2 反撃の道標

 クレベル宅爆破事件の後、男は役所へ向かった。

「事故報告です。」

 男——ルナ・ヘクセレイは、役所に先の事件をいきさつを話す。

「そうですか…こちらも善処しておきます。」

 役所の男性ーニコルドが書類を書き上げる。


 爆発の原因は、炎の魔紅石。

 犯人は恐らく、反魔力保持者、俗に言う『ヴァイオレア』だ。

 被害者は、クレベル・カナクス。

 爆破の数分後、焼け跡から彼の遺体が見つかった。

 有権者なだけあり、事はすぐに広まった。

「——。まずいな。」

 ヘクセレイは、時間を気にする。

「あ…お時間ですか。大丈夫です、後はこちらで何とかしますので。」

 ニコルドに挨拶し、ヘクセレイは、役所を出た。

「まだ、やるべきことがあるんだ…」

 こうしている間も、どこかで争いは起きている。

 ヘクセレイの母は、魔力を持っていない。

 しかし、彼女は、魔力を持つヘクセレイを優しく見守り、育て上げた。

「——。」

 親元離れて、今年で何年目だろうか。

 母が何をしているかは知らない。

 父は、航海にでも出ているのだろう。

 マゼルダ・ヘクセレイ。

 今では、キャプテン・Hとも言われる有名な航海士だ。

「今は、ノルディア海の辺りか…」

 一週間前の手紙にはそう書いてあった。

 ノルディア海。

 この世界で最も大きな海。

 と言っても、ここの他に大陸は無いと言われている。

「ま、誰も世界一周してないんだから、何も言えねぇけどな…」

 近頃科学者が、他の大陸があると言い張っているが、根拠など無い。

 大陸を探す。

 父はその目的で航海に出た。

 真相は定かではないが。

「別に、勝手にすりゃぁいいけどさ。」

 父と一緒にいた時間が少ない自分にとっては他人事だと思っている。

 せめてでも、弟には幸せでいてほしいが。

「——。」

 ヘクセレイは、自分の剣に手をかける。

「お前も、なるべく使いたくないんだけどな…」

 人を殺すために使いたくはない。

 しかし、『ヴァイオレア』がいるのも事実。

「決断だな…」

 この町を出て、『ヴァイオレア』に制裁を加えるのか。

 この町で、恐怖に怯えながらこのままの生活を送るのか。


 ー黙って何もしないなんて愚策じゃないか?


