第一話(2)
「着いたー!広ーい」
講堂に入って優の第一声。
「優、そんなにはしゃぐなよ。」
「だって!尋だってこんなに広いのは初めて見るでしょ?」
「そうだけど…」
本当にそれなりに広い。全生徒五百人は入る大きさの講堂で、前に立つ人が見やすい様に円形になっていた。
「あの辺で良いんじゃない?」
智が指差したのは、扉から入って右の端、あまり他の人から見えないあたりだ。
やっぱり、目立ちたく無いのは俺と同じらしい。
ぞろぞろと入ってくる人達の中で朝のあいつを見つけた。目があってしまって、五人くらい率いてこっちにくる。
「よぉ。隠キャ君、また会ったな」
「…そうだね」
俺は出来れば会いたくなかったこいつに話しかけられ、そっけなく答える。
「本当に喋んねーな。マジで隠キャなんじゃん」
と、他のやつに言われた。
「ちょっと、うちの明希を虐めないでくれない?」
「お?朝俺に手振ってくれた。可愛い子」
「え、マジ?この人なの?」と、仲間
「は?私あなたに手なんて振ってないけど」
「じゃあ、誰に振ったんだよ」
「明希よ!勝手に勘違いしないでよね!」
ちょっと強気な優が、やつに喧嘩を売っている様な光景だ。
やつの名は、
だが、五人の中に一人女の子がいて、その子の名前は
清楚系な優とは気が合いそうに無い。
「なぁ、そいつあんたの彼氏?」
「だとしたら何?」
先ほどの鞍馬との事もあってか、まだ喧嘩腰な優は、少し強めの口調で言ってしまった。
「いや、そんな地味な彼氏連れてんのに、うちのリーダーに喧嘩売ってくるとか、ちょーし乗ってんじゃん?」
境さんも、ちょっと強めな口調だ。喋っているとよく分かるが、作りキャラなのか、少し合っていないところもあって、余計に個性強めな感じだ。
「明希の事を悪く言わないで!それに喧嘩売ってきたのはそっちじゃない!?あんただって、そんな厚化粧してたら、男なんて寄ってこないわよ」
智も尋も俺も、優を止める事はしない。だって彼女の言葉はいつも正しいから。俺と優は高校の時から付き合っているが、形だけのカレカノだ。お互いの利益が一致したから利用し合っているだけ。
付き合い始めてから、異性に声をかけられる事が減ったんだ。でも、俺たちが形だけの付き合いだと気づいた者は居ない。知っているのは俺達四人だけ。
「はぁ!?ふざっけんな!うちの事なんて関係無いし!あんたこそ周りイケメンだからってイキってんじゃないよ!」
流石に、「厚化粧」と言われ、彼女の怒りに触れたのか、急に態度を変えた。
それに驚いたのは鞍馬の取り巻きだ。
「え、こわっ。急に態度変わった。」
「あ、こいつ多重人格だから、今日はたまたま面倒くさい日なだけで」
それをカバーしたのは、鞍馬だが
「余計なこと喋んじゃねーよ」と、怒られていた。
多重人格…確かに面倒だな。
「まぁ静かにしてよ。もうすぐ説明が始まっちゃうから」
今まで一言も発さなかった尋が言う。
「あ?お前急に入ってくんじゃねーよ。こいつらのなんだ?」
「今君が可愛いと思ってる女の子の双子の弟だけど?」
「双子!?だから顔似てんのか。女みたいな顔しやがって」
「それは、智に言ってくれない?」
尋は少し
「え!急に僕に振らないでよ!関係無いし」
「お前ら四人でグループなのか?」
「そうだよ」
「ふーん。少ないな」
後ほど詳しく話されるが、この学校では、グループを作る事が義務付けられている。
「俺達はこれで良いんだよ」
「へっ!強がっちゃってよ。ま、どうせすぐ欠けるだろ」
と、ずっと喧嘩腰な鞍馬。そろそろうざい。
「そこ!始めるから静かにしなさい!」
先生から怒られてしまった。目立ちたく無くて端に来たのに、こいつらのせいで逆に目立ってしまった。
説明は資料を見ながら淡々と行われた。
