Lilac Lily

来羅

第1話


 プロローグ


「私はまだ店長の事が好きです」

 そう書いた今回のラブレターも、告白も呆気なく「俺の事は諦めろ!笑」で終わってしまった。

 だけど、まだ私は諦められるはずも無く、寧ろ、もっと店長に見合う人間にならねばと、燃え上がっていた。

 

 

 #1 2月7日

 

 私の初恋相手である店長との出会いは今の職場であるコンビニだった。御用達とまでは行かないが、学生時代から利用しているどこにでもあるようなコンビニで、そこの面接の時から店長に一目惚れだった。

「初めまして、店長の金城です。どうぞこちらに座って下さい」

 まるで戦隊モノのレッドにいそうな容姿をしていた。とても優しい方だ、と初めは好印象だった。

「まずお名前を教えて下さい」

「白田来加です」


 でも、その好印象と同時に、初対面のはずなのに「あれ、この人前にどこかで会ったかな……」という凄まじい既視感がこの店長にはあった。

 面接を進めていくうちに、店長も通信制の高校に通っていた事が分かった。私も事情があって通信制の高校へ転校をしたので、彼にも何か事情があるのかもしれない、と何となくだか感じ取った。

 

 面接の結果、人手不足だし、との事で採用された。

 いやしかし、彼の初っ端からのフレンドリーさにはびっくりした。

 

「らいちゃんって呼んでもいいかな?」

 

 それから今となっては普通に「白田」と呼ばれているが、赤の他人に渾名で呼ばれるという事自体が生まれて初めてだったので、この店長からの「らいちゃん」という渾名は一生忘れられないものとなった。

 

 あの時の私は、眼鏡で、黒髪で、一つ結びをしていた。化粧をしても、スマートフォンの加工アプリを使っても映えない、普通の陰キャのひとりのような人間だった。

 現実で恋愛する事はもう一生無いだろう。そうずっと思っていた。

 でも、このドキドキ感と安心感が同時に来ているこの感情は一体なんだろう。

 この面接が、私の人生を狂わす全ての始まりだった。

 

 


 #2 2月9日〜

 

「いい?らいちゃん。この扉を開けたらお客様に元気良く「いらっしゃいませ!」って言うんだよ?」

「はい……」

 

 あの頃の私は自信も力も無かった。扉が開き、「いらっしゃいませ!」と店長が元気良く叫ぶのに続いて、精一杯私も「いらっしゃいませ!」と叫ぶ。それでも店長に苦笑いをされた。

「……笑 らいちゃん、小さすぎるって。もうちょっと大きな声で言わなきゃ。もう一回ね?」

 当時はやり直しもされるほど声も小さかった。

 そして声が小さかっただけでは無い。レジ対応も堅実過ぎた。

「らいちゃん、もうちょっと柔らかくいこうよ」

 そう言われても……と思いながらも、それに比べて今はある程度フランクにレジ対応出来ている方だと思う。

 自分に妄想癖が強いからなのか、仕事始めたての頃、ひとりでレジをやっていた時に店長から凄く視線を感じドキドキした覚えがある。

 その頃は夕方にシフトを入っていたのだが、その時空耳だと思うくらいに信じられない言葉が店長から聞こえた。

 

「らいちゃん、疲れとーと?」

「!?」

 

 これは驚くしか無い。何にせよ、後日この事を指摘したら店長自身は「覚えていない」と言っていたのだから。遂に私の幻聴や空耳が激しくなったのか?

 店長は生まれも育ちもこの住んでいる県だったが、別の地域にいた時に九州の人と接していて移ったらしいみたいな事を言っていた。

 

 

 #3 3月4日

 

 まだ仕事を始めて一ヶ月も経っていないが、店長のLINEのバースデー表記を見た時に当時の友人とビビった覚えがある。


「店長の誕生日、来月やん!」

「え、何渡すの?」

「消耗品の方がやっぱりいいよな……」

「お菓子とかいいかもしれないね」

 

 そして100円ショップである程度のお菓子を買った後(店長とは出会ったばかりなので好きなお菓子なんて聞けるはずの無かった。)

 

 そして誕生日当日、私は店長にお菓子の束を渡した。

 

