第30話 試行錯誤の台本
剣持は察してくれたのか、
「もしかして、岡本クン。気を遣って、俺らを二人きりにしようというつもりなら、ありがたく受けよう」
と、冗談めかして応じた。そして蓮沼さんの鞄をぎゅっと掴んで、彼女を引っ張っていく。
「ちょっとちょっと。私は別に、あんたなんかと二人になりたくない」
「いいからいいから。僕らは神風に、いや違った風上に行こう」
「ちょっと、それやめてよ、恥ずかしさがぶり返すから!」
賑やかにやり取りしつつそのままグラウンドを抜け、校門へと遠ざかっていく。たまたまに違いないけど、確かに風上の方角である。
そんな僕らの状況の変化を観察していたかのように、グッドタイミングで待ち合わせの相手が来た。何かと協力してくれる知念さんだ。
「人を出にくくさせておいて、物凄く楽しそうにじゃれ合ってたわね」
やっぱり既に来ていましたか。どこからこっちを覗き見していたのやら。
「あれは、あいつらが。それにとっくに来ていたんなら、すぐにでも姿を現せばよかったのに」
「非難してるんじゃないから。特に男子同士のは、見ていて羨ましいなと。男同士の友情って、女同士よりからっとしていて陽性よね」
「……分からんでもないけど、そもそもさっきのプロレスごっこを友情と呼ぶのは、ちょっとおかしいような」
「そんなことよりも、本題に入りましょ」
脱線させた張本人の彼女は、しゃあしゃあと言って切り替えた。
「首尾よく、相手役に選ばれたみたいね。もう耳に入ってきたわ」
「うん。……知念さんから三井さんに、何か言ってくれたん?」
「何かって、岡本君を選ぶように? 特になし。だって、電話して探りを入れたら、断トツで君に好感を持った風だったもの。私がとやかく付け足す必要なかった」
「ほんま? せやったら嬉しいなー」
頬の筋肉が緩む。今さらだけどここに来て、本気で脈あり、と思えてきた。
が、目の前の知念さんは、宙で片方の肘をつくポーズを取り、顎をさすりながら、注釈を加えてくれた。
「えー。幸せな気分のところを悪いけれど。関西テイストが物珍しかったって感じも、多少窺えたわよ」
「……」
萎む。膨らんだ風船の口をほどいたように、しゅわわわと。
そもそも多少って何だ。微妙な表現じゃないか。
「で、肝心の由良担ぎ出し作戦は? こればかりは万里に聞く訳にいかないし、気になってるのよね」
勝手に話をどんどん進める知念さん。落ち込んでいる暇もない。
「今日のホームルームは時間なかったし、三井さんもおったからその話は出なかった。でも、目処は立った。日曜、蓮沼さん達が結婚のお祝いを理由に、接触をはかって、あ、もちろん三井さん抜きで。婚約者を驚かせるために、学園祭の劇にゲスト出演してくれませんかと頼んだら、結構乗り気の様子だったらしいよ」
「へー。案外、乗りがいいのね、あの男も」
「こっちにとっては思う壷。元々、学園祭に来る予定だから、スケジュールにも問題ないし。練習時間を取りにくいのが目下の難点で、どんなちょい役でも、とちって恥を掻くのは御免だってさ」
「由良らしいというか」
知念さんの声が呆れた響きを含む。表情の方は、最初から呆れ顔だったので、変化なし。
「それにしても……由良にやらせようという役、王子様だっけ。とてもちょい役じゃ収まりそうにないんじゃない?」
「そう、そこなんよ」
大いに同感。最初は、縛って転がしとけばいいと簡単に考えていたが、まともに芝居を成立させるには、無理がある。
「みんなして色々案を出し合ったんやけれど、どうしてもいくつかの場面に出ざるを得ない。三井さんのいる練習のときは、代役を立ててごまかすとして、由良に充分な練習させる時間が取れそうにないのが、問題やなあ。ここをうまくやらんと、引き受けるのやめると言い出されかねない」
「第一、そのやり方じゃあ、本番当日、万里も驚くでしょうに」
「そりゃあ、一応、驚かせるためにやるんだから。それがメインの目的ではないけど」
「うん、だからね。由良が登場した途端、万里がびっくりしちゃって、劇を続けるどころじゃなくなる可能性、なくない?」
「あー、そういえば……」
これは盲点だった。間が抜けていたとも言う。下手をすると、脚本を根本的に直さなければならなくなるのか? 僕らの練習時間さえ、ぎりぎりかなという状態なのに。
「由良が王子をやるのは、最後の方の肝心なとこだけでいいんじゃない?」
「え、何? どういうこと?」
知念さんの提案がすぐには飲み込めず、思わず強い調子で聞き返した。
「だから、途中まではその誰か知らないけど、クラスの男子が王子役をやる。クライマックス近く、肝心要のシーンで入れ替わるのよ」
「……おお」
名案だ。これなら、由良の練習時間確保の問題までも一気に片付く。頭よくないと自称していたけれど、鋭い閃きじゃないか、知念さん。
「そして、婚約者を驚かせて得意になってる由良を、岡本君達が引っかけると」
いたずらげなくすくす笑いが流れ、広がる。つられて笑いながら、
「それから僕は花嫁を連れ出す、ってね」
と言ってみた。いや、本当に連れ出すかどうか、決心つけかねているけどさ。
「あとはキミの腕次第。花嫁が気持ちを変えるかどうか」
指差され、ひとしきり笑う。それが段々と空虚なものになってくるのは、自分でも分かった。
「厳しいな。常識で考えれば、この程度で心変わりするなんて、あり得ない。それくらいの冷静さはある。その場の乗りや、ちょっとぐらついた程度じゃ、今のまま粛々と結婚に進むに決まってる」
「急に自信なくされても困るなぁ。どうしたのよ」
「決定打とまでは望まへん、勝ち目が欲しい。これまでに分かったことや計画したことって、三井さんの気持ちを変えるにはどれも弱い」
「確かに、由良が女たらしっていうぐらいよね。でもこの線で学園祭前日まで徹底的に調べて、劇のとき、大勢の前で発表したら、効果ありそうじゃない?」
「何となく三井さん、そういう辺りもひっくるめて、承知の上で結婚に同意してるみたいなんだよな」
そうなのだ。現在の手詰まり感は結局、ここに行き当たる。せめて、隠し子の噂が広海君の出任せでなく、本当だったなら話が違ってくるだろうが、それは無い物ねだりというもの。コメディドラマよろしく、嘘の隠し子騒動を起こすわけにも行くまい。
「かもしれないけれど、不本意ながら同意って匂いがぷんぷんする。一〇〇パーセント幸せな結婚には見えないのよ。そこが気に入らない。あっ、言い直すわ。そこも気に入らない」
由良のことを何もかも気に入らない人が言った。そして同じく、由良のすべてが気に入らない僕が応じる。
「三井さんてさ――」
「気が付かなかったけど、いつの間にか、喋り方が普通になってる」
話の腰を折ってくれるな。ついでに、指差すなって。
「三井さんて、頼まれたらいやと言えない質だと思うんだ。違ってる?」
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