「皆さんへの最初の課題は四〜六人のグループを作ってもらう事です。既にチームを作れとは言っていましたが、現時点で人数が揃っていないところは沢山あります。二週間以内に決まらなかった場合は、活動のスタートが遅れるだけです。」
と、いきなり突拍子もない事を言われたら会場が騒つくに決まっている。
幸い俺達はギリギリ四人だから大丈夫だ。
「このチームで行くで良いよね?他に誰か入れたりする?」
と、尋が小声で言った。それに返すように優が
「この四人じゃなきゃ!他に誰か入れたところで崩れるだけよ」
智も俺もそれに頷いた。四人で作り上げてきた今までがある。誰かを引き入れる事は、また今度考えれば良い。
「この学校は芸能の専門校です。在学中は
そう。ここ桜丘大は通称、
将来有望なアイドルや、歌手、タレントなどを生み出すために作られた大学だ。
アイドルとは言っても色々あって、ダンスだけをやるチームや、バンドなどそれぞれ違うやり方で活動をしている。
ちなみに、ステージを作る際に、専門のスタッフは存在しない。自分達で作り、自分達だけで成功させる。それがこの学校のルールだ。
俺達はバランスが良い様に構成されている
優は、舞台構成、ボーカルキーボード担当
尋は、スタイリスト、ギターベース担当
智は、照明・音響などの機材系、ドラム担当
俺は、カメラマン、ギターベース担当
正直、この分担以外に必要な専攻科目が分からなかった。
そして何より肝心なのが、将来売れるかどうかだ。この学校は、先生方が売れそうだと思わなければ、まず入試に受かる事すらない。
だから、顔は重視される筈だ。俺はこんな地味な見た目で受けたのに、なんでこの学校に入れたんだろう。
しかしその理由は直ぐに分かった。
「入試でトップ合格者には、少し有利になる特典を差し上げます。」
そう。ここでは活動をして、ポイントを集めるとそれに応じて仕事が貰え、在学中に仕事ができることで有名なのだ。
さらに、学校内では音楽バトルをする事が出来る。勝ったチームは負けたチームからポイントを貰うか、チームメンバーを一人引き抜く事もでき、ポイントが高いチームこそ、仕事が多くなり、卒業しても有利に活躍できる。
「そして、トップ合格者は…」
発表の瞬間、講堂全体からたくさんの声がした。
「俺かな?」
「私でしょ!」
と、俺の後ろの鞍馬達も騒いでいた。
「廉くんじゃなきゃ誰なのよ。」
「俺しかいねーだろ」
だが、みんなの期待も一瞬にして砕かれる
「トップ合格者は、佐倉明希さんです!佐倉さん。どちらにいますか?」
「え、あ、俺!?」
なんと!俺がトップだったのだ。思わず立ち上がってしまった。俺の隣の三人は当たり前の様に頷いていた。
え…動揺してるの俺だけ?
「前に出てきてもらえます?」
「あ、はいっ!」
慌てて前に出てきて、講堂全体を見渡した。見てから止めればよかったと後悔した。全生徒に見つめられ、緊張が走った。中には
「え、あいつなの?」
と、声をあげる者もいた。
「佐倉さん。あなた入試の問題の成績もトップだったけど、何より音感に優れているわ。それとカメラの技術も、一年生にしては申し分無し!だからあなたがトップです。他の皆さんもこれで理解できますね?」
と、俺がトップの理由を語る先生は、優しい。
それから、
「あなたはもっと自信を持って」と言われた。
先生には、何かを見透かされているような感覚がした。
そうして貰えた特典は、活動を有利に始められる物らしく、二つあるうちから選べと言われた。放課後に渡すから後で来いと。
流石に最初から何か仕事を貰えるとは思っていなかったから、納得のいくものだ。
席に帰ると三人は笑顔でいたが、後ろの鞍馬達は、やはりなんでお前が?という顔だ。
仕方ない。俺が選ばれてしまったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます