第15話 戦力がまだ足りない
さて、明けて月曜日。学校に着くなり、知念さんと会った僕は、成果の報告を行った。
「へえ~。思わぬ拾い物っていうか、瓢箪から駒が出たって感じ」
「だろ? 隠し子ほど強烈じゃないけれども、由良の奴が女性関係をきっちりしていないとしたら、結婚の話をご破算に持っていけるかもしれない」
「女たらしっていうのは、私のイメージした通りだわ。型にはまりすぎて、笑っちゃいそう」
ほんとに笑う知念さん。それをぴたっと止めると、聞いてきた。
「それで、具体的にどうすればいいか、名案は浮かんだ?」
「寝ながら考えたんだが、名案じゃないんだよなあ。由良の周囲の人に聞いて女性を特定するとか、広海君が拾ったアクセサリーを三井さんに着けてもらって、あいつの反応を見るとか」
「面白いからやってみたいけど、あの男の息の根を止めるのには弱いわね。のらりくらり、言い逃れされそう」
同感だ。僕らには今、武器がこれ一つしかない。安易に使って、不発に終わらせちゃあ、絶対にだめだ。
「思うに、三井さんの気持ち次第なんだよな。いくら由良を追い込んでも、三井さんが心変わりしてくれなきゃ無意味ってもの」
「そうね。でも、由良の無様なところを見たら、自然と心変わりするもんよ」
「うーん、そう信じたいけど」
昨日一日、遊園地で、由良と三井さんとの仲のよさをそれとなく見せつけられた立場としては、懐疑的になってしまう。少々のことなら由良が土下座でもすれば、三井さんは恐らく目を瞑るだろうな、と思うようになっていた。確信はない。ただ、三井さんの由良に対する愛情は本物っぽい。親に勧められ、内心は嫌々ながらも、結婚に応じたんじゃないかと、密かに期待していたんだけどな。どうやらそうじゃないって分かった。
「いっそ、由良の男としてサイテーな物事をもっと集めて、三井さんにありのままを、小出しに伝えた方が効果的じゃないかなって思わないでもない」
「小出しにするのは、その度に由良が万里に謝って、万里が許したと思ったらまた新たなネタが出て来るっていう寸法ね。いいんじゃない? そのやり方なら、万里も気付くわ」
「うん。成否は、どれほどのネタを集められるかに掛かってくる」
そこが厳しいハードルだ。手元にある武器を目一杯分割しても、異性関係の幅広さ、結婚話が持ち上がった頃も付き合っていた、物的証拠としてのアクセサリー、この三つにするのがやっと。強いネタが、あと二つはほしい。
「由良の甥っ子とかは、どうなのかな」
知念さんが言った。どうなのかなとはどういう意味?
「広海君が役に立ってくれたように、由良の甥っ子からも、何か聞き出せるんじゃないかなってことよ」
「由良の味方やないか」
「分かんないわよ。この間、岡本君自身が言ってたじゃない。由良に喋らせるとか何とかって。それに比べたら、試す価値充分ありだと思うけれど、違うかしら? 接触はまた妹の力を借りればいいんだから、簡単でしょ」
「うーん」
泉に再び協力を求めるのは、負い目を増やすようで気が進まないのだが。それに恐らく、今回は泉も断るんじゃないかと思う。
「やれること全部やって、努力し尽くさないと、きっと後悔するわよ~」
「それも真理だよなあ」
気が進まなくても、やらねばならない。そんなことは世の中にたくさんあるんだろう。
「あんまり期待しないでくれよ。広海君のときと違って根拠ゼロだし、由良の甥っ子が何か知ってても全然喋らない可能性の方が高いんだから」
僕は予防線を張っておいた。それは自分自身に対する線引きでもあった。
三井さんとは昨日の思い出話をしつつ、弟の様子がどうだったかも、さりげなく聞いた(つもり)。
「うん、それはもう、抱きしめたくなるほどかわいい反応でね。ご機嫌なんだよー。泉ちゃんをもっと好きになってるし、岡本君、あなたのこともとても気に入ったみたい」
「それはよかった。小さい子に懐かれるのは結構自信があるんだ」
「岡本君、胸を張るだけのことはあると思う。広海ったら、由良さんよりも岡本のお兄ちゃんの方がいいね、なんてことまで言い出すんだから。私、どうしたらいいのか困っちゃった」
微笑みながら語るその横顔を見ていると、ぽーっとしてきた。嬉しいことを言ってくれるね、三井広海。泣けてくるよ。とほほって感じが七〇パーセントぐらいあるが。
