5 記憶の深淵

 深い、深い、深淵へ落ちて行く。

 辿り着いたのは、黄金の宮殿。

 かつて、オーディンが創り上げたヴァルハラだ。

 戦死した者の魂の終着点。

 数々の魂がここへ集う。

「ライナ・エインヘリアル様…」

 ヘクセレイは銀髪の女性の元へ駆け寄り、ひざまずく。

「ルナ・ヘクセレイ…また私に用?」

 先代英雄、ライナ・エインヘリアル。

 旧姓、ライナ・マーニ。

「いえ、これから人災による『セカンド・ラグナロク』が来ると言われましてね…」

 先にバルドルが言っていた人災の話。

 予言師の言葉が正しいかは分からんが。

「ほぅ…それで、それを防ごうと?」

 ライナは銀髪を掻きあげて答える。

「それは無理な話ね。」

 希望がことごとく折られる。

「何故…です?」

 事前対処は不可能なのか——。

「ラグナロク…それを防げなかったからよ。」

 魔獣:ラグナロクによる被害は甚大なものだったという。

「私だってラグナロクを防ぎたかった…でもね。」

 ライナはヘクセレイの目を見てー。

「——運命なんて、そんな容易いものじゃないの。」

 理不尽な運命だと。

 そう言いたいのだろうか。

「それが人災ならなおさらね。」

 人が起こす災害。

 文字通りの恐怖がいずれ起こる。

「全く、臆病過ぎなのよ。」

 第三者の声がした。

 透き通るような声。

「リアラ・エインヘリアル…様。」

 ライナと同世代の英雄。

 旧姓、リアラ・クリステロイ。

「あんた達は怯えすぎ。魔力保持者はこれから2つの組織を敵に回すの!」

 いきなり未来予知し始めた。

「2つ?ヴァイオレアだけでなく?」

 思い当たる節がヴァイオレアぐらいしか思いつかない。

「——いわゆる、神様の登場的な?敵対心の塊みたいな組織…」

 それだけ聞くと恐ろしい組織だ。

「ま、精々気を付けて。あんたの家系に銘じて、応援しとくから。」

 照れ隠しバレバレのリアラの激励。

「えぇ。いずれ来たるセカンド・ラグナロクに向けて、今あなたができることを全力で。」

 ライナのもっともらしい激励を胸に留める。

「分かりました。」

 反乱拡大を極限まで下げるために。

 今、自分ができること。


 目を閉じて、世界が白く包まれていく。

 記憶の深淵は終わるとどこに召喚されるのかは分からない。


「どこだ…ここ…」

 来たことがない場所に転移する。

 周りを見渡すとすぐ近くに雲がある。

「ここは…1500年前に消えたはずの…天界?」

 1500年前にあったとされる四大陸の枠外における隠された場所。

 地下帝国と天界だ。

「図書館?」

 かすかに残る古代文字。

 天空の大図書館『アリアヴァロー』。

 伝記などに書かれている遺産だ。

 大きな建物はほとんど原形がなく、ツタが絡まっている。

「——⁉」

 奥で何かが光っている。

「―…」

 骨だ。

 遺骨というにふさわしい。

 箱に収められていた跡がある。

「…『アリア・クランデの遺骨ここに眠る』⁉」

 驚いて箱を落としそうになる。

「な…ずっと前、この星の創造ぐらい前にいた『ネームド・ウィザード』の遺骨…」

 彼女の伝記も読んだことがある。

 自分の知識を追求することに全てを費やした魔女。

「おい、そこのお人…」

 背後で何者かの声がする。

「その品…寄越してもらおうか…」

 しやがれた初老の男の声。

「フードを取れ…」

 剣は抜けない。

 相手に大きな敵対心はない——。

「そうか…ならいい。次に回るだけだ…否、次に廻るだけだ。」

 何故、言い換えたのだろう。

 突如、剣から音が鳴る。

 鞘から少し剣が浮いている。

 抜ける合図だ。

 そんな思考がヘクセレイの脳内で刹那に処理された。

「爺さん…魔力保持者なのになぜ…」

「こうゆうことだよ…」

 男が糸をポケットから取り出して、絡める。

「ほれ、『蜘蛛の糸』!」

 男が言い放った途端——。

 ヘクセレイの意識以外が取り残された感覚に陥った。

 まるで静止画のように動かない世界。

 停滞の中、体にきしむかのように痛みが伝わってくる。

 まるで、心臓を潰されそうなほどにー。

「アガッ!」

 世界が動き出す。

 五感が戻る。

「それは…」

「死呪の術式…まだまだあるぞ…」

 風でローブの中が一瞬見える。

 左目のない黒髪の男。

「お前は…」

「結末がどうであれ、全力で…」

 男がヘクセレイに飛び蹴りをかます。

 年齢に会わない大技をかました。

「——抗ってもらおうか!」

 狂老との戦いが幕を開ける。

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