第5話 一緒に下校なんて普通なら万々歳
「は?」
三井さんがこっちを向いて、何か言ってる。気が付いてみれば、今日最後の授業が終わっていた。
僕は頬杖を慌てて解除し、まさかとは思うが口の周りを念のために拭った。
「岡本君て、目を開けて眠れるの?」
真顔で聞かれて困ってしまった。「いや起きとったがな」と、困ったときの関西弁頼みで切り抜け、最初に何を言っていたのかを聞き直した。
「だから、家はどこ? もし方角が近かったら、途中まで一緒に帰らない?って思って」
「……三井さんは、車でしょ」
どういうつもりか知らないが、送ってあげると言われたとしても、婚約者の運転する車になんか乗りたくない。
自分がぶーたれた顔になるのを自覚したが、どうにも止めようがない。三井さんにはどう映るんだろ。
果たして彼女はころころ笑いながら答えた。
「あ、昨日の。見てたのね。今日は迎えなし。えっと、運転手の都合ってやつ」
そういうことか。仕事の関係か何かなんだろう。
それにしても、相変わらず、婚約者の存在をちらとも匂わせない三井さん。
ともかく、僕は大まかな通学ルートを伝えた。
「あっ、よかった。ほんとに途中まで同じだわ」
手を打って微笑む三井さん。僕も内心、かなり喜んでいるのだが、それを押し隠して尋ねる。
「何でまた、僕なんかと一緒に帰ろうと?」
「岡本君のことまだよく知らないから、ちょっとでも知っておこうかなって。折角、友達になれるチャンスを得たんだから」
友達。まあ、仕方がないよな。
「まさか、二人きりで下校ってんじゃあないよね?」
「あはは。その『まさか』をどう受け取ったらいいのかしら。少なくともゆきちゃん……蓮沼さんは一緒。あと、クラスは違うけど、
「女子に囲まれて嬉しくないはずがないけど、気恥ずかしいよ」
「じゃ、男子も。これでも結構人気があるんだよ。声を掛ければ一緒に帰ってくれる男子の一人や二人ぐらいは……なんて」
そりゃそうでしょうとも。三井さんは握り拳を作って冗談めかして言うけれども、僕は素直に頷けた。
結局、僕は一緒に帰ることにした。つくづく思うけれど、これで三井さんに婚約者がいなけりゃ、理想的な展開なのに。
「へえ、大地って格好いい名前。ドラマやアニメの主役みたい。名付け親のセンスを感じるわ。そうそう、私、知念
名前を誉めてくれたあと、自らを指差し、忙しない調子で自己紹介をしたのは、いわゆるツインテールが印象的な子。脱色しているのか元からなのか、髪が若干茶色がかって見える。目は、さして大きくないが、くるくるとよく動く。
「岡本は部活はしないのか? 結構いい体格してるんだし、運動部に入れば、今からでもいいとこ行くんじゃねえの」
そういったのは、クラスメートの
「体格の善し悪しで決め付けるのはよくないぜ。俺のようにスポーツ万能でも、ロックしてる人間だっているんだからな。ロックも体力・スタミナが必要なのは言うまでもないが」
「どこかの部に入るつもりはあるんやけど、まだ全然。参考にするから、話聞かせてな」
「私に言ってくれたら、案内したのに」
三井さんがかわいらしく異を唱える。うんうん、ありがとう。でも本当に候補すら決まってないんだ。
てなことを口で説明して、改めて聞く。
「まず、三井さんから。部は?」
「私はこの前まで合唱部だったけれど……」
きれいな声が答える。
「辞めたの? 四月にすぐ入部したとしても、六ヶ月で辞めたとなると、雰囲気悪かったとか」
「ううん、違うわ。先輩も他の新入部員も、とってもいい雰囲気だった。私、忙しくなっちゃって。辞めたと言うよりも、休ませてもらってる感じかな」
忙しくなった理由を聞いてもよかったのだけれども、やはりそれは結婚に関係しているのだろうと想像できたので、よしておく。
このあと、蓮沼さん達女子二人の入っている部を聞いたが、僕にとってはあまり大きな意味を持たない。申し訳ないけど、聞き流す状態に近かった。
でも、何のクラブかぐらいは、覚えていた。そのはずだったんだ。
忘れてしまったのは、直後に起きた出来事のせいであって、僕自身の責任じゃないと思いたい。
交差点やバス停などで一人抜け、二人抜けし、僕にとっての最寄り駅に降り立った段階で、他には三井さんと知念さんだけになっていた。
「こーんなに近いんだ? 大阪から越してくるのがもっと早ければ、中学も同じだったわね、きっと」
知念さんがそう言って、「惜しい」と指を鳴らした。割と大雑把な性格なのか、兵庫と大阪を区別しないし、僕の関西に対する諸々の感情ってものをまるっきり無視してくれてる。
だけど、この手のタイプは前の学校にもたくさんいた。もっとずっとひどい、がさつな女がいっぱい。そんなこともあって、こっちの女子に思いっきり期待してたんだよな。期待以上の人がいたにも関わらず、現実は厳しい。
僕は知念さんの言葉を適当に受け流し、二人がどの方角に行くのかを聞こうとした。
その瞬間、車のクラクションが短く、柔らかく鳴った。続いてもう一度。最初より少し長めに鳴り響く。
僕らは三人とも振り返った。視線の先には、黒光りするきれいな車がエンジンを掛けた状態で停まっていた。国産高級車だ。大型ではないが、妙に威圧感がある。
運転席側の窓が下がって、淡い青色のサングラスをした細面の男が笑顔を覗かせる。尖った顎が目に着いた。
誰だあれ? 先生か? にしては高級車が給料と釣り合っていない気がするし、やけに格好を付けているような。
そんな想像を積み重ねていた僕の横で、三井さんが呟いた。
「由良さん……」
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