不穏な動き⑥

 さくらの支度が終わり、三人は菊に見送られて妾宅を出た。

「お菊さん、次は二十八日に来るつもりだから、それまで留守をよろしくお願いします」

「へえ、こころえました。土方はんも斎藤はんも、またお茶でも飲みに来ておくれやす」

 言いながらも、菊の視線は歳三に注がれていた。斎藤のことは「ついで」であろうことは明らかだ。そもそも、新選組の幹部がわざわざお茶を飲みにこんなところに来るはずがないことも、皆わかっていた。


 三人は他愛もない話をしつつも、屯所への帰路を急いだ。それぞれ、戻るはずの時刻から大幅に遅れている。西本願寺に着くころには、戌の刻(二十一時頃)を回っていた。

 大多数の隊士が寝静まっているので、さくら達は抜き足差し足で勇の部屋まで向かった。部屋からは明かりが漏れているので、まだ起きているらしい。声をかけ襖を開けると、中には総司もいた。

「おや、三人お揃いで。よかったよかった。ちょうどどうしたのだろうと話していたところなんですよ」

「遅かったな。あと少し遅かったら、総司に探しに行かせようと思ってたんだ」

「すまぬ。いろいろあって遅くなってしまった」

 そう、本当にいろいろあった。さくらは斎藤をちらりと見やった。顔色に酒を飲んだ痕跡が残っていないか? ということを確かめたかったのだが、口にするわけにもいかず目で訴えた。斎藤がわずかに頷いたので、さくらは安心して話を始めた。

「ちょうどいいから総司と斎藤も聞いてくれ。警戒の強化が要るだろうから、二人の隊に頼むのがいいと思う」

「おい、何を掴んだんだ」

 もったいぶるな、と歳三は苛立ちを見せた。

「今から話すから」

 さくらは見聞きしたことの一部始終を話した。他の四人の顔が、どんどん険しくなるのがわかった。話が終わると皆それぞれ思案を巡らせている様子だったが、斎藤が口火を切った。

「坂本という男、聞いたことがあります。この前、浪士が潜伏していた商家から武器も押収されたかと思いますが、その出どころに関わっているようです」

「となると、その坂本ってのは、長州に武器を流している……というわけか。長州と繋がってる土佐っぽたあ、池田屋の生き残りか? そいつが薩摩と繋がっている、か……。俄かには信じがてえがな」

 歳三は腕を組み、さくらと勇を交互に見た。

「うむ。だが、そう考えると合点がいくことも多い」

 勇が難しい顔をして言った。

「実は最近、薩摩の動きがおかしいという話は出ていたんだ。長州征伐の話をしてものれんに腕押しのような返答ばかりでな。殿もどうしたものかと悩んでおられた。おれは単純に、一戦交えることに及び腰になっているとかそんなところだろうと思っていたが。長州側につこうとしているのであれば、それはそれで辻褄が合う」

「薩摩と長州が結びついたら、どうなるんですか」

 総司がいつになく深刻な表情をして言った。

「坂本のあの話だと、互いに武器と兵糧米を融通する取引をしているだけともとれる。手を組んで幕府に歯向かおうとするかまではわからぬ」

「サク、引き続き調べを進めてくれ。総司は一番隊連れて伏見の巡察強化。斎藤、大坂の情報も聞いてきてくれ」

 てきぱきと指示を飛ばす歳三に、三人は真剣な面持ちで「承知」と答える。それを見た勇が、満足そうに頷いた。

「よし、おれもこうしちゃいられない。やはり長州随行の件を進めようと思う。皆が頼りになるから助かるよ。これなら安心して出立できる。留守をよろしくな」

 勇はかねてから長州への潜入作戦について会津や幕府と調整を進めていた。幕府側も立て込んでいたので一時は頓挫しかけていた話だったが、勇はやはり実行すべきだと決意を新たにしたようだ。話の概要自体は皆知っていたので、一同は特に驚くこともなく、神妙な面もちで頷いた。

「こちらのことは任せろ。行くからには、しっかりやってきてくれよ、近藤局長」

 さくらはどんと自分の胸を叩き、にっこりと笑った。


 

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