第18話 劇といえばお姫様
「あ、ああ」
僕が答えるのと同時に、車内アナウンスが駅への到着を告げる。降りなきゃならん。
ということはもしかすると……。
「あー、残念。この話、今日はここまでね」
「おいおい。そりゃないだろ。紙芝居じゃあるまいし」
「話さないって言ってるんじゃないんだから、我慢して」
するりと席を立ち、さっさと降りる知念さん。あとを追った。
「ま、どうせ他人の目、じゃなくて、耳があるとこじゃ話したくない内容に差し掛かるとこだったし、ちょうどよかったわ」
「もったいぶるなあ」
「いいじゃない。いっぺんに聞いたら、あなたの心が容量オーバーするかもしれないんだし」
ますます気になる言い回しだ。いじいじしてきた。お喋りが過ぎるときはチャックをしたくなる知念さんの唇だが、今は無理矢理こじ開けたくなる。すました感じが、憎らしい。
先を行く彼女の後頭部辺りをじーっと睨んでいたら、テレパシーが通じたかのごとく、振り返られたので、少々焦る。ごまかすために、口笛を吹こうとしたがうまく行かなかった。
こっちのそんな心の動きなんか全然知らないとばかりに、知念さんは僕の胸元にピストル方にした右手を突き付けながら、いつもに比べて真面目な調子で言った。
「言うタイミングが来たら話すから。それまではどんなに頼まれても言わない。分かった?」
「……分かったよ」
有無を言わせぬ迫力というか圧力を感じて、僕は渋々ながら受け入れた。気になってたまらないのは変わらないが、努力して抑えねばならない。
どうしても知りたければ、三井さん本人に尋ねりゃいいんじゃないのか? ふっと、そんなアイディアが浮かんだ。が、知念さんに確かめるまでもなく、これはNGに違いない。そんな気がする。
しばらく忘れることにしよう。うん。
ロングホームルームでの議題は、文化祭の出し物について、だった。前にいた学校では、クラス単位で何かするのは三年生のみだったが、こっちでは、一年生のときから何かやるらしい。と言っても、希望するクラスのみだそうだ。
最初に、参加したいかしたくないかの決を採ると、何と、全員一致で「参加したい」の方に軍配が上がった。乗りがいいねえ。
「参加する方向で考えていきます。では次に」
教壇には三井さんが立って、進めていく。議長と呼ぶには少し幼い印象を与えるが、凛々しいな。後ろで板書している副委員長の渡辺が、最初は雑用係に見えていたのに、今や羨ましくなってきた。
「何をやりたいか、意見のある人……待って。みんな参加したいって言ったんだから、やりたいことの希望もあるはずよね」
教室全体を見渡し、皆に聞く三井さん。女子の大部分と一部の男子(僕もね)がうなずき返した。
「それじゃあ、順番に言ってってもらっちゃおう。えっと、はい、そちらの前から。どうぞ」
彼女から見て左端の列を指名する。これだと、僕は最後から数えて七、八番目だな。意見を持ってなくはないが、自分に回ってくるまでによい案が出たら、それにのっかってもいい。
最初に、定番のお化け屋敷や模擬店といったものが挙がったあと、女子の一人が言った。
「劇。短いのでいいから」
これも定番で、提案が出たときは、ああそれねってな感じで受け止めたんだが、次の女子が「同じく劇。寸劇がいいかな」と発言したのをきっかけに、何だか変な空気になった。次から次へ、女子が賛成するのだ。「お姫さまの出て来るやつ」「和風は衣装大変だから、洋風で」「エキストラはいくらでも増やせるし」等と、すでに決定したかのように意見まで添えて。
さらに、男子も何名かちらほらと賛成を表明するに至り、やっと気付いた。何らかの根回しが行われていたってことだ。まあ聞いてないのは僕一人だけじゃないようなので、腹立たしくはないが、狙いが分からない(だって、体育館を確保するのは無理に決まってるから、教室でやるんだろう。教室でできる素人劇って、たかが知れてるんじゃないか?)だけに、少々不安。
よって、劣勢は重々承知の上で、少数意見を出しておこう。
「射的」
中三のとき、クラスでこれをやったら、結構評判よかった。それに、小さい子がどんどん挑戦してきて、どんどん失敗してくれて、儲かるんよ。って、悪徳商人か、僕。
そんな抵抗は敢えなく撃沈。寸劇が最多得票となった。
「この結果を受けて、寸劇を私達の出し物として、実行委員会に提出します。判定結果が出るのは、三日後ぐらいになるのが通例になってるそうです。他のクラスとの兼ね合いや内容によっては、必ずしも許可が下りるとは限りませんので、そのつもりで」
三井さんはそう前置きし、次に大まかな内容をどうするかの話し合いに移ることを宣した。これを決めて書類にまとめて提出しないと、文化祭実行委員会も判定しようがない。
「さっきも言ったけれど、王子と姫の物語!」
何なんだ、それは。大まかすぎて分からん。と言うか、王子と聞いただけで、白タイツのちょうちんブルマを思い浮かべてしまう。そんなことこの場で言ったら、激しく間違っている!と女子から一斉にどやされそうやな。うーん、まあ、お笑いにするんならやってみてもええ。元々きちっとした型があるから、いくらでもギャグを仕込める。白馬の王子様が百貫でぶだったり、中世なのに警察官が出て来たりするだけで、くすりとさせるぐらいはできる。
「でもって、お姫さま役は万里ね!」
なぬ?
