第二話(1)

 帰り道。四人で話をしながら帰っていると

 とてつもなく慌しい足音がした後に、後ろから急に重さがかかった。

「うわっ!あ、すぐ!」

「明希!久しぶり!大きくなったね!」

「俺も、もう大学生だぞ?」

「そうだった。そうだった。」

 ヘラヘラしながら直は言った。

「その紋章桜丘の人だね?」

「あぁ、この人は佐々木直葉ささきすぐは。一つ上の学年だ」

 直は俺の従兄弟で家も結構近いから、よく遊んだりした。

「明希も智君もここに入ったんだね!私も同じ歳ならよかったなぁ。あ、てか!入学するのは皐月さんだけだと思ってたんだけど、明希だったんだね。」

「だって…皐月は」

「分かってる。それ以上は言わなくて良い」

 一気に暗くなる俺の顔を見て、直は俺をフォローした。

「初めまして直葉さん。継実優凪です。こっちは弟の尋樹。よろしくお願いします」

「うん。よろしくー!優凪ちゃんに尋樹くんね!覚えたよ」

 直は何故かずっと笑っている。

「久しぶりに会ったから、顔がニヤついて取れないよ。」

 直は昔、俺の事が好きだった。

 だからなのか、久しぶりに俺を見て顔がニヤついているらしい。いや、昔からこういう奴だ。

「直葉さんは、何専攻なんですか?」

 尋がたずねた。

「カメラマンだよ!明希と一緒」

「あれ?デザイナーじゃなかったんだ」

 直は確かデザイナーになると言っていたはずだ。カメラは苦手なはずなのに…

「私だって明希と同じように皐月さんに憧れてるんだからね!」

 ニッと笑い返された。

 あぁ、皐月はみんなの憧れの的だから。誰もが皐月の様になりたくて、カメラマンの道に進む。俺の知り合いはほとんどがそうだ。

「あーあ、私も君達と同じチームに入りたいなー。引き抜いてくれたら良いのに」

「え、一つ学年落ちるけど良いの?」

「別に良いよ智くん。そもそもある程度のポイントが無いと卒業する事も出来ないのがこの学校だからね」

 初耳だ。そんな事は説明されなかった。

 俺達全員驚いて、目を丸くする。そんな俺達を横目に

「ま、聞いてないだろうから、誰にも言わない事。それに私のチームは強いからね!仕事も沢山入ってるし、君達が私達に追いつくまでには卒業してるかなー」

 若干嫌味ったらしい。直は俺と智の事を馬鹿にする癖が少々ある。確かに一年の差は結構キツイが、そもそも追いつく必要はないのだ。だが、言われっぱなしなのも癪に触る。

「じゃあ、せいぜい頑張りますね」

「ええ、頑張ってちょうだい」

 何故かここで女の戦いを始める優と直。

 笑顔の裏で何かがバチバチしている気がするのは俺だけだろうか。

「尋。まだ時間あるよね?」

「ん?あるけど」

「明希!近くにカフェが出来たらしいから行きましょ!まだ時間あるみたいだし」

「え、あ…わかった」

 手を引かれ、若干連れ去られながら走った。智と尋、そして直を置いて走っていく。取り残された三人がこっちを見ていた。

「十五時には帰ってきてよ!」

優は三人に背を向けながら、手を振る

「分かってるよー」



         ○


 あぁ、どうしよう。完全に困ってるよね。どうして自分だけ連れてこられたんだって顔してるよ!分かってるのかなぁ自分が私の彼氏(仮)って事。

 そもそも私、完全に明希の事好きになってる…

 いやいや待ってよ!明希は好きな人が居るって言ってたし、それが誰だかは分からないけど、それに明希の事好きな子なんて沢山居るし、ていうかこれからアイドルとして活動するのに、そんなに簡単に告白とかしちゃって良いのかも分からないし。てか、私告白したいの?いやでも、形だけの恋人になって下さいって言ったの私だよ!忘れたの?ダメでしょ普通!


「あのカップルめっちゃ美形じゃ無い?」

 って、向かいに座ってる人に言われるの聞くと、そうだよね!みんなには付き合ってるように見えるよね!って思っちゃう。

 いやでも、手は繋いでもらえるし、ハグもしてもらえる。でもキスはしないって言われたから、それは…まぁ良いとして。っていうか明希良い人過ぎん!?好きでもない女の人と仮の恋人になって、ハグしてくれるとか!包容力の塊過ぎる…もはやおかしいよ!この人…


「ねぇ、どうして眼鏡してないの?」

 ちょっと、突然の質問すぎたかな?沈黙の後だったから、明希は少し焦って答えた。

「え、した方がいいか?学校内じゃ無いし、この辺じゃ知り合いも少ないから良いかなと思って」

「そっか。なら良いや」

 少しの沈黙。私達の二人だけの時はあまり会話が無い。明希は眼鏡がないと、その素顔があらわになって、いつもの地味な格好と違いすぎて戸惑う。だからこの人を見てると一人興奮してしまう。落ち着け私、冷静になれ。

「明希、これから頑張ろうね」

 明希は少し驚いた表情をして、その後くしゃっとした笑みを浮かべて答えた

「ああ、頑張ろうな」

 私、どんな顔してたんだろう。だんだんこんな気持ちになってる自分が嫌になって来た。

 それに…さっき、知らない女の人の名前が出てた

 皐月だっけ?誰なんだろう

 私は高校時代しか明希の事を知らないから、知らない人の名前が出てきてもおかしく無いのに、胸が騒つく。もしかしたら、明希はその人が好きなのでは無いのかと思ってしまう。

 てかさっきの直葉って人、従兄弟だからって明希と距離近過ぎ!

