第24話 疑似デート前

「聞いても教えてくれないなら、そっとしておくべきだな」

 想像が当たっていると信じ、僕は広海君に助言した。

「そぉ?」

 帰って来た声は、どこか女の子っぽかった。泉にやりこめられて、男女の立場が逆転しつつあるのだろうか。

「そうだよ。納得できないのなら、広海君。一つ聞くけど」

「うん」

「好きな女の子や大切な人が秘密にしていることを、無理矢理聞き出すのはいいことか?」

「……悪いこと」

「そう。それとおんなじだ」

 将来、大きくなったら、無理矢理にでも聞き出さなきゃいかん場面にいくらでもぶつかるだろう。ごまかしの論法と分かって小学生相手に使うのは、胸が痛む。まあ、大した被害はないのだから許してくれ。

「じゃあ、聞くのやめる」

 素直な返事だ。「よしよし」と言った。目の前にいたなら、頭を撫でたかもしれない。

 が、続いて出て来た台詞には、ちょっと焦った。

「その代わり、岡本さんのお兄さんに聞きますから」

「はへ?」

 俺?という風に、自分自身を指差してしまった。電話口でやると、客観的にはかなり間抜けだ。

「高校で何かあったんでしょう? お姉ちゃんに聞くのはやめて、他の人から教えてもらうんならいいと思って」

「あー、僕はだな」

 焦りつつも、うまい理由を考える。考える。考える……。

「三井さんから口止めされたんだ。だから言えない」

「口止めって?」

「えっと、言わないでってお願いすることさ」

「ふうん。じゃ、お兄さんにも聞いちゃいけないってことかぁ。しょうがないから、我慢する」

 ちっともうまい理由と思えないのだが、言葉の説明をしたせいで、広海君は何故か納得できたらしい。

「広海君、ついでだから聞くけどさ。由良っちとのこと、何か新しく分かったかい?」

「あれから、悪いとこは見つからないよ……」

 ひどく残念そうに言う。しょげている姿が目に浮かぶってやつだ。

 こっちとしても相手のマイナスを血眼になって探すのは手控えると決めたのだから、そんなに気にされても困る。だが、張り切って協力してくれているのに、もういいんだとも言い辛い。だから、言い方を変えよう。

「由良の行動でいいんだ。つまり、○月×日、由良が三井さんとこんなことした、○月×日、由良が電話してきた、みたいな。その中で面白そうなこととか、いつもと違うこととかがあれば、教えてくれないかな」

「いつもと違う……」

 電話口がしばらく静かになった。いや、かすかながら唸っているような音がする。

 なければないでいいんだけど。追い込むと、作り話をする可能性なきにしもあらずだもんな。頃合を見て、声を掛ける。

「ああ、ないんやったらええんや。無理に――」

「あ! あった!」

 いきなりの大音量に、思わず腕を伸ばし、電話を耳から遠ざけた。

「何だ何だ?」

「結婚するって決まったあとは、由良っち、お姉ちゃんにプレゼントすることなんて滅多になかったんだ。それが一週間で二回もあったんだよ。絶対変だよね、これ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 話がいまふたつほど見えない。

「滅多になかったって、どういう意味だい?」

「ホワイトデーに一回、初デート記念日に一回、プレゼントをしてたんだ。だから、ゼロじゃないでしょう?」

「なるほど」

 記念日か何かの理由付けがないと、贈り物をしない性格ってことか。いかにもあの男らしいという気がしてくる。

 それなのに、この一週間で二回とは、一体どういう風の吹き回しなのやら。何かが起きたのだろうか。

 と、その前に。思い付いたことが一つあった。

「なあー、広海君。もしかして、結納のことじゃないよな」

「ゆいのーって?」

「ごめん、詳しく説明してる暇はないんだ。結納って言葉をお家の人が話しているのを聞かなかったか?」

「全然、聞かない。聞き覚えがない」

 覚え立ての言葉なのか、板に付いていない感じが微笑ましというか何というか。ともあれ、結納ではないらしいと分かった。これは、いよいよだぞ。

 想像を逞しくすると、由良は三井さんの機嫌をひどく損ねることをしでかした(あるいはその手の過去の出来事が露見したとか)。機嫌を直してもらうために、二度続けて贈り物をした……というのは穿ちすぎだろうか。都合よく解釈しすぎの妄想ってやつかな。

