固まった。その顔は歪み、今にも起こり出しそう…

「聖!?何してるの!早く昴を起こして来なさい」

「母さんがやって来いよ」

「母親に向かって、なんてこと言うの!それに…未来ちゃんは、あんたが話しかけて良い相手じゃ無いのよ?」

 若干反抗期気味な聖くんは、お母さんに対して、私と話していた時とは、態度が急変した。

 そんな聖くんが可哀想で、私はつい本音を言ってしまった…

「おばさん。昴くんが出てこないのが悪いんです。聖くんは退屈してた私を楽しませてくれました。」

「何ですって!うちの息子を侮辱しないでちょうだい!あなた、料理もできないらしいじゃ無い。そんな女とはうちの息子を付き合わせられません!」

 私の本音に、おばさんも本音をぶつけて来た。今時、女が料理をしなきゃいけない考えは、少し古いと思う。明希だって、私が出来ない家事を全部出来るし…

「あの…そこまで言うなら、いえ、言われなくても別れて差し上げますけど?」

「それは昴が許しません」

 は?どゆこと…?

 私も聖くんも、おばさんの言っている事の意味が分からなくて、目をパチパチさせていた。

 聖くんに至っては、首を傾げてキョトンとしている。


「昴ー!未来ちゃん来てるよ!」

「…」

 おばさんは玄関から、上の階で寝ている昴くんを呼んだ。

 静まり返った家の中からは、昴くんの返事はない。それに他の兄妹も今は居ないみたいだ。

「はぁ…呼んでくるよ」

「あらそう?お願いね」

 おばさんは本当に聖くんの事を大切には思っていない様だ。そんな態度が丸見えで、聖くんが面倒事を引き受けてくれた時だけ、優しい母親の顔をする。

 そんなおばさんに、聖くんはため息を吐いた。

「早く別れてくれたら、未来さんとちゃんと話が出来るのにな…」

 聖くんはおばさんに聞こえないくらい小さな声で、そう言った。

 別れる為の言い訳を探してる場合じゃ無い。この家はなんだか歪んでいる。智くんがよくうちでご飯を食べてから帰るのも頷ける。この家にはなんとなく居たくない。

 でも、聖くんとは話していたい。なら、私はさっさと別れるべきだと思った。

 だからそれが出来たら苦労しないんだよなぁ…

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