第31話 台本がありすぎる

「まあ、当たっているんじゃない? それで? 由良に頼み込まれたから結婚に応じたっていうのは、事実に反するからね。悔しいけれど、万里は一時期、由良を頼り切っていて――」

「うん、それは分かってる。今、考えたのは逆さ。クラスメート、いや、よそのクラスも含めて友達全員で、彼女に、結婚しないでくれ!と頼む。一列に並んで、頭を下げるのもいいな」

「……冗談なら笑ってあげもいいかな。でも、本気なら、ちょっとねえ」

「効果はあると思うぞ」

「そりゃあ、効果あるでしょうよ。みんなから頼まれ、頭を下げられたら、一度固まった気持ちも凄くぐらつくと思うわ。けれど、由良が同意するとは思えない。結局、板挟みになって万里を苦しめることになるわよ」

「時間を稼げればいいんだ。つまり、卒業するまで結婚を延期してほしいと、皆で頼むというか、説得する」

 現実路線の妙案だと自画自賛していたのだが、目の前の知念さんは難しい顔をした。首を傾げ、「う~ん」と唸る。

「だめか? 何で?」

「それ、一応、もう試してるのよ。とっくの昔にね。私を始め、万里の友達が説得してみたわ。でも、決意を変えるには至らずってわけ」

「そうか。そりゃそうだよな」

 肩を落とした僕の耳に、今度は「ただ……」という言葉が届く。そう言うからには、何らかの望みが残ってるってこと?

「そのときは、私達、別々に説得したのよね。みんな揃って万里の説得に当たるのなら、ひょっとしてと思えなくもないかな……」

 微妙な言い回しだが、可能性ゼロではないってこと。そして首尾よく、卒業まで猶予が得られたなら、こちらとしても作戦の立てようがある。勝ち目は薄いが、少なくとも同じ土俵に上がれたって感じがするじゃないか。

「やってみないか。やれることは全部やっておかないと、後悔する」

「私は……賛成。やるんなら協力する。でも、万里にとってより大きいのは、クラスメートの存在だろうからね。旗を振るのは私じゃなくて君だよ、岡本クン?」

「えーっ? 男かつ転校生の自分は、適任とは言いがたいような。それに、その……」

「何? 何なに?」

 言いにくいから語尾を濁したのだが、知念さんは彼女らしくもなく、しつこく聞いてくる。いや、これは性格云々ではなくて、女性特有の直感と好奇心のなせるわざか。

 僕は仕方なく口を開いた。別に正直に答えずともごまかせばいいんだが、今後のことも考えると、きちんと言っておこう。

「僕が中心になったら、クラスのみんなに『僕の恋路を助けてちょうだい!』と言ってるみたいで、物凄く格好悪いじゃないか」

「実際、助けてもらおうとしてるのに」

 ひょいという感じで指差され、思わず「ううっ、図星」と反応してしまう。

 まあそれは確かにヘルプを求めているのだが。僕は、自分が三井さんを本気で狙っていることを公にしてないんだ。そこのところを忘れてもらっちゃ困る。

「じゃあ、蓮沼さんに言って、音頭を取ってくれるよう、頼めば?」

「それもなあ……ワンクッション置いただけで、同じだよ」

「何でそんな些細なことにこだわるのか、分かんないなあ」

 男のメンツみたいなもんだよ。さっき彼女の言った通り、実際には助けてもらいたい、でも、大っぴらにはしたくない。たとえば仮に、大っぴらにして、みんなが僕を応援してくれたとしても、それだと今度は三井さん対して余りにもアンフェアになるじゃないか。数に物を言わせた圧力を行使するのは、必要最低限で収めたい。そうでなくても、劇を利用して由良を引っかけようとしてる分、負い目を感じないでもないのだから。