「機会があったら、また行きましょうよ」
僕の気持ちなんぞつゆ知らず、三井さんが無邪気な調子で提案してくる。
「今度は遊園地じゃなくて、映画とか、スポーツもいいかな。夏なら、海や湖で泳ぐのも悪くないわ」
「……」
「ん? なあに?」
「いや、何でもない。楽しみにしているよ」
僕は曖昧に笑った。
実際のところ、由良が来るのなら次からは遠慮したいよ、と言いたかったのだけれど。
確か三度目になる兄からの頼み事を、泉はげんなりした表情で受け止めた。
「嫌じゃあないわよ」
由良の甥っ子をデートに誘ってみてくれないかと頼んだ僕の前で、泉は人差し指をちっちっちと振った。そういう仕種を覚えるのはかまわないが、実生活で使うのはよせ。
「お駄賃もらったり、遊園地で遊んだりで、私も得してるんだから。そのことには感謝してもいいわ。でもねえ、立て続けに別々の男の子を誘うっていうのは、節操がなさ過ぎる!」
出たな、泉の大和撫子願望。慣れっこになっているから驚かない。自分には似合わないことを早く気付いてほしいもんだ。
このあともなだめつつ、頼んでみたが、もっと日にちを空けてからじゃないといくら積まれても絶対に嫌だと固辞されてしまった。まあ、予測できていたので、こっちも落胆はしない。
何せ、新たに開拓したルートがあるもんな。広海君ルートが。同じクラスで、それぞれの姉とおじとが婚約関係にあるなら、多分、友達だろう。もしかすると、この結婚話のせいで、広海君のようが由良の甥っ子を遠ざけるようになった、なんてことも考えられなくはないが。
ぐずぐずしていてもしょうがない。僕は泉の部屋から自室に戻ると、電話を手に取った。三井家の番号は、広海君から聞いて知っている。父や母によると、昔はそんなことしなくても、クラスメートの電話番号ぐらい、電話連絡網とやらで全員が互いに把握できたらしい。
「……いきなり電話したら、三井さんに気味悪がられるやろか」
ふと不安を覚え、それが口に出た。勝手に他人の電話番号を調べて、しかも小さい子に言わせて掛けてくるなんて、エチケットに反してるとか何とか……。大丈夫だと思うけどな。気になり始めると際限がなくなるもので、僕は部屋を出て、母に電話帳を出してもらった。
「何を調べるつもりなん? もうすぐ晩御飯なんやから、向こうさんに迷惑掛けんときよ!」
……「母」と呼ぶよりも、「おかん」の方が絶対に似合う。体型もよう頑張っとったけど、段々、横に広がってきてるで。
「み、みつ……あった」
何軒か三井姓の番号が並んでいた。その内の一つが、広海君から教えられたものと同じと分かり、ほっとする。番号の電話帳掲載をよしとしているのだから、いきなり掛けてもいいだろう。
電話帳を戻し、駆け足で自分の部屋に戻る。ドアをぴたりと閉めてから、携帯端末を操作した。
弟に掛けるだけなのに、こんなに緊張するのは何でやろ。いや、理由には心当たりが充分あるけどさ。
「はい、三井でございます」
呼び出し音が三度した段階で、フックの上がる気配がし、やや年輩らしい女性の声が聞こえてきた。三井さんのお母さん? お手伝いさんてことは……ないとも言い切れないか。
そんな誰何は詮無きこと。僕は三井万里さんのクラスメートと名乗り、昨日、遊園地に同行した旨も伝えた。
「はい、伺っていましたよ、岡本さん」
少し砕けた口調になる。お手伝いさんではないようだ。となると、やはり三井さんのお母さんか。
と、緊張したのがいけなかった。
用件を伝える前に、相手に早合点させてしまった。女性は「しばらく待ってくださいね」と電話口を離れたのだ。
「あ、あの……」
思わず、見えない相手に片手を伸ばして、呼び止める仕種をやってしまった。開いた五指が、虚しく宙を掻く。
ほどなくして足音が小さく聞こえ、再び送受器を取り上げる音。
「代わりました。岡本君?」
予感した通り。三井さんの声だ。電話だとまた違って聞こえるが、鈴の音のような愛らしさは一緒。
って、何をぼーっとしてるんだ、僕。
「岡本君? おっかしいな。おーい」
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