6 鮮血の蛇戦

 狂老があやとりの要領で攻めてくる。

 術式の編み込まれた謎のあやとりの糸。

 これは苦戦しそうだ。

「その剣は使わんのかい?」

 使わない訳ではない。

 使えないのだ。

 相手の攻撃が強すぎる。

 年の功というヤツだろうか。

「その糸さえ切れれば…」

 こちらの勝ちだとー。

 それは、死亡伏線フラグだが。

「切りたければ斬ればいい。」

 言葉が変わった。

 相手がこれでもかと、あやとりを突き出してくる。

 総量15㎏の剣が、術式の糸を斬り裂いた。

 糸から笑い声が聞こえた気がした。

「残念ながら。出番はここまでだな…」

 狂老は何を悟ったか、逃げようとする。

「あとは任せたぞ…邪蛇『ヨルムンガンド』!」

 斬られた糸が、生気を纏ったかのように動き出す。

 風で煽られているわけでも、誰かが操っているわけでもない。

 まるで自我を持ったかのようにひとりでに動き出したのだ。

「魔獣…とは違う…」

 750年前にも、ヨルムンガンドという魔獣がいたらしい。

 倒しても倒してもコアを壊さなければ蘇る、『原点回帰』という技を持っていたらしい。

 しかし、文献の魔獣と、こいつとでは姿形がまるで違う。

 文献通り、空を飛んでいる。

 しかし、蛇というには翼があり不気味だ。

 そして、血管のような銀色の糸が浮かび上がっている。

 恐らく、術式の糸。

 あれが奴の本体。

 その糸を取り巻くようにある、鉄のように固そうな金色の装甲。

 頭のような場所には繰り抜かれるように黒い眼。

 あんぐりと開いた巨大な口。

 意味があるのかは謎の鼻のような穴がある。

 まだ、ヤツは攻撃をしてこない。

「様子を伺っているのか…」

 相手は空中を回り続けている。

 その時だったー。

 掃除機のような音と共に、ヤツの口元に魔法陣が構成される。

 胴体と同じ金色の魔法陣。

 標準は、廃墟と化した図書館だ。

 魔女様の遺骨はポケットに入っている。

「狂老の目的は魔女様の遺骨の破壊?」

 渡せとせがんできた狂老の顔が頭に浮かび上がる。

 パワーが溜まったのか、魔法陣の中心に光るビー玉サイズの弾が構成される。

 その弾が放たれると同時に、魔法陣も消える。

 光の弾は、廃墟図書館に当たり、木端微塵に噛み砕いた。

 飛び散る瓦礫を避けつつ、相手を見上げる。

 相手はまた回り始める。

 あれが魔法陣の合図なのだろうか。

 剣が抜ける気配はない。

「あんな金の塊を素手で倒せってのか?」

 さすがに無理があるだろう。

 さらに次の瞬間だった。

 奴がいきなり急降下してきたのだ。

「なにっ!」

 突然の行動に回避が間に合うか分からない。

 相手は巨大な頭部を地に打ち付ける。

 金色の装甲はこれだけでは壊れない。

 地に刺さった頭部を抜き、ヘクセレイと空洞状の相手の目が合う。

「お前は、何者なんだ…」

 その時だった、ヨルムンガンドが飛びつく。

 戦闘服 コートが噛み千切られる。

 背を向け、庇ったつもりだが、背から血液が舞う。

 そのまま転がり、瓦礫に体を打つ。

「イッてぇぇ…」

 かろうじで立ち上がる力はある。

 相手の金の牙にもヘクセレイの血痕が付着している。

「よくも…」

 今から剣での戦いに持ち込む力はない。

 滴る血液が止まることは無い。

 体力も、傷の痛みで見る見るうちに減少して行く。

「——ッ…」

 体力的にも限界が近い。

 視界が黒くなる。

 息絶えた訳ではない。

 それはー。

 大きなヨルムンガンドの口。

「噛まれッ⁉」

 る、と言わなかった理由。

 それは、ヘクセレイを噛み千切る直前で相手が吹き飛んだからだ。

 ヨルムンガンドの金色の装甲に亀裂が入っている。

 まるで、魔弾が直撃したかのような跡。

「——あなたは…」

 見覚えのない魔女だ。

 魔杖ステッキを持つ限り、魔力保持者。

 金色の柄に、黒く染まる魔珠。

 たなびく紅い髪。

 見惚れている間に飛ばされたヨルムンガンドが体勢を立て直す。

「あなた、ルナ・ヘクセレイね…」

 紅い髪の女性が問いかける。

「なんで…それを?」

 背の傷が痛み、声が掠れる。

「ヴィクティリア領のギルドより、捜索願が出されていたから。」

 紅い髪を掻き揚げて言う。

「じゃぁ、あなたはギルドの?どうやってここに?」

 疑問点が多すぎる。

「——話はあと。私、ヴァミリア。ヴァミリア・エスコット。」

 ヴァミリアは魔杖をヨルムンガンドに向ける。

「もう一人―。」

 紹介途中だった。

 空に浮かぶ雲が弾け飛ぶ。

 中から槍を持つ男が出てくるなり、いきなりヨルムンガンドの胴体に槍を刺した。

 槍を抜くと、金色の煙が舞う。

「登場ね…」

 槍の一族、翡翠家の末裔。

翡翠・永祁ひすい えいぎ。」

 ヴァミリアはそう言うなり駆け出した。

「あなたは休んでて…」

 遠ざかる声と彼女を見つめながら腰を下ろす。

「ギルドに捜索願なんて誰が…」

 思い当たる節は一つ。

 ここに居ることを知る人物。

「あの狂老…」

 奴の行動がいまいち読めない。

 が、今は彼らに期待するしかない。


 ——邪悪な蛇との決着戦。ここに始まる。

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