第21話 電撃ならぬ演劇作戦
くるっと方向転換した僕に気付いて、三井さんはすれ違いざま、声を掛けてきた。
「蓮沼さんに用事なら、先にやって」
気遣いは嬉しい。ただ、その場に君もいるだろ? それがまずいんだよな。
てなことを口には出さず、「いいよ。大した話じゃないから、三井さんこそお先にどーぞ」と促した。待ちかねていただけに、ここでまた先送りするのは厳しいが、三井さんになら喜んで譲ろう。
それに、少し考えれば分かることだが、朝、劇についての話ができたのは、まだ三井さんが来ていなかったからだ。三井さんに聞かれてしまう可能性を排除するには、彼女の下校を待つのが賢明だろう。
そんないきさつで、放課後まで待たざるを得なくなった。その間、うっかり口を滑らせないよう、三井さんとも満足にお喋りできないし、ちっともいいことがない。それもこれもみんな由良長太郎のせいだ。そういうことにしておこう、うん。
そして、やっと迎えた放課後。今日ほど、三井さんに早く帰ってもらいたいと思うことは、この先ないだろう。ないに違いない。
「さあ、朝の続き続き」
ぶろろろって音を立てて走り去る由良の車を、舌を小さく(由良だけなら思いきりベロを出すんだが、三井さんも乗ってるし)出しながら見送ってから、僕は蓮沼さんに話し掛けた。他には女子数名に、渡辺と剣持もいる。総勢十余名にのぼった。
僕の思い付いた妙案を聞いてもらう舞台は整った、と言うか、ちょっと多くないか。決定事項になってからならともかく……。
まあいいか。気を引き締めて、僕は全員を見渡した。
「昨日、寝ながら考えたんだけど、由良を出すのは出すが、王子様役ではなく、他の役にしたらどうかな」
「それが、朝言っていた案? 意図がよく見えないんだけどな」
蓮沼さんが首を傾げる。彼女以外の面々も、似たような感じで、反応がよいとは言えない。
「劇に出てもらったら、万里の花嫁姿を見てしまうわ。岡本君は、見せないようにしたいって言ってたんじゃなかったっけ?」
「もちろん。で、気付いたんだよ。見えるかどうかは、由良が演じる役次第じゃないかってね。具体的にどんな役かはまだ朧気で決めちゃいないが、目隠しをされる役柄なら、三井さんの花嫁姿は拝めない」
「……面白そう」
にんまりとにやりを合成したような笑みを見せる蓮沼さん。舞台上で目隠しされた由良の姿を想像して、おかしかったのだろう。そのおかしさが、徐々に他のクラスメートにも伝わっていく。中には、くすくすと忍び笑いをする女子も結構いた。
「いいねえ、それ」
剣持も早速乗ってきた。
「どうせ仕事持ってる大人だから、出てくれても大して練習できないよなと思ってたが、目隠しされるような役なら、動きも台詞も少なくて済みそうだ。ぴったりだぜ」
「だろ?」
「関西芸人の本領発揮だな、岡本」
「そりゃもう、銭さえもらえればなんぼでも発揮しまっせ。本領の一つや二つや三つ……って、誰が芸人だ、誰が」
“乗り突っ込み”をやると、笑いが沸き起こる。目隠し案に、みんなすっかりやる気だなと思わせる雰囲気だ。うむ、結構だね。このまま賛同を得て、まずは目的達成だ。
「どんな役がいいかしらねえ」
「盲目の剣士?」
「年老いて耄碌した王様とか」
「逆に赤ん坊もいいわね。あはははは!」
女子達がわいわい、意見を出し合う。が、僕が気に入ったのは、渡辺が言ったアイディアだった。
「悪い王子にしてしまえばいいんじゃないか」
「悪い王子?」
おうむ返しの問い掛けに、渡辺は落ち着いた調子で、順を追って詳しい説明に入る。
「王女役の三井さんは、由良さん演じる悪い王子と望まない結婚をさせられようとしている。それを阻止しようと立ち上がるのが、王女の幼なじみにして、両想いの……狩人がいいかな」
「お、いい感じだねえ。何となく見えてきた。狩人が花嫁をかっさらうんだろ。ダスティン=ホフマンみたいに」
剣持は古い映画が好きらしい。渡辺は首を捻った。
「結婚式のときにさらっても、花嫁姿を見られてしまうから、その前の方がよさそうだ。狩人の策にはまった王子は、縛られ、目隠しをされ、結婚式に間に合わない……てな具合か」
「普通じゃあり得ないけど、どたばたコメディの味付けをすればいけるかもね。笑いがあった方が受けるでしょうし」
雰囲気もいよいよ盛り上がってきて、断片的な筋書きもぽつぽつと出だした。みんなほんとに乗りがいい。
だが、大きな問題があることを忘れてはいけないのは言うまでもない。それを解決しない限り、一歩も前進しないのだ。
もう承認されるものと決めて掛かっているが、その点は大丈夫。通る見込みが高いと蓮沼さん達が言っているから、信じよう。
「どうやって由良さんに参加してもらう?」
そう、これだ。
格好いい王子様役なら、どうにかこうにか口説き落として参加させる見込みはある。いや、ひょっとしたら面白がって、由良の方から積極的に協力するかもしれない。
だが、僕が示したアイディアを活かすなら、三枚目王子となる由良には参加する意味が薄まる訳で。それ以上に、由良はとっても格好悪い役をやらされることになる訳で。あの男にこういう三枚目役を引き受ける度量があるとは、僕にはちょっと考えられない。