 まぁ、明希が動揺すらしなかったから良かったけど。

「優?どうしたんだ?」

「へ?な、何でもないよ?」

「なら良いんだが」

 多分私、暗い顔してたんだろうな…明希が心配そうに見てるもん。

「まさか、俺がこの学校に行くって言った時、お前らまでついて来るとは思わなかったな」

 と、明希は明後日の方向を向きながら、独り言のように言った。

「でも、楽しくなりそうじゃない?」

「ん?まぁな」

 明希は…私があんたの事が好きって事知ってるのかな。別に本当に付き合いたいとか思ってるわけじゃない。でも、気づいては欲しいと思ってる。例え、断られたとしても

「ねぇ…あの人なんか良くない?」

 向かいの席に座ってきた女子高生らしき二人が話している。

「ねぇ声かけちゃう?」

「やめなよ。隣の人彼女かもしれないし」

 あぁ、女子高生ってどうしてこんなにうるさいのだろうって、目の前の明希の顔には書いてある。

 確かにうるさいよね。他の人は呟くだけで済むのに、どうしてああいう女子ってみんな積極的なのかしら?てか、場をわきまえなさいよ!


「優、帰るぞ」

「え、ちょっと!まだ何も頼んでないのよ!」

「また来ればいい。俺じゃなくて別の奴と…俺はもう限界だ」

 明希は、注目されるのが、目立つのが嫌いだ。というのは建前で、本当は触れられるのが嫌なだけみたい。中学の時のトラウマのせいで、高校は知り合いが全くいないところに入ったらしい。最初は誰とも一緒にいなかったし。


 明希に手をひっぱられて外に出た。少し顔が引きつっている。よほど嫌だったんだろうな。私にはわからない。私は注目させるのはさほど嫌いじゃない。だから、マドンナなんて呼ばれても何も思わないから、勝手に呼ばせてるだけ。可愛いって言ってくれるのが嬉しい。でも、明希はそうじゃ無いみたい。

 いつも地味に過ごしてる。誰とも関わらずに。でもそんな明希も私達とは一緒にいてくれる。それがたまらなく嬉しい。けど私はみんなに明希を知ってほしい。

「明希?」

 店を出てしばらく歩いていたら、明希がずっと下を向いているのに気がついた。

「はぁ…」

 深く大きな溜息を吐く

「どうしたの?」

「ん?いや、ごめんな。」

「え…何が?」

「優がせっかく行きたがったのに、俺の都合で出てきちゃったから」

 明希が何に誤っているのか、私には分からない。だって強引に連れてきたのは私なのだから

「……」

 決断しよう。明希のために、私のために…

「明希…終わりにしよう。この関係」

「え?」

「これから私達は、アイドルとして、みんなの前に出ることが多くなる。なのに、こんなお互いを利用する様なこと、続けていたら駄目だと思うの」

 明希は、私の言葉に少し驚いて、目を開いた。当たり前だ。多分私は今、すごく真剣な顔をしているだろうから

「けど、本当に良いのか?だってお前…」

 そこまで言って口を噤んだ。もしかしたら明希は、私の気持ちに気付いているのかも知れない。それでも私はもう決めたの。一度決めた事は最後までやり抜く、それが私の生き方。

「良いの。明希には本当に好きな人といてもらいたいし」

「…分かった」

 それだけ言って、明希は眼鏡をかけ、いつもの姿に戻る

「けど…他人を利用するなんて、人間なら普通だと思うけどな」

 と、小声で言った明希が切なくて、振り返って歩き始めた彼に手を伸ばす。


「あれ?恋人ごっこは辞めたんじゃ無かったの?」

 伸ばした手を明希に掴まれ、嫌味を言われる。しかも不気味な笑顔で、勝ち誇った様に。

「な!?…なんでもない!」

 明希は…こいつは、こういう人間だ。

 私が恥ずかしくなりながら、明希を無視して歩き始めると「ねぇ、本当に良いの?」と、後ろから話しかけてくる。

 でも、大きな決断をして、神妙な空気になりかけた事への、明希なりの励まし方だったのかもしれない。

 少し嫌味を言う時はあるけど、こういう優しい所が、また良いところでもあるのよね

「良いの!」

 私は振り向いて、目一杯の笑顔を食らわせたやった。

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