思いを遂げる➀
慶喜との対面を果たした後は、慌ただしい一ヶ月が過ぎていく。
勇は、正式に将軍へのお目見えが可能になる「
さくらはこの見廻組並という、平隊士と同格の待遇だった。
総司たちと同じ格式ですらないということについては、さくらとして心から納得できたわけではなかった。しかし、仕方のない落としどころであるということもまた、重々承知していた。
いくら慶喜が許したところで「女隊士の幕臣取立」が他の幕臣や関係者からも快く受け入れられるというわけではない。もっとも、さくらが女であるということはわざわざ周知されるわけではないため、知らない幕府関係者も多いのだが。それでも、「島崎朔太郎」の名はなるべく目立たない方がよい。
「まあ、末端にでも加えてもらえただけよしとせねばな」
さくらは、羅列された隊士の名前を見ながら、人知れず呟いた。
とにもかくにも新選組は、名実共に武士になった。そして新選組の中に限れば、さくらが女であるということはいよいよ周知の事実となっていた。それまでも隊内で知っている者は少なくなかったが、「慶喜が認めたのだからもういいだろう」という意識も相まってか、隊士らの口に立てられていた戸は次々と開いていった。勇や歳三も、もう殊更禁句にしようとはしなかった。
だがこのひと月、めでたいことばかりではなかった。新選組は、少なからぬ隊士を失った。
まず、もともと伊東と共に上洛し入隊していた
御陵衛士に潜入している斎藤からの文によれば、この度の幕臣取立に対し「尊王攘夷の志に反する」として、新選組から御陵衛士への移動を申し出ていたそうだ。
しかし、互いの隊を行き来することは厳禁と最初に定められている。伊東は四人の嘆願を却下した。
行き場を失った彼らだったが、会津側の執り成しでもって新選組に復帰するというところまでなんとか話が進んだ。しかし本人たちはこれを不服として、自ら腹を切ったという顛末だ。
そして、長らく新選組で頭脳派として活躍していた、武田観柳斉。彼もまた、命を落とした。
実は前年の暮れに脱走し姿を消していたのだが、ようやくその足取りがつかめたのだった。脱走の罪に加え、薩摩と通じていたことが露見し、粛清することになった。彼を追い、斬ったのはさくらと総司だ。総司は、自ら追っ手役として名乗りを上げた。さくらは総司の体調を鑑みて止めるべきと思ったものの、不自然にならずにそうする策が浮かばず、結局二人で向かうことになった。
その夜、武田は無防備にも一人で歩いていた。完全に油断している様子で、あっという間にさくらと総司に前後を取られた。
「久しぶりですね、武田さん」
総司が静かに言った。
「や、やあ、これはこれは。ご無沙汰ですな」
武田は提灯で総司の顔を照らしたかと思うと、道端に投げ捨てた。辺りは闇に包まれたが、わずかな月明かりの中でも武田が狼狽している様子ははっきりと見てとれた。
「武田さん。今までうまく逃げおおせましたね。九州まで行っていたとは、我々も追いきれず、してやられましたよ」
さくらは淡々と告げた。目線は決して武田から逸らさない。武田は抵抗しようと刀を抜いた。
「ほとぼりが冷めれば京に戻ってもなんとかなると思ったんでしょうが、そうはいきませんよ」
「くっ……このアマ!」
武田はさくらに斬りかかってきた。だが、次の瞬間、反対側にいた総司が一刀斬り伏せた。
ドサっという音とともに、武田はあっけなく絶命した。
「……ウッ、ゴホッ、ゴホッ……」
「総司!」
総司は納刀する間もなくその場に崩れ落ちた。ヒューヒューと苦しそうに息をしている。いつの間にか、労咳の症状が進行しているようだった。
「無茶をするなと言ったのに……! 総司、もう勇たちに隠し立てするのはやめよう。寿命を縮めるだけだ」
「ですが……」
「長い目で見ろ。そんなフラフラの状態で隊務に就くより、しっかり治して、また元気に活躍してくれた方がよっぽどマシだ」
「治す……ですか」
「ああ。治る。大丈夫。総司は強いから。意地でも治せ」
さくらは総司に肩を貸してやり、二人はゆっくりとした足取りで屯所へと戻った。
話を聞いた勇と歳三は、眉間に皺を寄せ、「なぜ今まで黙っていた」と怒りを露わにした。二人とも総司の体調が芳しくないことには薄々気づいていたようだが、まさか労咳であるとは夢にも思っていなかったようだった。
「すまない。私は、知っていながら……」
「島崎先生のことは、責めないでください。私がお願いしたんです。最後までお役に立ちたいからと」
俯くさくらを、総司がかばった。勇と歳三は難しい顔をしてただ黙っていた。やがて歳三が「くそっ」と短く発し、畳を拳で殴った。誰も悪くない。誰を責めても仕方がない。それは、歳三もよくわかっていることだろう。だからこそ、やり場のない感情がその拳に込められているのだと、さくらは察した。
「とにかく、総司の隊務は減らす方向で差配しよう。総司、しっかり治すんだ。すべての話はそれからだ」
勇は力強く言った。だがその表情には戸惑いも見てとれた。ぽつりと、呟いた。
「どうして、総司が……」
それは、皆が思っていることだった。どうすればよかったのだろう。どこかで防げたことなのだろうか。考えても詮無い後悔が、それぞれの胸に押し寄せていた。
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