墓前にて②


 さくらは目を丸くして歳三を見た。なぜ、と聞く前に歳三は続けた。

「もし、あそこで河合が切腹しないで済んじまったら、俺は、情に流されたことになる。そうなったら、サンナンさんに会わす顔がねえ。今回は……寸でのところで結果に助けられた」

 嗚呼。さくらはすとんと腑に落ちる心地だった。

「私も……」

 口をついて出たのは、同調だった。

「新八を連れて歳三の部屋に行った時から、感じていた。これでいいのかと。自分でああいう行動に出ておいて、なんだがな。私は情に流されたのではない。悪いのは、金を盗んだやつだ。だから、いいのだ。早く盗っ人を捕まえなければ。……と、必死に言い聞かせていた。でも、同時に、何か違和感のような、もやもやしたものも、確かに感じていた」

 歳三は、わずかに笑んだ。それから真剣な眼差しで「さくら」と呼んだ。

「これからも、監察の任務、続けてくれるか」

 山南の墓石に向かって漏らした愚痴。やっぱり聞いていたんじゃないか、とさくらは苦笑いした。それでも、胸がじんわりと温かくなるような、嬉しさが勝った。歳三はまだ自分を監察として引き立ててくれようとしている。

「もちろんだ。ここで降りたら、私の士道が廃るというもの」

「……そうか」

「うん……まあ、その、なんだ、ありがとう」

 さくらの照れ臭そうな言い方が伝播したのか、歳三も目を逸らして「お、おう」と小さく言った。そして、ゆっくりと立ちあがった。手にしていた供花を無造作に墓前へと供える。

「……ふふ、山南さん喜んでるんじゃないか。歳三が花を持ってくるなんて。そうだ。来月は桜の花でも供えられるかな。遅咲きのやつなら、ちょうど旬を迎えるだろうし」

「まだ、続けるのか」

「何が」

「……サンナンさんの墓参りは、もうやめろ。せめて……次は来年の今日」

「な、なんでそんなこと歳三に決められなければならんのだ……! だいたい、失礼だろう、山南さんの墓前でそんなことを!」

 さくらはガバッと立ち上がり、歳三を睨みつけた。

「忘れろとは言わねえよ。サンナンさんのことがあるから、俺は今後も一切の例外を認めねえし、もう、情にも流されねえ。だが、お前の場合は、それだけじゃねえだろ」

「なっ……」

 さくらは、さっと顔を赤らめた。

 実を言えば、ここ最近はもう自分でもよくわからなくなっていた。毎月山南の墓を訪れてしまうのは、罪悪感なのか、恋慕なのか、単なる寂しさなのか。だが、この世にいない人を恋い慕ったところで、虚しさしかない。それだけはわかっていた。ゆえに、無理矢理考えないようにしていた。月に一度だけ、生前の笑顔と、声を、思い出す。ただ、それだけ。

 だが、それを歳三にうまく説明できる気もしないし、するのもなんだか癪だった。

「サンナンさんは、もういないんだ。いくら未練を募らせたところで、一生報われねえんだぞ」

「そんなの、お前に言われる筋合い……!」

 ビクっとして言葉を止めたのは、歳三に腕を掴まれたからだけではない。

 歳三の手の熱が伝わってくるのを感じながら、さくらはその目から視線を外せないでいた。

 ――なんだ、その目は。

 こんなに歳三の目を真正面から見たのはいつぶりであろうか。きらきらと澄んでいて、その奥には底知れぬ野心が光っていて。そういえば、それは江戸にいた頃から変わらない気がする。でも少しだけ違うのは、やや憂いを帯びるようになったことだろうか。

 ――こんなに、綺麗な顔をしていたのだっけ。

「俺は、俺はもう……」

「あ! 先客がいると思ったら! やっぱり今日は皆さん来ますよねえ!」

 パッと歳三は手を離した。声の方を見やると、平助が水桶と供花を手にこちらに近づいてきた。

「ご一緒していいですか」

「あ、ああ……」

「俺はもう行く。平助。五番隊は夕方から巡察だろ。忘れんなよ」

「土方さんに言われなくても、さすがに忘れませんて」

 それもそうだな、と言うと歳三は二人を残して足早に立ち去っていった。背を向けた歳三の耳が赤くなっているのに、さくらは気づいた。その姿から、なぜかしばらく目が離せなかった。


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