第14話 うそとまこと

 紆余曲折を経て、とにもかくにも広海君から話を聞ける状況ができた。と言っても、時間は限られている。昼食後のときの失敗を踏まえ、手際よくやらねば。

 念のため、泉の注意を外に向けさせておいてから、広海君の隣に座る。取っ掛かりに、つい先ほどの出来事を持ち出した。

「広海君。さっき、お姉ちゃんと由良っちを二人きりにしようって言ったとき、君は拍手しなかったけど、何か意味あるん?」

 こんなことを聞かれるとは思いもしてなかったのか、広海君は口を半開きにしてこっちを見上げてきた。何で聞かれているのか分からず、僕のことを多少なりとも警戒している。そんな感じだ。

 誘導尋問にならないよう注意しながら、僕は言葉を継ぎ足した。

「もしかすると、お姉ちゃんの結婚に反対してるんと違うか」

「……反対って言うか……」

 今度は下を向き、足をぶらぶらさせる。

「お姉ちゃんの結婚には反対じゃないんだけど」

 何だ何だ。ゆったりとした喋りにいらいらするが、我慢して続きを待つ。

「由良っちと結婚するのはやめてほしいなあ」

「へえ。僕と同じ考えだ」

「ほんと?」

 同意を示すと、広海君は再び顔を上げた。仲間と思ってくれたのかな。分かり易すぎるぐらいに単純だが、小四の頃といったら僕もこんな感じだったかもしれないな。

「理由を教えてほしいな。広海君は、何で反対なんだい」

「それはぁ……」

 何で言い淀む? これはもしかすると、あの想像で当たっているのか? 姉を結婚させないために嘘をついたという……。

「なあ、広海君。僕は君のお姉ちゃんの友達から、こんな話を聞いたんだけどな。由良っちには隠し子がいるって。それを言ってたのは、広海君だって」

「……言ったよ」

 小さい声での答。

 ふーっ、と吐息して、僕は目線を起こす。ガラス窓の方を向いた泉が、聞き耳を立てているのが気配で分かった。“おばさん”そのものだなと、笑ってしまいそうになる。

「その噂を、君はどこで聞いて、知ったんだい? 僕ら高校生が知らないことを知ってるなんて、凄いな」

「……凄いくないっ」

 返事がきつめの口調になった。変な言葉になったのは、感情の乱れってやつだろうか。

「どうして? もし秘密があるんだったら、僕にだけ教えてよ。誰にも言わないからさ」

「誰にも言わない? 絶対にだよ」

「ああ。男の約束だ」

 指切りの仕種もやって見せたが、さすがに広海君はしなかった。もしかして、指切りげんまんを知らないのか。時代の流れを感じる。

 やがて広海君は思い切ったように言った。

「隠し子がいるって考えたのは、僕だよ」

「考えたというのは、どういう意味? 由良っちに本当は隠し子なんていないのかな」

「うん……」

 答えたあと、うなだれた。小さな身体がますます小さく見える。

 告白を聞いても最早衝撃はなかった。残されたのは、確認作業のみ。

「どうしてそんなことを考えたんだい。由良っちを嫌いなの? 今日一日、仲よさそうに見えたけれどなあ」

「前は嫌いじゃなかった。お姉ちゃんと結婚するって決まってから、うまく言えないけど、嫌いになった感じ」

 漠然と想像していたことが、悉く当たったようだ。山勘が当たって、今までで一番嬉しくないな。ない知恵を絞って、わざわざ遊園地まで付き合って、明るみに出た真相がこれでは腰砕けもいいところ。

 あ、力が抜けた。へなへなと身体を壁にもたれさせる。

 僕の脱力に、広海君は気付いた様子もなく、子供らしくない深い息をついた。 泉を見やると、話が終わったのかどうかを気にする風に、肩越しにちらちらとこちらを窺っていた。

 窓の外に視線を移すと、観覧車はすでに四分の三は回っていた。潮時だ。

 もういいぞと妹に言おうとした矢先、広海君がまた喋り出した。

「由良っち、女の人にとてももてるんだ。色んな人とデートしてたみたい。お姉ちゃんが夢中になるのも分かるけれど、でもやっぱり似合わないと思う」

「――広海君、それ、ほんまか」

 思わず、関西弁が出た。怪訝そうにする広海君に、「由良さんが色々な女の人とデートしていたのって、本当かい?」と言い直す。もしかすると、突破口になるんじゃあ……?