「しょうがない。私から蓮沼さんにそれとなく言っておく。でも劇でみんな忙しくなるんでしょ? 私が焚付けてもうまく運ぶかどうか分からないから、当てにしないでよ」

 やっと理解してくれたか、知念さん。ありがたい申し出に、僕は感謝した。

「ありがとう。劇のアイディアは、僕が伝えとくよ」


 何やかやとざわざわしながらも、学校全体はお祭りムード、生徒もお祭りモードになってきた。僕は、(蓮沼さん曰く)二転三転、苦心の末に完成した台本をありがたく受け取り、台詞の暗記に取り組む日々……なのだが、同時に、舞台の大道具小道具作りも手伝わないといけない。時間の都合上、台詞を覚えきれないまま、立ち稽古に入る形になっていた。

 一つのクラスが催す劇に、大層な時間が取れるはずもなく、長さは正味四十分ほど。必然的に、ストーリーは分かり易く、シチュエーションや人間関係は極力、簡略化したものにせざるを得ない。それをさらに簡略化し、粗筋を述べると……。

<自国Aの平和と安全を維持するために、隣接する強国Bの王子と政略結婚する運びとなった王女。ところがB国内は不安定で、国王や王子の立場も安泰ではない。それを偶然知ったA国の大臣は、昔から密かに想いを寄せていた王女をものにすべく、野心を燃やし、実状を公にする機会を窺う。ずるずると引き延ばす内に、王女がB国反主流派の手に落ちるという、A国を揺るがす大事に発展。愛国心に目覚めた大臣は、自らの不遜とともにすべてを告白。彼の命を賭した活躍で、王女は危ういところを救われる>

 えっ? ちっとも簡略でない? 仕方がないのだ。物語の背景は、ナレーションで説明すればどうにかなる。

 それよりも、狩人が出て来てないぞ、という疑問が出るかもしれない。実は、さっきの粗筋は、由良を信用させるための、表の台本。そう、由良が(クライマックスだけだが)演じるのは王子ではなく、大臣になったのだ。

 このくだりが裏の台本では、三井さん演じる王女がB国反主流派の手に落ち、えらいこっちゃーとなるまでは同じだが、そのあとが異なる。大臣は己かわいさにB国反主流派と引っ付くのである。まあ、開き直りですな。それを察して、活躍するのが狩人。いきなり出て来て王女とハッピーエンドだと不自然なので、前半からちょい役で登場し、王女とのやり取りもある。

 途中で筋書きが台本と違うことを、由良に訝しがられないかって? 大丈夫。物語が分岐する頃には、由良は舞台裏の控室にいる。しっかり防音されているので、部屋に篭もったままでは、舞台の声や音なんて聞こえやしない。

 ちなみに、大臣が途中で入れ替わる点は、ダブルキャストとして初めから明かしておくことになった。そうじゃないと、観ている人が混乱する。

 ちなみにパート2。三井さんには由良出演を明かせないため、クラスメート二人が中途で入れ替わるものと思わせている(あー、ややこしい)。

「――あ。ねえねえ、ちょっと待って」

 三井さんに声を掛けられたのは、稽古が本格化して数日が経過した頃。僕は早く帰ろうと、廊下を急いでいた。練習で疲れていた上、宿題を山ほど出されて憂鬱な気分だった。

 だからといって、三井さんの声を聞き逃すことはない。すぐに返事をしなかったのは、名前を呼んでほしいな、なんて思ったから。

「岡本君! 待ってってば」

 追い掛けてくる気配に、僕は即座に振り向く。と同時に、廊下の右端に寄って、立ち止まった。

 近付いてくる彼女には、焦っている様子が窺えた。ほんの短い距離なのに、息を切らしているように見える。無論、錯覚なのだけれど、悪いことをしたと感じた僕は急いで言った。

「ごめん、自分のことだとは思わんかった」

 謝る僕に、三井さんは周囲を気にする風を見せたかと思うと、急いた口調かつ小声で言った。

「それより、一緒に練習できないかしら?」

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