第19話 相手役候補は誰?
彼女の言葉でぴんと来た。クラス以外の人間、いや、学校外の人間を使うつもりだ。そこまで範囲を広げるなら、三井さんにとって最高・最適の該当者はあいつしかいない。
「冗談じゃない!」
「まだ何も言ってないんだけれど」
「言わなくても分かるさ、そんぐらい。本物の花婿を、由良長太郎を王子役にするってんだろ」
ずばり、言ってやると、図星だった。蓮沼さんはにんまりと笑うだけだったが、剣持の方が感心しつつ、
「お、よく分かったな。案外、いい勘してる」
と失礼なことを口走る。
「勘じゃねえ。考えたらすぐに分かる。だめだ、そういうんだったら、賛成できないね」
「どして?」
舌足らずな物言いで、蓮沼さんはまだにやにやしてる。
「万里にとっちゃあ、これが最高の組み合わせっていうことは、岡本君の目から見ても明らかのはずよ」
「ああ、最高だろうさ。しかし」
啖呵を切ったはいいが、あとが続かない。理屈が見つからないのだ。あいつと結婚させたくないから、たとえ劇でも二人がカップルになるのを見たくない……なんてのは口にしたくないし。
「しかし、何だ?」
「しかし……外部の人を参加させて、本当にいいのか」
トーンダウンを自覚しつつ、思い付いたことをぶつける。果たして返答は、予想通り、イエスだった。
「だめでも、認めさせるだけの理由があると思うよ。万里のことは他の学年でも、ちょっとした話題になってるからね。その二人を使う劇なら、実行委員会も大歓迎で認めてくれるわよ」
自信たっぷりだな。ひょっとして、根回しが進んでいるのだろうか。
いや、そんなことよりも。
他に反対する理由を考えねば。何かないか、何か……。
「あ!」
「どうした?」
急に突拍子もない調子で短く叫んだ僕を、剣持と蓮沼さんが奇異の目で見る。僕は彼ら二人のどちらともなしに尋ねた。
「劇では、結婚式の場面があるんだよな?」
「え? ええ。私一人で脚本を考える訳じゃないから、断言はできないけれども、多分、そうなるでしょうね」
「じゃあ、反対だ」
こういうとき、雑学を活用するとは、自分の記憶力に感心する。
「結婚を目前にした男が、相手の女の花嫁姿を見てしまっては、幸せになれないっていうジンクスがあったぜ、確か」
「本当か?」
剣持が疑わしそうに聞き返してくる。いや、僕も詳しくは知らない。聞いたことがあるだけってやつだ。
女史なら知ってるんじゃないかと期待して、蓮沼さんを見る。すると彼女は「うん、確かにそういうジンクスはあるわね。私も聞いたことある」と認めた。さすがに苦々しい口調だ。
「西洋の言い伝えだったと思うけど、日本でも割と担ぐ縁起よね」
「へえ、知らなかった」
剣持は素直に感心し、うなずいている。分かればよろしい。
「そういうことだから、由良の出演に反対。それが無理なら、三井さんに花嫁姿をさせるのに反対」
ついでに、由良が文化祭に来ることにも反対する理由ができた。強制力なんてこれっぽちもないと分かっていても、何だか嬉しい。
「万里が花嫁じゃなきゃ、由良さんを出す意味がないじゃないの」
「だから、由良じゃなくていいじゃないか。クラスの男子の中から選ぼうぜ」
「それも悪くないな」
剣持がこっちに寝返ってくれた。ありがたい。
蓮沼さんは「何言い出すのよ!」とかんしゃくを起こしたみたいに叫んだが。
「だってさ、三井さんはじきに一人の男のもんになってしまうんだぜ」
剣持が語り出したが、蓮沼さんが急に恐い目つきになった。どうしたのかと思い、一歩下がって見守っていると、いきなり、
「女は結婚したら男の物になるって言うのは、この口かぁ~!」
などと言って、剣持の頬を引っ張る。大福餅程度に弾力があるのか、結構伸びるもんだ……と感心する場面ではないよな。恐しいのう。
「いててて!」
剣持は悲鳴を上げて、慌てて逃れた。頬をさするだけで、文句を言い返そうとはしない。言っても無駄と承知しているのかもしれない。
「……分かった、悪かった。では、言い直そう」
芝居がかって剣持は謝ると、続けた。
「結婚してしまう三井さんだけど、それでもいいな~とぽよよんとした夢を抱いている男は、かなりの数がいる」
「だから?」
