第23話 本心と疑似と小さな心配と

 おや。面白い話が聞ける予感。打ち切り中止だ。

「式のプランを決めるのだって、私の意見を『はいはい』って聞くだけ聞いて、いざ依頼する段階になったら、ほとんどがあの人の考えを通そうとするのよ。『万里はまだ子供だから』って、こんなときだけ子供扱い。調子いいんだから。岡本君もそう思わない?」

 唐突に呼び掛けられて、少々泡を食った。

「ん、せやな」

「招待状のことだってそうよ。私が招待したいリストに友達の名前たくさん挙げたら、苦笑いしながらのしかめっ面で、『友達は最小限に絞るんだ。クラスメートとは、お祝いの場を別個に設けよう。式や披露宴は、もっと神聖で大人の舞台だからね』なんて、たしなめる口調で言うの。そうかもしれないけれど、私はみんなも呼びたい」

 小声でこぼし、教室をちらちらと見渡す三井さん。ちょうどそのとき、チャイムが控え目に鳴って、休み時間の終わりを告げ始める。

「愚痴を聞かせちゃった。ごめんなさいね」

「何言うとんのや。全然かまわへん」

 むしろ、感激してるくらいなんだ。その気持ちが面に出すぎないよう、関西弁でごまかしてる。

「私ったら、どうかしたのかなぁ。男子にこんな愚痴を言うなんて、思ってもいなかったのに」

 三井さんは最後にそう言って、舌先を僅かに覗かせると、笑みを残して前を向く。科目の確認をして、教科書やらノートやらを並べ出した。

 こっちは、やっぱり好きなんだよなと再認識させられた。彼女が結婚についてどう考えてるか、根本を見つめ直そうとしたつもりが、自分自身の気持ちを見つめ直し、確認した感じだな、こりゃ。ま、悪くはないぞ。

 そんなぽやっとした気分は、教師が戸を勢いよく開ける不協和音(和音ではないか)で途絶えた。


 その後の休み時間も、三井さんへの質問攻めになるべく費やした。

 彼女の由良に対する不満が、将来、結婚生活そのものを破綻に至らせるほどに大きく膨らむものなのか、今の僕に見極める術はない。ただ、他の男、特に同年代の男子にも気持ちを向けさせる余地があるのなら、そっちの方向へ持って行きたい。知念さんが言っていたように、一度目の残酷なまでの失恋をきっかけに、由良との結婚に盲進しているのだとしたら、ちょっと待ってほしいと思うわけ。急ぐことはないじゃないか。立ち止まって、比較してからでも遅くない。

 これ以上ない正攻法に、僕は心理的に満足を得ていた。無論、奏功する可能性が依然として低いのは分かっている。汚い手段を使わない、という自己満足のみ。それでいいじゃない。

 ただーし! 首尾よく同じ土俵に持ち込めた暁には、比較材料として、由良の過去の悪行?をつまびらかにすること、僕はやぶさかでないよ。

「いかにも高校生なデートってものに、憧れはないん?」

「いかにもって、つまり……青春してる!みたいな?」

 昼休みになっても、三井さんは僕の質問を聞いてくれていた。一時間目のあと、愚痴をこぼしたのがよい方に作用したのか、僕は話し相手として上位にランクインしたらしい。

「そりゃあるわよね。いくら結婚が決まってても」

 蓮沼さんが口を挟む。一緒にランチタイムなのだ。他にも男女問わず、五、六人が集まっている。みんな、何だかんだ言って、三井さんの結婚話に野次馬的関心ありありなんだな。

 話が脱線し過ぎない限り、この状況を歓迎したい。聞きにくいことでも苦労せずに聞けそうな雰囲気が出来上がりつつあるからだ。

「由良さんとのデートは、たいてい車でしょ? 高校生同士なら、あり得ないもんね」

「自転車に二人乗りして、夕陽を浴びながら、ブレーキを掛け、坂をゆっくり下っていくこともできない」

 剣持が言ったが、どこかで聴いたようなフレーズだ、それ。

「そういえば……」

 三井さんが食事の手を止め、思い出す風に上目遣いになる。

「由良さんとのデートで食事と言えば、まずはきちんとしたレストランに連れていってくれる。ファーストフードの店に寄ったことは、一度きり。それも嫌がる由良さんに私が頼んで頼んで、やっと。理由を聞いたら、身体に悪い物がいっぱい使ってあると答えたんだけれども……本音はそうじゃなくて、安い店に行きたくないだけみたい」