「ほんとだよ。見たもん。女の人はいつも違ってた。三人ぐらいいて」

「じゃあ、広海君は、そのことから隠し子の話を思い付いたのか」

「うん。それにね、岡本さんのお兄さん」

 言いながら、右手の人差し指と親指で、小さな円を作る広海君。それを僕の目の前に突き出した。

「これくらいの赤いきれいなアクセサリーみたいなのを、由良っちの車の中で、拾ったことあるんだよ」

「へえー、そいつは凄い発見だ」

 台詞は白々しくなってしまったが、実際、凄い発見だと感じていた。だが、まだ誰の物か分からないし、いつ拾ったかも不明だ。ぬか喜びは御免だ。

「君があの車に乗ったのって、今日が初めてじゃないんだ?」

「そうだよ。小さい頃から乗せてもらってた。十回以上」

「アクセサリーを拾ったのは、いつ頃か覚えてるかい」

 残り時間に焦りながら、質問を畳み掛ける。答えるスピードの遅さにじりじりさせられた。

「うーんとね。多分、六ヶ月くらい前。お姉ちゃんと由良っちの結婚の話をお父さん達が初めてしたときより、あとだったはずだから」

「その、何ていうかな、由良っちは身の回りをきれいにしたとか整理したとか、言ってたかな」

 これは意図が伝わらなかった。気が急いて、突飛もないことまで聞いてしまったな。失敗失敗。小学四年生を相手にかみ砕いて説明し直すには、時間制限がきつい。パスだ。

「アクセサリーを見つけた日、車に乗ってた女の人って、誰だか分かる?」

「ううん。でも、お姉ちゃんじゃないのは間違いないよ」

「拾ったアクセサリーは、今も広海君が持っているのかな」

「……由良っちには内緒だよ」

 その言い方だけで充分だ。物的証拠ってやつが、由良の手を放れてこっちにあるも同然て訳だ。

「まさかそのアクセサリーって、お姉ちゃんの物じゃないよね。由良さんがお姉ちゃんにあげたとか」

「違うと思うよ。もしそうだとしたら、由良っち、もっと大騒ぎしてるに決まってるよ。お金持ちだけど、お金を無駄にするのが嫌みたいだから。昔、ソフトクリームを買ってもらったことがあって、僕が少ししか食べない内に落っことしたら、買い直してくれたんだけど、凄く不機嫌になったんだ。怒鳴られはしなかったよ。でも、恐かった」

「食事を残すと怒るタイプだな、きっと。もったいないお化けってやつだ」

 僕の言い回しを広海君は気に入ったのか、そうだね!と応じた。

 おっと、いけない。係員が見えてきた。そろそろ終わりだ。それでも念のため、聞いてみる。

「あ、もう着いちゃうな。景色、ほとんど見られなかったねえ、広海君。もう一回、乗るか?」

「うーん、いいよ、別に」

 意外に早い返事。子供の遠慮って訳じゃなさそうだ。

「だって、由良っちとお姉ちゃんをまた二人きりにさせたくないから」

「三井君。あなたって、お姉さん子だったのね」

 いきなり泉が身体ごと振り返って、デート相手をびしっと指差した。もう一方の手は腰に当てている。格好いいぞ、ははは。

 観覧車を降りると、三つほど先に乗っていた三井さん達二人が待っていた。

「いい景色だったね。最後に観覧車、よかった」

 三井さんが満足した様子で言う。僕もうなずいた。

「うん、よかったよ、観覧車」

 それから由良をちらりと見た。


 自宅への帰路、車中で由良を女性問題で質問攻めにする訳にも行かず、また作戦を立て直す必要ありと感じたので、広海君から聞いたことは、ずっと胸の内に仕舞っておいた。泉も心得たもので、なーんにも聞いてませんでしたって素振りを通してくれた。

 あとは、広海君が帰ってから、三井さんにこのことを漏らしてしまわないかどうかだが……まあ、漏らしたとしても、僕にとって悪い方には転がるまい。楽観視しておこう。

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