女子のあっかるい声による提案に、僕は関西弁での思考をやめた。
三井さんがお姫さま……いいんじゃない? 凄く似合う。簡単に想像できた。金髪のかつらを被らなくてもプリンセスが務まるのは、このクラスには三井さん唯一人。
賛成!って叫んで、諸手を挙げそうになってしまった。が、さすがに自粛。そういうことは、大勢の女子がやってる。
では当の三井さんはどうなのかな、と前を見る。
「え、私?」
そんな感じに、自分自身を指差してる三井さん。見る見るうちに、ほっぺたが朱色に染まっていく。
「どうして? 他にも適役はたくさん……」
困惑顔の彼女に、蓮沼さんが両手でメガホンを作り、
「いいから、いいから。気にしない!」
などと妙なエールを送る。三井さんは理由を知りたがったのに、これでは答になってない。でも、僕としてはかまわないけどね。三井さんのお姫さま姿が見られるんだから。
しかし、そうなると、お笑い路線に走る訳にはいかん。三井さんのために、最高にきれいな物語を用意したいではないか。
「配役はともかく……」
気を取り直した風に、耳元の髪をかき上げる三井さん。
「だいたいの粗筋を決めないと、委員会に出せないわ」
意見を求めると、答が一気に返って来た。
「舞台はヨーロッパっぽい感じで」
「戦争が終わったばかりで不安定っていうか、弱肉強食っていうか」
「お姫さまの国は弱小国の一つで」
「国民のために、仕方なく政略結婚に応じるの」
「ロマンだわ」
ロマンかマロンか知らないが、割と真面目なストーリーだな。ありがちな気がしないでもないけれど、こういう方が最大公約数的に受けるということも理解できる。M黄門の印篭やY新喜劇のギャグがワンパターンでも大向こう受けするのと同じだ、多分。
このあとも二つ三つ、小さなアイディアが出されて、それらと最初の“ロマン”を手際よくかつ分かり易くまとめた粗筋が、三井さんと渡辺によってこしらえられた。
「これで提出するから、もしも承認されなかったとしても、恨みっこなしってことにしてね」
主役を務めるはずの人のごめんなさいポーズで、ロングホームルームは幕を閉じた。
放課後、三井さんが車で下校したあとになって、やっと舞台裏を知ることができた。
「万里に、花嫁気分を一足先に体験させてあげるのよ」
僕に舞台裏を明かしてくれたのは、蓮沼さん。凄い計画でしょ、とでも言いたげに胸を張る。
「ちょっとしたプレゼントって訳」
「そうそう。俺達、友達思いだもんな」
剣持の奴も、最初から知っていたらしい。そういえばロングホームルームの時間、こいつもお姫さまのロマンに拘っていたっけ。
どうやらクラスの大半が計画を端から知っていたらしく、異なる意見を出したのもわざとで、一種のカムフラージュだと言う。
「何で教えてくれなかったんだよ。知ってりゃ、喜んで賛成したのに」
ふてくされ気味に抗議すると、蓮沼さんがさも当然と言った顔で、こっちを指差してきた。
「転校生だから、どのぐらい口が堅いのか分からなかったもの。関西人て、口が軽そうなイメージ、根強いからさあ」
「失礼な」
答えながら、笑ってしまう。なるほど、そういう風な目で見られていたのか。仕方がない気もするなあ。
「それにさ、おまえ、三井さんと結構親しく話すようになってたろ」
剣持が補足する。
「事前に計画を知ったら、つい、三井さんに教えてしまうんじゃないかってことも心配したんだよ。口の堅さとは関係なしにな」
「それはない。こう見えても、面白おかしい策略を巡らせるのは好きだし、得意だぞ」
後ろめたさがある場合は、そうでもないが……。
「一足先に花嫁気分はまあいいとして、一体誰が王子をやるんだよ。クラスの誰がやっても、三井さんには物足りないだろ」
「そこなのよね。いいアイディアはあるんだけど、実現できるかどうか、まだ可能性は半々てところなのよ」
「いいアイディアぁ?」
そんな物があるとは思えなかったので、疑問形でそっくりそのまま繰り返してしまった。
当然のごとく、蓮沼さんは不愉快そうに口元を歪める。横目でこっちを睨んできた。
「あるわよ。岡本君は、クラスの人間しか文化祭に参加できないと決め付けてるわね」
「……まさか」
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