「結構なオジサンが女子高生と並んで座って、ハンバーガーにかぶりついていたら妙な目で見られること確実だから、恥ずかしいんじゃねえの」

「かもしれないけど……たまには私の方に合わせてくれてもいいのになあって」

 またまた似たような不満が出た。ということは、三井さん、かなり溜め込んでいるのかもしれない。

 お喋りは弾みながら続く。

「他には? 三井さんのイメージする、青春してる感じのデートって?」

「普通に、ただ単に散歩する。そういうデートがあっていいと思うのに、由良さんは退屈だって言って、すぐに切り上げちゃう」

「情緒ないねー。分かってないねー」

「何か、婚約者の悪口ばっかりになってません?」

「いいとこなんて、聞きたくねえっつーの。食傷気味で、腹こわしそう」

「私も、のろけるのはもうやめておくわ。あはは」

 ここをいい折と思い、僕は言葉を差し挟む。

「そんなに青春デートに憧れがあるんやったら、してみいひん、三井さん?」

「?」

 目をぱちくりさせる三井さん。お弁当の蓋を閉める手が、中途でストップしている。僕は、最後のご飯ひとかたまりを口に運び、もぐもぐとやってから、

「試しにいうことで、クラスの男子何人かと一対一で」

 と提案をぶつけた。途端に、

「それ、浮気になるんじゃないの?」

 と、外野から声が飛んできた。余計なことを言うなって。これまで築き上げてきたものが、台無しになる。

「ならへん、ならへん」

 僕は声の方を振り返って、手を顔の前で振った。

「飽くまで、三井さんに高校生らしい気分を味わってもらおいうのが、目的や。仮に、途中でどんなにええ雰囲気になったとしても、一線を越えるよーなことはおとーさんが許しません。だからご安心めされい」

「誰がおとーさんだ」

 左右から同時に突っ込みが入った。蓮沼さんと剣持のツープラトン。ほんと、いいコンビだよ。

 僕はとりあえず痛がってみせてから、姿勢を戻し、三井さんに重ねて持ち掛けた。

「不安だったら、由良さんが尾行するのを許可するよ。やばい!という場面があったら、婚約者直々にストップを掛けてもらおうってわけ」

「そ、そこまでしなくても」

 口元を手で隠しながら、三井さんが言った。目を細めていることと併せて、笑うのを我慢している模様だ。

 そこへ蓮沼さんがいきなり両手を合わせ、大きな音を立てた。

「そうだわっ。ちょうどいいから、狩人を決めるコンテストにしちゃえ」

「狩人?」

 三井さんだけでなく、大勢の者が聞き返す。注目を浴びた蓮沼さんは、胸を張って答える。

「劇の話よ。王女は決まってるのだけれど、相手役がまだ確定してなくてさ。いい加減、タイムリミットなのよね。擬似デートをするっていうのなら、狩人役決定戦にしちゃうことで一石二鳥だわ」

「おー、おもしれえ」

 思わず、拍手してしまう。いや、本気で、願ったり叶ったりの成り行きだったもので。

 幸い、他にも拍手した男子女子がいたから、目立たずに済んで、ほっと胸をなで下ろす心持ち。

 僕がそんなことを考えている間にも、蓮沼さんはどんどん話を進めてくれている。ありがたい。男子の僕の口から言うよりも、女子が言う方が、三井さんも乗りやすいのではないかと思えるしね。

 その効用が早々に出たようだ。

「いつだったら空いてる? 一日でまとめて済ませたいし、稽古を一刻でも早く始めたいから、今度の土日が適してると思うのよね」

 蓮沼さんの畳み掛けるような口調のおかげで、三井さんがすでに相手役審査のための擬似デートを承諾したかのような成り行きである。

 三井さんの方も、最初こそ「だけど、私」云々かんぬんと渋っていたけれども、僕や他の男子、それに女子までもが高校生らしいデートのよさを説いた結果、「そういうデートもしてみたいな」と言わせるまでに進展した。

 あとは日程の問題だけだが、これは三井さんにも色々予定があるだろうから、早急には結論を出せなかった。どうしても都合がつかない場合には、放課後に一人ずつでも擬似デートをやって相手役を決めることにしようとまで話がまとまり、昼休みも終わった。


 多少のイレギュラーはあったものの、思惑通りに進んでいる。二人きりでデート(三井さんにとっては擬似でも、こっちは本気)も多分できるだろう。まだ振り向かせられるかどうかの段階であり、突っ走れないのは惜しいが。

 そんなときだ、広海君から電話があったのは。

「学校で何かあったのー?」

「というと?」

 分かりにくい物言いだが、おおよその想像はつく。三井さんにいつもと違う変化が見られたんじゃないだろうか。

「今日、帰って来たら、由良っちと会う日じゃなかったはずなのに、何だかとっても嬉しそうだったよ。浮き浮きっていうか、わくわくっていうか。我慢しようとしても、どうしても嬉しがってしまう感じ。聞いても、教えてくれないし。変なの。たいていは聞けば教えてくれるんだよ」

「ふむ。帰って来た時間は、いつも通りだったか?」

「お姉ちゃんの? うん。いつも通り」

 今日、三井さんの身に起きた出来事が、擬似デートの話以外に何かあるだろうか? 三井さんはいつも通り帰宅し、その直後、広海君がそんな感想を持ったのなら、由良と偶然出会ったとはまずあり得ないし、電話でもないだろう。

 大体、由良がらみの“嬉しい出来事”なら、隠す必要ないと思う。

 だったら、やはり。

 広海君に聞かれても答えてあげないのは、擬似デートの話が婚約者の耳に入るのを懸念しているのかもしれない。

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