 電話を切ったあとも、他にどんな可能性があるのか、しばらく考えを巡らせた。何も思い浮かばなかった僕は、変なのだろうか。そうじゃないと信じたい。

 根拠はなくもない。

 今日の三井さんが由良の悪口を結構言っていたのも、関係しているんじゃないかな。婚約者と半ば喧嘩状態だったからこそ、僕や他の友達に愚痴をこぼし、その勢いのまま、男子数名との擬似デートにもOKを出した……辻褄は合っているよな、うん。

 ただ、よくよく考えると、喜んでばかりもいられない。喧嘩していたから擬似デートを承知したんだとしたら、三井さんのこの感情は一時的なものってことになる。それじゃあ意味がない。本心から揺らいでくれなきゃ。

 それならそれで、今度の件をきっかけに揺らいでもらうよう、僕はより一層気合いを入れなくてはいかんてことだ。

 喧嘩の原因が分かればいいのだけれど……なんて、無い物ねだりはやめておこう。広海君だって気付いてないようだし。

 むしろ、喧嘩状態のところへ、三井さんと僕ら同級生とが擬似デートをするんだって知らされたら、由良はどんな反応を見せるのか。そっちに興味を覚える。

 これくらいは汚くないよな? 揺さぶりをかけるだけだ。この程度で怒ったり、相手を信用できなくなったりするのなら、由良の奴がその程度の器ってことさ。正攻法と呼ぶにはおこがましいが、トリッキーな作戦てことで、やってみようか。


 特別な土曜日をとうとう迎えた。言うまでもない、劇の相手役査定を兼ねた擬似デートの日だ。

 僕にとって、他の男子は眼中になかった、申し訳ないけど。それよりも何よりも、とにかく由良。

 ここ数日、由良が学校に三井さんを迎えに来たことは一度もなかった三井さんも教室で結婚の話題を出さないでいるし、どちらかと言えば他の楽しみを見つけようと頑張っている感じ。これは喧嘩状態継続中と見ていいだろう。本来なら婚約者と一緒にいたいに違いない、休みの日がこうして空いているというのもその証拠だ。チャンスは小さいながらも転がっている。

 さて、今日一日で、三井さんは六人とデートをこなさなければならない。もちろん、一対六のグループデートなんかではない。一人一時間ずつの割り当てで、順番にやってもらう。九時半から十時半、十時四十分から十一時四十分、五十分のランチ休憩を挟んで(だって昼飯をおごるいう特権を誰かに与えんのはフェアやないもんな)、十二時半から十三時半、十三時四十分から十四時四十分、十四時五十分から十五時五十分、十六時から十七時という割り当てだ。順番は三日前に、くじを引いて決めた。男共はこの猶予の三日間で、プランを立てろという訳。

 これがライバル同士六人なら、順番は最重要事になってくるのは間違いないところだけど、さっきも断ったように、アウトオブ眼中状態。というか、僕以外の五人は、今更三井さんを狙おうなんて大それたこと、まったく考えていないと思われる。三井さんに、同年代の男も悪くないと思わせるのが第一の目的だと考えれば、むしろ仲間だ。

 劇の相手役に選ばれるかどうかも、まあ、選ばれたら嬉しいなぐらいの認識でしかない。そういう意味では気が楽だ。

 その分、しんがり?に控えしは、強大で分厚い、難攻不落の壁だが……敵が強ければ強いほど燃えるってもの、ということにしとこか。

 おっとっと、話が脱線してもた。今日はデートなのだ。

 僕が射止めた順番は、ラストだった。ある種、最悪。三井さんだって疲れているだろうし、ありきたりのプランじゃ、前の五人の誰かと被ることも考えられる。最大限の工夫が必要と捉え、僕は知恵を絞った。

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