 心の中の何かが疼いた。

 精神的衝動。

 何かしなければならないという使命感。

 何かに囚われることを、ヘクセレイは嫌う。

 故に、こんな使命感、捨ててやりたいと思う。


 ——しかし、戦場に立つことを決めた。


 決めたことを曲げないのもまた、ヘクセレイの個性だ。

「——。」

 まず、弟のいる村を訪ねることにした。


ヴィクティリア領 キャルマ村


 ヘクセレイは、家の扉を三回叩く。

「ジュア、いるか?」

 ガタガタという音の後、白衣を着たジュアが扉から顔を出す。

「あ、ルー…どうした?そんな険しい顔して。」

 13歳の弟ージュア・ヘクセレイが顔を出す。

「俺、戦場に行く。」

 単刀直入に申し出た。

「行くの…ついに。」

 そりゃぁ、動揺するのも分かる。

 ジュアにはこれからも幸せに暮らしてほしい。

「——だから。俺は征く。」

 ジュアは白衣を脱ぎ捨てる。

「その幸せの一部がルーだってのに…欠けちゃ意味がねぇんだよ。」

 ジュアの幸せの一部に、ルナも入っているのだ。

 一家がそろうことの少ない、ヘクセレイ家。

 家族は、ジュアにとって大切なものの一部でもある。

「——別に、行くなら行けばいい。その代わり」

 ジュアが目にたまった涙を振り払い、ルナの目を見る。

「絶対生きて帰って来いよ!」

 弟からの生還命令。

「あぁ、いつか必ず。戻ってみせる。」

 そう宣言し、家を後にする。

 ヴァイオレアの激戦地は、アルカナスト領の北部だ。

「戦場に立つことが勇ましいのか、憐れむべきなのか。」

 国会だって、ヴァイオレアの存在を良いものとは捉えていない。

「ヴァイオレアには裏がある…」

 そう確信している。

 なにせ、4年前にはそんな言葉、存在していないのだから。

 4年前、突如として各地で反乱を起こし始めた。

 次第には議会襲撃まで起こる。

 ヴァイオレアの言い分も分からなくはない。

 差別的言動も最近は問題として挙がっている。

「だが、争いなどあってはならない。」

 剣を持つ者として。

 全うしなければならない事がある。

「——。」

 エレベーターのような施設にやってくる。

「クリネス・ポルタント・テレポーディング。」

 そう唱えると、エレベーターのようなものが回りだす。

 回転が停止すると、そこはアルカナスト領北部だ。

 この『超時空瞬間移動機テレポーティングル』も、魔力が必要だ。

 つまり、ヴァイオレアの人には使えない。

 その分、交通費が増える。

 腹を立てるのも無理はないがー。

 一面に広がる焼けた畑を見渡す。

「きちんと生活している、無魔力保持者だっている。」

 農家など、反乱を起こさないで暮らしている人もいる。

 この畑も被害の一つ。

「この辺りまで来ていたのか…」

 恐らく、このテレポーティングルを壊そうとしたのだろう。

「——確かにな。」

 一理あると思う。

 せめて、交通費の削減などをしたほうがいいと思うが。

「おい!そこのニィチャン。」

 後ろから高い声が聞こえる。

 振り向けば、やつれた背の低い男がいる。

 左手には短剣。

「お前、魔力保持者だろ?」

 この男は、反魔力保持者『ヴァイオレア』だ。

 ここは、乗り切れるか試してみるのも手だ。

「いや、俺もヴァイオレアっすよ。」

「ふざけんな!」

 短剣の刃をヘクセレイの顔に突きつける。

「この機会使ってここに来たんだろ?あかってんだよそんぐらいよぉ。」

 このヴァイオレアは相当察しがいい。

「そうか。」

 ヘクセレイは剣を鞘から引き抜く。

「こちらも容赦はしない。」

 黒き剣が怪しげに光る。

「うっせぇ!てめぇらに、俺らの辛さなんて!分かんのかよぉ!」

 腹部めがけて突進してくる男。

 このまま来れば、短剣が腹に突き刺さる。

 ヘクセレイは、軽く攻撃をよける。

「んな!」

 よろけた男の首を一発チョップ。

「うがはッ!」

 男は口から唾を吐き壁に手をつき転げる。

「コノッ!」

 男は短剣を地に刺し、立ち上がる。

「許さねぇぞ!」

 短剣の刃の部分が夕日に当たり赤く光る。

 男の目に殺意が浮かび上がる。

 夕日で赤く染まる、恐ろしい殺意が。

 向かってきた男を交わし、腹パン。

「うぐはッ」

 男はそのままずっこける。

「もうやめたら?往生際悪いと嫌われるよ?」

「嫌ってんのはおめぇらだろ!」

 短剣を乱雑に振り回しながら激昂する。

「俺は真っ当に生きてきた!」

 ヴァイオレアの男は釈明を続ける。

「元は‥八百屋をやってたけどよぉ…」

 男は殺意を膨らましながらー。

「お前は魔力持ってないだろとか‥偉そうにとか‥」

 男がこうなった原因は他でもない魔力保持者にある。

「俺は…俺だって魔力が欲しかったさ…」

 男は涙を流しながらー。

「医者が、『ガクナさん。申し上げにくいのですが、あなたには魔力の適性がありません』って。」

 男は四つん這いになる。

「だから、俺は悪くねぇ―!」

 短剣を握りしめた男ーガクナは全力疾走でこちらに来る。

「起こるのも無理はない。だが、それを他の人間にぶつけることは、許されない犯罪だ。」

 向かってくる男は、殺意と狂気で歪んだ顔をしていた。

「——。ハハハハハハハハハハッ」

 これが、俗に言う狂笑だ。

 向かってくるガクナをバク宙で避け、後ろからタイキック。

 ガクナが緩んで猫背になる。

 そこを、かかと落としで、仕留められた。

「はんぶらにッ!」

 ガクナが短剣を落とす。

 そしてまた、握りなおす。

(こいつ…死ぬ気か⁉)

 心の中で察し、咄嗟に短剣を畑の方に蹴り飛ばす。

「なんでだよぉ…殺してくれよぉ…死にてぇよぉこの世界は生きづらいんだよ…」

 それが、ヴァイオレアの、ガクナの本心だ。

 あなたには、まだ生きる道がある。

「あぁ?」

 男は、血と汗でボロボロな顔をあげる。

「再生農場。リルプカという村にそういう施設がある。そこへ行けば無料で雇ってもらえる。」

 ガクナは泣きながら地面に突っ伏した。

「ー。情けねぇ…ありがとな、兄ちゃん。」

 ガクナは立ち上がり、微笑む。

「大切なことに気が付けた気がする。」

 ガクナはその後、再生農場へ向かったらしい。

「まだ、このような人がたくさんいるのか…」

 さらに奥へ進んでいく。


 数時間後


 暗がりの道に人影がある。

 その人物がいるところは、先ほど、ガクナとヘクセレイが戦った場所。

 暗い畑に入り込み、男は短剣を拾い上げる。

 短剣を振ると、紫色の煙が出る。

「——やられたか…」

 今にも消えそうな老人のかすれ声。

 短剣を回収してローブを被る老人は言う。

「ルナ・ヘクセレイ。貴様の目的はなんだ。」

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