第2話

 #8 9月11日

 

 あの4月の告白の件から、髪も切り、コンタクトにして、茶髪にして自分でも別人のような容姿になった。店長とも良い関係を築き上げているし、とても穏やかな日々を過ごしていた。

 だが、そんなバイトにも慣れてきた頃、突然、この事件はやってきた。

 

「864円です、こちら袋入っていません」

「あぁ?さっき袋いらねえって言っただろ、何でもう一度言われなきゃいけねえんだよ」

「え、いや確認の為でして」

「あ?」

 

 検品中フォローとしてレジに入った時の話だった。揉めているのを見つけた店長が急いでレジに来る。

 

「あの、どうなさいました?」

「こいつ頭おかしいんじゃねえの?袋いらねえって言ってんのに何度も何度もよぉ、それにこのコンビニはトイレ使うのにも何で一言言わなきゃならねえんだよ」

「いや、お手洗は感染症防止の為であって」

 

 喧嘩するんじゃないかと思うくらいの店長とクレーム客の言い合いが何度も何度も重なっていて、何だか怖くなった。

 

「……あぁ、自信が無いんだ、このコンビニは。本部にクレーム入れるからな?」

「ああクレーム入れて下さい!俺店長の金城ですんで!」

 

 でも、店長が名札を見せながらクレーム客に立ち向かう姿はとてもカッコ良く、勇ましい姿であった。

 クレーム客が去った後、店長は何を言ったか分からないが言葉をシャウトするように吐き捨て、

 

「ったく、何だよアイツ」

 

 と小声で言った。

 

 初めてのクレーム対応だったので、心細く、クレーム客が去った後は涙がたーっと出てきた。

 

「白田あいつ何で怒ったの?」

「袋を再確認したらそう言われて……」

「それは白田は悪くないから大丈夫。忘れろ」

 

 そう言われたが、正直とても怖かった。

 恐怖さえも覚えて、私はこの職場を辞めたいとさえも思った。

 涙が止まらないのと、クレームによる体調不良で相方さんに空気を吸いたいから外に出たいと伝え、裏駐車場の隅で少しだけ泣いて涙を拭いた。

 お客様が待っている。早く行かなきゃ。

 それで職場へ戻ろうとした時、運悪く倉庫の中に入り座って煙草休憩をしていた店長に出くわした。

 

「気にすんなよ」


 太陽に照らし出されているからか、神々しいように感じる笑顔で、煙草を片手に店長は私にそう伝えた。

 

 暖かかった。涙がまた出そうになった。

 それだけでも本当に有難かったが、今回の件で辞めたいという気持ちも大きくなってきていた。

 

 仕事が終わって帰宅後、私はLINEで店長に「辞めたいです」と伝えた。

 でも彼の返答は、「辞めるのはもう少し考えて欲しい」だった。

 

「俺としては白田に残ってもらいたい気持ちが強いかな?最初に比べて仕事も増えていきよく動けるようになっているし。

 それに、クレームに関してはフォローするのは当然の事だし、クレーム慣れというものもあるから、辞めるのはもう少し考えて欲しい」

 

 私はこの時はまだ身体も精神も弱く、前の職場でも休みがちで首を切られるほどの病弱だった。

 それで体調の面もあるし……との事で今回辞めたいと言ったが、「相方さんと仲良くなったら小休憩挟めると思うよ?」で流されてしまった。

 

「ちと文章では上手く伝わらないから、明日のシフト後にでも話すかい?」

「私はむしろ口頭の方が拙くなってしまうのですが、金城さんが其方を希望する場合はそれに沿います」 

「俺はどの時間でもいいけど……」

 

「じゃあ、シフト始めにでも話でもしようか」



 

 #9 9月12日〜9月18日

 

 シフトが始まる30分前に私は職場入りした。そこで、店長は待っていた。

 色々と話していくうちに。耳を疑うような事が店長から聞こえた。

 

「白田はここに居て欲しい。いなくてはならない存在に俺はなっていて……まあ個人の見解なんだけども」

 

「あと壁を感じるからもう少しフランクに!笑 お前、前に俺に告っただろ!?」

「いや、あれはもう黒歴史なので掘らないで下さい笑」

 

 居て欲しい。

 居なくてはならない。

 

 これはどういう意味なのだろうか?

 もうそれは私情が入っているのでは無いか?

 店長から必要とされている事に凄く嬉しいと素直に思ったが、そこで後日こんな質問を投げかけた。

 

「先日の店長、凄くカッコよかったです。あの時の言葉は私情入ってますよね?」

「うーんまあ、店長としての俺と、金城としての俺の視点からそう見てるかな」

「あの、先日のあの時から、また個人的な感情が芽生えてきまして……」 

「……笑 嬉しいけど、俺の気持ちは変わらないから」

 

 また口頭で「好き」と言えなかった。

 2回目の告白みたいなものも、呆気なく終わった瞬間だった。

 

「俺なんかよりももっと素敵な人見つかるって」

「いや…無理ですね」

 

「あと、先日スマホ覗いてた時は切られるか不安でした」

「バカ!笑 そんなんで切らねえよ笑」

 

 何だかんだ30分くらい話をしてしまった。とても有意義で、楽しい時間だった。

 一ヶ月越しとなってしまったが、店長から誕生日のお返しとしてプレゼントされた梅酒がとても美味しかった。

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