「せめて劇の中で、その夢を叶えさせてもらうってのも、一興ではないかと思いましてな、旦那」
「誰が旦那だ」
……この二人、何だかんだ言って、仲いいのではないか。端で見ていて、ばからしくなってきたぞ。
ここで僕が関西弁で参戦すれば、収拾つかなくなるのは見えているから、自重しておく。それよりも今は劇だ。
「結局、僕の異議は受け入れてもらえたのかな?」
「うーん。考え中。さっきも言ったけど、私一人でやるもんじゃないんだから、みんなの意見を聞かなくちゃ。あ、もちろん、万里を除いたみんな」
最後の付け足しは、悪戯っぽく笑って。
家に帰り着いてからでは、広海君に電話するチャンスはあまり期待できないと昨日、学習したので、今日は下校途中、電車に乗る前に電話してみることにした。
誰に電話するのと知りたがる知念さんを遠ざけるために、公衆電話ボックスに入った。さて、ここから携帯端末で掛けるのも間抜けな気がする。第一、携帯端末を持たない、本当に公衆電話を使いたい人に見られたら、何だこいつはと思われるだろう。手持ちの小銭と色落ちしたテレフォンカードを確認する。
ボタンを押してから、今日もまた三井さんが出たら嬉しいなと考えてしまった。逆に、出ないとすれば、それはまだ帰宅していないからであって、つまり由良の奴とデート中ってことになる、恐らく。
しばらく呼び出し音に耳を傾け、待っていると、やがてつながった。家の人が他にいないのか、出たのは広海君だった。
「あ、岡本さんのお兄さん」
こんな早い時間に電話が掛かってくるとは思っていなかったらしい。びっくりしたような声だ。表情の方も楽に想像できる。
「今、いいか?」
「う、うん、大丈夫」
「あんま時間ないんで、単刀直入に行くぞ。瞬也君と話せたかい?」
「昨日言われたから、なるべく頑張ってみたよ」
うんうん。なかなか素直な行動をしてくれる。嬉しいではないか。うちの泉と大違い。
「それで、由良っちのことを何か言ってなかった?」
「浮かれてるって」
「浮かれてる?」
「格好つけの由良っちが、お姉さんのことになると、でれでれになるんだって」
その様を思い描くと、失笑しそうになる。まあ、いかにも浮かれてますっていう言動を取る訳じゃないだろうけど。
しかし、これは残念ながら役立たない情報だな。
「他にないか、広海君? できれば由良っちの短所、つまり悪いところを言っていたっていうのがいいんだけど」
「あるにはあったよ」
「どんな」
期待を込めて先を促す。
と、邪魔が入った。電話ボックスのドアをごんごん叩く音に振り向くと、知念さんが腕時計の文字盤(と呼んでいいのかね、あれは? デジタル時計なんですけど)をこちらに向けて指差しながら、何やら口を動かしている。ああ、そろそろ電車が来るよって意味か。
「もう少し」
送話口を手で塞いでから、ドアを押して隙間を作って、彼女に告げる。
「って、乗り遅れるわよ!」
「じゃ、先に行っといていいよ。今のところ、君に話せるほどの成果は上がってないから」
それだけ言い捨て、再び電話に没頭する。
「広海君、悪いな。何だったんだ?」
「あのね、由良っちはこれまで何十人もの女の人と付き合ってきたのに、高校生にめろめろになるなんて、情けない……って」
ううむ。そういう悪口ともちょっと違うのだが。
それにしても瞬也って奴、生意気だな。見もしないで(いや、見たことあるのかもしれないが)、三井さんのことを見下すような評価をしやがって。がきには分からへんのや。
と、腹立ちのあまり関西弁になりかけたところを踏ん張って、広海君に言っておく。
「もしも、由良っちが今でも他の女の人と付き合ってるような様子があったら教えてくれって、瞬也……クンに言ってみてくれ」
「うん、分かった」
「くれぐれも、遠回しに、だぞ。直球勝負は避けろ」
「うん」
送受器を戻すと、カードが返ってきた。度数が残っているのを確認し、振り返る。
すると、ドアの向こうには知念さんがまだ立っていた。少なからずびっくり。
「何や。行ったんとちゃうんか」
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