僕らは額を寄せ合い、唸った。
「これが由良さんじゃなく、先生相手なら、勢いだけで突っ走ることもできると思うのよね」
行き詰まった風にペンを回していた蓮沼さんがいきなり大きく伸びをし、ため息混じりに言った。剣持がすかさず尋ねる。
「どういうことさ?」
「格好悪い役でも大概の先生は引き受けてくれるだろうし、そうでないにしても、ちょっぴりだましちゃえば、簡単だと思うのよ」
ますます分からない。
「二枚目の格好いい王子様役だと思わせるのよ。稽古もリハーサルも、ずっと王子様をさせて持ち上げておいて、本番だけ目隠しされる三枚目にしちゃう訳。もちろん、私達は裏でその本番通りの練習をしておく。終わってしまえば許されるわ」
「部外の人にそういうだまくらかしは、さすがにまずいか」
個人的にはやってみたい気、満々なのだが。かなりすかっとするんじゃないかと、期待大。
もちろん、そんなことを大っぴらに広言できやしない。感情を隠すのに少なからず苦労した。
「……当日、緊急事態を装って、だますのはどうかな」
渡辺が考え考え、述べる。僕らは詳しい説明を求め、目で促した。
「つまりさ、由良さんには最後まで劇に出てくれとは言わないでおく。クラスの中だけで練習しておくんだ。ただ、文化祭当日、本番目前になって、三枚目王子様は腹痛を起こすんだよ」
「何となく、読めてきたぞ」
最前と似たような台詞を繰り返した剣持。にやにやしている。僕も同じように想像がついたから、同じようににやけたかもしれない。
渡辺は得意げにうなずいてから続けた。
「そこで“急遽”代役が必要になる。その役を三井さんを通じて、由良さんに頼むんだ。愛しい婚約者から頼まれたら、由良さんだって断れないだろう。その場の勢いでやってくれるパーセンテージ、高いと思うね」
「もし固辞されたら?」
「そのときはそのとき。あきらめたら済む話さ。王子役は腹痛を起こしたふりをした奴が、そのまま知らんぷりして務めたらいい。嘘がばれることはないんだから、安心だよ」
「まあ、練習させといてだますよりは、後ろめたさが少ないわね」
と、蓮沼さん。確かにそうだろう。僕は別にどんな段取りを取ろうと、後ろめたさは多分、微塵も感じないと思うけれど。
とまれ、クラスに居残った十名余りは、大筋で合意に至った。これを三井さんには内緒のまま、全員に伝えなければならないが、ま、演劇にOKが出たあとでいいだろう。早い段階で下手に広めて、計画が漏れてしまっては元も子もない。実際、僕は現状でも多いなと危惧しているくらいだ。
「あ、それから」
お開きになりかけた場の空気に、蓮沼さんがやや強い調子で言った。皆の注意を集める。
でも、彼女の用件は僕ら男子に対してだけだった。
「王子役リストのことなんだけれど」
「ああ」
「立候補した男子諸君は、そのまま王子役にしといていいのかしら?」
ん? 何だ何だ。
首を傾げる僕ら男子の前で、意味深な笑みを覗かせた蓮沼さんは、
「鈍いわねえ」
と笑い出す始末。
「王子役は二枚目から三枚目に転がり落ちたのよ。それでもいいのかってこと」
「あっ」
「狩人役に変更したい人は、今から受け付けるので、お早めに」
僕は慌てて手を挙げた。
家に戻ってから、電撃作戦ならぬ演劇作戦について改めて思ったのは、確かに愉快ではあるが、やっぱり空虚なんだよなってこと。
結婚をやめさせるのは、現実味がない。分かっている。それでも、一目惚れした相手に婚約者がいるとその日の内に知らされるという仕打ちは、ひどすぎないか、神サマ?
せめて、同じスタートラインに立って、公平な勝負に持ち込めないものか。それも、汚い手を使うことなく。
黙々と夕食を済ませ、部屋でじーっと考え込んでいた僕は、携帯端末の着信メロディではっと我に返った。
画面を見ると、非通知ではなかったが、覚えのない番号が表示されている。誰だろうと軽く首を傾げつつ、応じる。もしもし?
「こんばんは。私、知念」
おや。これは予想外。
「こんな時間にわざわざ電話してくるとは、何か重要な話でも?」
「外れと言いたいんだけれど」
続いてため息が聞こえた。何なんだろ。重要だが言いたくない話ということだろうか。
「ひょっとして、宙ぶらりんになってたあの話か? 三井さんと須藤なんたらいう人との」
「ええ。とても外で話す気になれないなあと思って。誰かに聞かれる可能性がある場所では、話しにくい」
「だから電話って訳か」
こちらも覚悟を決めた。どんな話を打ち明けられようと、受け止めよう。って、これじゃあまるで、三井さんの恋人が吐く台詞じゃないか。
「最初に言っておくとね」
知念さんは真剣な調子で前置きを始めた。
「私、本当は迷ってる。これから話すことじゃなくて、万里と由良の結婚をぶち壊そうとしてることに」
「え?」
それはつまり、僕と同じく、ダーティなやり方は気乗りしないという意味だろうか。
いや、違った。続いて出て来た台詞は、これまでの彼女に対する印象をまたもがらりと変えた。
「万里に二度も手ひどい失恋を味わわせるなんて、したくない」
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