第32話 お誘い
「はい?」
単刀直入に過ぎる物言いに、戸惑わずにいられない。だいたい、劇のことを言ってるのなら、さっきまで一緒に練習していたじゃないか。
「岡本君さえよければ、二人だけで練習したいなあって思って」
「え?」
にやけていないか、自分? そんなつまらないことが気になり、僕は手のひらを顔に持っていった。口を覆いながら、続けて答える。
「悪くはないけれど、どうしてまた」
三井さんは再度、辺りに人がいないことを確認する仕種を挟んだ後、答える。
「狩人と王女のやり取りは、特に重要でしょう? 他の場面は最低限、話の流れが伝わればいいと思うの。でも、狩人の王女への想いは、最後につながってくるんだから、しっかり印象づける必要あると思うし、台詞以上に気持ちが出るようにした方が、絶対にいいわ」
静かな物腰だが、力の入れようはひしひしと伝わってくる。劇をだしにしようとしている自分が、恥ずかしくなる。いや、僕だって、劇そのものは真剣にやるつもりだ。だから、三井さんの申し出は(彼女への好意を除いても)、願ったり叶ったりだ。
ただ……。
「うん。学校でする稽古だけじゃ不足やなっていうのは、僕も感じてた。諸手をあげて賛成!と言いたいのは山々なんだけど、宿題が」
「それなら、宿題も一緒にやろうよ」
「え? え?」
あかん。もう完全に、にやけてしまったに違いない。ふにゃふにゃと頬が緩むのが、自分でも分かる。意味が飲み込めない風を装う口ぶりとは逆に、有頂天になってる僕の内側。せめて赤面しないように気を付けよう。下心があるみたいじゃないか。
「問題は、どっちの家でやるかなのよね。私が岡本君の家に行くのは、ちょっと難しいから……。岡本君、女のクラスメートの家には来づらいでしょう?」
「……そうでもない。というか、三井さんこそ、僕を家に上げるのは、色々あって難しいんじゃ? 家族の人だけじゃなく、ほら、由良さんも……」
余計な身振り手振りを交え、聞き返す。本心を言えば、この機会に三井さんの自宅に行けるのなら、部屋に入れるのなら、そうしたいという気持ちが強い。彼女の口ぶりから推測するに、僕が行くと言えば拒まないようだが、念押しする。
三井さんは首を横に振った。
「平気。この週末、由良さんは研修会か何かで出張だから。私の家族の方は、全然問題なし。男子を連れてきたら、珍しがって喜ぶかもね」
「そ、それはないだろ、さすがに」
婚約者のいる娘が男友達を連れてきて、喜ぶ親がいるか? 舞い上がり気味だとはいえ、この程度の冷静さなら、僕もまだ持ち合わせているぞ。
「そうでもないわ。とにかく、気兼ねしないでいいから」
ね、と腕を掴んできた三井さん。わざわざそんなスキンシップ的なことしなくても、僕は行く気満々なのですが。迷う素振りを続けていると、嫌々行くことにした、みたいな受け取り方をされるとも考えられる。それは本意じゃない。
「分かった。喜んでお招きにあずかります」
「わあ、ありがとう。がんばろうね」
「劇も、宿題もね」
とても嬉しそうにする三井さんを前に、冗談めかして応じてから、いつ行けばいいのかを尋ねた。まさか、今日これからではあるまい。
「今度の土曜でどう?」
そういえば、さっき週末と言ってたっけ。由良がいないときに合わせるわけだ。改めてそう考えると、こそこそ逃げ隠れしているようで、とっても癪な感じがする。
などと僕が思考を巡らせて返事を遅らせたのを、三井さんは都合が悪いものと受け取ったのか、続いてこう言った。
「岡本君が大丈夫なら、金曜の夕方からでも」
ここで慌てて「土曜でOK」と返事する前に、僕は彼女に尋ねる。少し引っかかったのだ。
「大丈夫、とは?」
「門限とか、晩御飯とか……。岡本君が遅くなっても大丈夫なら、ご飯の用意はできると思うけど」
「えっ……と」
飛び付きたい話だが、それは図々しいってものだし、そもそも、家に初めて上がらせてもらうだけでも緊張しそうな予感がいっぱいなところへ、三井さんの家族と顔を合わせて食事というシチュエーションは、正直きつい。
だが、反面、ここで勝負を掛けなければ、っていう気持ちもある。そっちの方に完全に傾かないのは、三井さんに全然その気がないだろうという客観的分析が容易にできるからに他ならない。いや、当たり前だけれどさ。
「非常においしい話やけど、ご飯につられたみたいになるんは格好悪いんで、やっぱり土曜にして」
「でも、土曜は都合が悪いんじゃあ……?」
「そんなことあらへん。今、余計な予定を入れてる暇なんかないって」
「だったら、決まり」
若干、曇っていた表情がいつもの明るさを取り戻す。
「午後二時でいい?」
「全然、問題なし。忘れるわけないけど、記念にメモしとこかな」
僕は生徒手帳にあるカレンダーのページを開くと、今度の土曜の欄に、しっかりと書き付けた。
「あ、それとね」
手帳を仕舞った僕に、三井さんが話し掛けてくる。
「もしよかったらだけれど、妹の泉ちゃんも連れて来てほしいな」
「へ? 何で?」
どうして泉の名前が出て来るのだ。まさか広海君のやつ、泉と付き合うようになったか。
「劇を観てくれるお客さんは、高校生だけじゃないでしょ。父兄はもちろん、おじいさんおばあさんや、小さな子供だって来るかもしれない。高校生だけに分かるようなお話にしちゃいけないと思うの」
「そりゃそやね」
何となく言いたいことは分かった。つい、関西弁で素気なく応じてしまう。
「全員の人に面白く感じてもらうのは難しいかもしれないけれど、せめて小学生ぐらいの子でも理解できるようにしたい」
「劇の一部だけでも泉に見せて、反応を探ろうっちゅうわけね。でも、広海君がおるやん。あ、土曜はおらんとか?」
「ううん、いるんだけれどね。あの子は人に気を遣うタイプなのかな。私がやることを悪く言った記憶がないのよね」
広海君の言動を、知る限り思い浮かべてみると、素直に同意できた。三井さんが姉として完璧かそれに近い、ということも考えられるが。
その点、泉はずけずけと物を言うタイプに違いない。世渡り上手なところがあるから気遣いを知らないわけではない。が、遠慮をしないでいいと言われたら、本当に遠慮しないだろう。
さて、そんなことよりも、返事をどうするか、だ。
はっきり言って、泉を連れて行きたくない。邪魔にはならないが、家に戻ってから何やかやと冷やかしてくるに決まっている。それに、演技について、僕に対してだけぼろかすに言ってくれそう。
だがしかし。ここは劇にかける三井さんの熱意に打たれたってことにしよう。三井さんと二人きりになるチャンスはあるはず。何せ、泉だって広海君に目を付けているくらいだ。細切れの劇に感想を出すなんてじきに飽きて、小学生同士で遊びたいと思うもんだろ。
「うん、話しとくよ。予定さえなければ、多分、喜んで来る」
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