谷兄弟の凋落 ―兄の場合②




 ――山南さんの真意なんて、今となってはもう誰にもわからないのだ。

 さくらは溜息をついた。ひとつだけ言えるのは、山南の死を無駄にせぬよう各々がしっかりと考え、前に進むしかないということだ。

 過日、三月二十三日の月命日。遅咲きの桜を墓前に供え、さくらは山南に告げた。

「また、来年きます」

 前に進むために、少し距離を置こうと決めた。歳三に言われたからではない。断じて。あえて話すつもりもないが、勘の鋭い歳三のことだ。いずれ悟られるかもしれない。

 その歳三とばったり廊下で出くわした。我に返りひとりどぎまぎするさくらに、首尾はどうだと歳三は小声で尋ねてきた。さくらは頷くと、歳三に目配せしてそのまま自室に向かった。察した歳三もついてくる。誰かに聞かれては困る話だ。

「明日の夜。例の策を使おうと思う。総司と私で行くが、よいな」

 部屋に入るなり、さくらは淡々と告げた。

「ああ。切腹にすら値しない。……俺も行こう」

 表向き、近ごろ勇と歳三は「両長(局長と副長)」なんて呼ばれて、渉外やら隊務の采配やらに忙しく、巡察の現場に出ることは少ない。一番から八番の隊編成はうまく機能しており、一番隊隊長の総司を筆頭に、各隊長が配下の隊士をよくまとめあげている。

 だが、隊規に違反した隊士の追跡、粛清に関しては歳三は前線に出てくる。ここ数か月は、特に顕著だ。

 隊士の粛清役を自ら買って出る歳三と、この流れに少し疑問を持ち始めている勇。ある意味ではこの毛色の違う二人が隊をまとめているからこそ新選組は成り立っているのかもしれないが、少し危うさも感じるさくらなのであった。

 ――私は、中立を貫かねば。

 二人が仲たがいすることだけは、さくらには耐えられなかった。三人で、ここまで来たのだから。


 ***


「ど、どうしたんですか皆さんお揃いで」

 祇園・八坂神社の近くまでやってきた谷は、さくら、歳三、総司の姿を見て、ひどく驚いているようだった。

 無理もない。谷は、知人から届いた文にあった通りの時間に、指示されたこの場所に出向いたのである。他の新選組隊士に聞かれては困る話がしたいと書いてあったので、屯所から離れてはいたが、ひとりでこっそりやってきた。

 それなのに、副長と、それにもっとも近い幹部が二人、待ち構えていたのだ。

 歳三が、ニヤリと笑みを浮かべた。

「悪いな。あの文は、こっちで用意したものだ。この前捕まえた浪士が、全部吐いてくれたぞ。そいつらは小川を斬った下手人なんだがな、谷さん、あんたのお知り合いらしいじゃないか。やつらは預かった金を返すということで小川と会ったが、実際は返す気などなく口論になったらしい。それで小川は言ったそうだ。『新選組幹部にばらしてやるからな』と。まあ浪士に斬られるか隊に戻って切腹するかの違いで小川の命運はすでに尽きていたがな。びびった浪士が小川を斬り殺した、と。まあ、どうだかな。最初から斬るつもりだったかもしれないが」

「そうか。小川も、気の毒だったな」

「他人事みたいに言うんだな。元はといえば、すべてあんたが仕組んだことだろうが」

「身に覚えがない」

「身に覚えがないだと」

「いいんですか、谷さん」

 ずい、と前に出たのは総司だった。逃げられないように、抵抗できないように、抜き身の刀を谷の目の前に突き付ける。

「お兄さんが情けないと、弟さんたちの身にも何か起きるかもしれませんよ」

「……そ、それは……勘弁してくれ!」

 タジタジになった谷は、地面にひれ伏した。

 ようやく谷が語り出したのは、大筋でさくら達が浪士から聞いた話と一致していた。


 五十両が盗まれたのは河合が泥酔したあの夜の出来事だと決めてかかっていた。それが間違いだったのだ。勘定方とはいえ、河合は毎日千両箱の中身を確かめていたわけではない。河合が気づいた頃にはすでに五十両が盗まれて数日経過していたのだ。

「一番最初にあの南京錠を作った時に、谷さんも河合と一緒に錠前屋に行ってましたよね。井上さんが覚えていました」

 さくらは諭すように告げた。谷はこくこくと頷いた。

 源三郎の話によれば、入隊間もない谷が、腕に覚えがあるというので河合に付き添って錠前屋の平田屋に行ったそうだ。平田屋では、紛失などの時に備えて、作った鍵の予備を預かってくれている。防犯的観点から、鍵屋の場所も、予備の存在も、知っていたのは河合と谷だけだった。

「最初から、それが狙いで河合さんの付き添いを買って出たのですか。二年越しの壮大な計画ですね」

 総司の追及に、今度は谷は首を横に振った。

「それはっ、偶然だ。本当だ。つい魔がさして予備を使うことを思いついたのだ。だ、だが千両箱を開けているところを、小川に見られた」

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