第9話 同盟会議
そんなこんなで昼飯が遅くなったせいもあったろう。知念さんと朝の続きを話す機会は、昼休みには得られず、結局、放課後まで持ち越した。
三井さんがあいつの迎えで車に乗って帰ったあと、待ちかねていた風にして、知念さんは僕の前に現れた。
適当な場所がなかったので、そのまま僕のクラスでやり取りスタート。幸い、他のみんなはとうに帰った。
医者の由良兄が三井さんの家に出入りしていた経緯に関しては、すでに承知できているので、そこは飛ばしてもらう。
「要するに、私が何に腹を立てているかって言うと、あの男の人を見下したような態度に加え、私のことをちっとも覚えてない。小さい頃から結構顔を合わせてきたにも関わらず、よ」
「……昔と比べて、顔かたちが随分変わった、とかじゃないよね」
「そんなことないわよ。昔から、こう、かわいいまんま」
束ねた髪を左右とも持って、上下させる知念さん。かわいくないとは言わん。ただ、自分で言うなよ。
「万里しか眼中になかったのね。にしても、失礼な奴でしょ」
「三井さんとあいつの結婚に反対する理由は、それだけ?」
「充分でしょうが」
僕の反応の薄さが不満なのか、知念さんは唇を尖らせた。
気持ちは分からないでもないが、もっと途轍もない理由が隠されているのではないか、もしかすると由良の弱みを握れるかもと半ば期待していたこちらとしちゃ、完全に肩すかしを食らった気分だ。
「それで? そっちの理由を聞かせてちょうだい」
「言わなくても、大体想像つくと思うんやけど」
「やっぱり、万里に一目惚れ? 昨日のあの反応から考えたら、それぐらいしか思い付かないわね」
「当たってる」
あっけらかんとした物腰で、助かる。僕が三井さんへの好意を認めたあとも、知念さんは冷やかしたりからかったりするような言葉は口にしなかった。無神経なだけかと思ってたけど、見直したよ。
「それだけじゃだめね」
見直した矢先、僕自身を否定された。何がだめなんだ?
「万里を好きになった子なら、片手で足りないくらいいるわ。言っておくけど、ここに入学してからの人数だからね」
「……他人事なのに、どうしてそこまで詳しく知ってるんだ? 告白の場に常に居合わせたって訳じゃないだろうし」
「万里が教えてくれた」
あ、さいですか。怪訝に感じた僕に対し、相手はまたもあっけらかんとした物言いで、すっきりさせてくれる。
「ていうのも、入学とほぼ同じ時期に、結婚が決まったみたいなのよね。当然、いきなりみんなに打ち明けられるはずない。けど、私みたいに幼なじみには万里も話してくれた。それからしばらくして、万里が相談を持ち掛けてきたのよ。男の子から交際を申し込まれた、どうしようって感じで」
婚約者がいるのだから当然、断らなければならないが、相手を傷つけたくなくて無碍には断りにくい。交際できない本当の理由も話せない……って状況か。
そんなときに相談を受ける知念さんは、三井さんからよほど信頼されているのだろう。案外、昨日の無神経さは単なるポーズで、僕を試していたのかもしれない。そんな気がしてきた。
ひょっとすると、由良長太郎に対しても何か試すようなことをした結果、あの男の反応が、知念さんの感情を逆立てたんじゃないだろうか。
ま、愚にもつかない想像は横に置いといて。
「六人以上の玉砕者を出してから、三井さんは婚約話を皆に話したのかい?」
「ええ。重い軽いの差はあっても真剣に交際を申し込んで来る男子達が、気の毒になったみたい。それにね、私自身、万里に対するちょっとした悪口も耳に挟んだもので」
「どんな悪口?」
あの三井さんを悪く言う輩がいるのか。信じられないな。
「付き合いの申入れを次から次に、大した理由も言わずに断ってたら、そりゃあ、男子からも陰口を叩かれるわ。ちょっとかわいいからってお高くとまってるとかどうとか。女子は女子で、誰それ君を袖にするなんてどういう了見?て具合にいきり立つ」
「こわ」
「それでまあ、チャンスを見つけて、婚約発表となったのよ。もうじき、学園祭があるんだけれど、そこで開催されるミスコンに万里の名前がないでしょ」
「は? 全然知らない」
「ほんと? 信じられない……。まあ、一年は部活してない限り、基本的に見るだけだから、転校生の岡本君は知らなくてもしょうがないっか。ミスコン参加者は夏休み前に決定するんだけれど、自薦他薦を受け付けて、そこから実行委員会が選別するんだって。で、他薦の場合は本人に意志確認する。あと、条件があって、彼氏のいる人は出られない」
「ああ、なるほど。そのときに三井さん、婚約者がいると言ったんだ?」
合点が行った。最善のタイミングとまでは行かなくても、打ち明けるにはまずまずよい機会を捉えたと言えるんじゃないかな。
「これで分かったでしょう? 万里に告白しようとした男子は、岡本君が久しぶりな訳。万里が好きだから婚約者を嫌うっていうのは、男子の中にもいたでしょうけれど、みんなそれを乗り越えて、祝ってやろうと思い直してる。由良長太郎に反感を持つ理由としちゃあ、ありふれていて、ささやかすぎるのよね」
「そう言われてもなあ」
僕と元々いた男子とでは、与えられた時間が違う。祝ってあげるという境地に達するには、まだまだ掛かる。絶対に。
「あのさ。根本的な質問、いくつかしてええやろか」
「いいわよ。何? どーでもいいけど、その関西と関東のちゃんぽん語って、わざと? 面白い」
「今のはわざとじゃない」
僕は気を引き締め、質問の順番を決めた。
「知念さんから見て、三井さん自身は結婚を喜んでる様子かい?」
「そりゃもう。残念ながら、ラブラブな雰囲気よ。人前ではセーブしてるみたいだけど……って、刺激強いかしら?」
初めて意地悪げに笑う知念さん。うむ、確かにちょっとした刺激だ。想像したくもない。
「じゃ、次。三井さんのご家族は、賛成しているんだろうか」
「初めはお父さんもお母さんも反対だったみたい。反対と言うより、乗り気じゃないって感じだったかな。でも、人間関係とか由良自身の説得とか色々あって、認めたようね」
そこで強行に止めてくれたらよかったのに……なんて考えたが、もしも僕が許しを求める立場になったら、すんなり認めてもらいたい訳であり。
「三つ目の質問。知念さんは、三井さんの結婚をぶち壊しにしたいのか?」
「結婚をぶち壊すなんて過激な表現しなくてもいいわ。婚約解消させたいだけ。万里に傷が付かない内に」
「何故? いくら君が由良を気に入らなくても、三井さんが幸せなら祝福してあげようと思うもんじゃないのか? 第一、最初に打ち明けられたときは、君も結婚に賛成だったんだろ?」
目下、最大の疑問がこれ。知念さんが抱いている程度の反感では、親友の幸せを否定するには弱い気がしてならない。
「いっぺんに聞かないでよ。あんまり頭よくないんだから……」
自嘲気味に言って、知念さんは自身の耳たぶを何度か引っ張った。時間稼ぎをしているように見える。
やがて、彼女は舌で唇を湿すと、ゆっくりと答えた。
「早すぎるから、と言うんじゃだめかしら」
そうして頭を傾けてから、にやっと笑う。彼女自ら、この答は嘘ですよと言っているようなもんだ。
「それが理由なら、打ち明けられたときに反対してるだろ」
「そうね」
「あのー。そうね、じゃなくて……」
「確証がないことを言うのは気が引けるんだけど、他言無用を約束してね」
知念さんの態度に、真剣味が一挙に増した。僕もきっと緊張の面持ちになったろう。
「いいよ。約束する」
「うん、じゃあ。三つほど理由はあって、一つ目は私の勘なんだけど……由良って男は、釣った魚には餌をやらないタイプだと思う」
「結婚してしまえば、優しくなくなるってか。いくら勘でも、少しは理由があるんじゃない?」
水を向けると、知念さんは我が意を得たりとばかりに、しっかりうなずいた。
「子供の頃、私が万里んとこに遊びに行くと、たまにあいつがいて、一緒に遊ぶこともあったの。ゲーム中心だけど。あ、思い出したら腹が立って来た。年上の癖して狡賢い勝ち方するのよ、あいつ!」
机を拳でどんとやる知念さん。関係なくはないが、話がずれてる。僕は彼女をなだめ、続きを求めた。
「やっぱりゲームやってるとき、どういう経緯か忘れたけれど、勝った方が何かをおごるってことになって、私達二人と由良一人との対決をしたの。で、私達が勝った。由良は、そっちは二人だからとかどうとか言って負けを認めず、泣きのもう一回ってやつを言ってきたのよ。私達はその勝負を受ける代わりに、勝った場合の条件に上乗せすることを呑ませた。それで結局、延長戦も私達が勝ったんだけれど、由良は上乗せ分をすっとぼけて払おうとしなかった」
「……」
僕は口をぽかんと開けてしまっていた。がきじゃないか。若くして特許を取ったというエリート像からかけ離れている。
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