「あの店長、今日誕生日でしたよね?」

「え、何?覚えてくれたの?笑 ありがとう、頂くよ」

 

 店長は照れながら感謝の気持ちを告げた。そして最近私が調べていた「返報性の原理」が働いた。

「俺も何かお返ししなきゃな。誕生日いつ?」

「8月2日です」

「はつか?」

「2日!ふつかです!!」

「ふふふ、分かったよ笑」

 

 

 #4 3月30日

 

 店長と二人シフトの時に微熱を出した。その時当日欠勤不可という事を知らなかったので私が休みの連絡を入れてしまった。

 少しフラフラしながら職場に入ったら店長が事務所にいた。

 

「病院行った?早く治せよ」

 

 何だかその一言の声が低く、店長のオーラが何だか冷たかった。友人には「忙しいからなのでは?」とカバーをしてくれていたが、自分自身は好意を踏みにじられた、と冷めてしまっていた。

 

 しかし、前々からも私は店長に迷惑を掛けていた自覚はあった。

 例えば一例だが、仕事30分前に私は事務所入りをしていた。

 大好きな店長とお話ができれば、と思っていたから。

 だが現実、自分自身に面白みが無いので無言の時間が続いていたのが事実であった。

 それを見兼ねたのか、「そんな早くに来なくてもいいよ笑」と挙句に言われてしまった。

 

 だが4月9日、店長が落ち着いたら告白をすると決意した。

 

 

 #5 4月10日〜

 

 4月に入ってから店長が私に対して冗談を言う日が多くなった。そんなフレンドリーな店長に「上司なのにLINEをしたくなるほど店長がフレンドリーなのが悪い」と友人に愚痴(惚気?)を伝えていた程だ。

 そして身体の弱い私を見て店長は筋トレを勧めてきた。ただ私も飽きっぽいので三日坊主で終わってしまう事が多かった。それに気付いた店長は

 

「白田、筋トレは?」

「……笑(やってない)」

「会う度に聞くからな?笑」

 

 という会話も多くなったので、店長と段々仲良くなっていった!という自覚が生まれてきた。

 

 だが、その時と同時にすれ違いも多く、壁が厚くなった気がして怖くなった時期があった。

 

「感情は消えないで欲しいけど、潰れて嫌な思いをするくらいなら忘れる」

 

 だが友人は諦めなかった。その友人の後押しによって、24日に手紙で告白を決意した。

 

 何度も友人と確認し、手紙を書いた。私は店長が愛用しているブラックコーヒーを添えてシフト前に手紙を渡すと決意した。

 

 

 #6 4月24日

 

 シフト前。私は凄くソワソワしていた。人に手紙を渡すだなんて、小学生以来だった。

 

「あの、店長……差し入れです」

「お、おう。ありがとう笑」

 少し照れながら手紙を手に取る店長。一応確認として、とても怖かったがこんな質問を入れた。

 

「店長って……モテますか?」

「いや……モテねえよ笑 え、いやいきなりどうしたの?」

「何でも無いです!」

「手紙、仕事中に読ませてもらうね」

 

 そしてシフトももうすぐ終わる頃、事務所に入った私に店長が話しかけてきた。

 

「白田手紙ありがとね。返事聞きたい?」

 聞きたいような聞きたくないような、そんな怖さがあったが、私は「聞きたいです」と答えた。

 相方の従業員さんが帰った頃、裏駐車場で待っていた私に店長が近付いてきた。

 とてもドキドキしていたが、まあフラれるだろう、と半ば諦めている自分もいた。

 

 「手紙ありがとね、申し訳無いんだけど答えはいいえかな」 

 

 分かっていた。私も店長も穏やかなオーラが流れていた。

 

「俺は仕事と恋愛の両立ができない、不器用なんだよ……それに、白田は一人の女性というよりは従業員の一人としてしか見れない」

「はい、分かってました……」


 初めてフラれたけど、分かってはいたので自分の心も穏やかだった。

 お互い隔てなく接しようと二人で約束し、これで諦めよう。そう思っていた。

 

 

 #7 4月26日

 

 告白から二日後、私は周りが幸せそうなのに何故私はこんな悲しい思いをしているのだろうと悲しくなり、死にたい気持ちになった。

 その反動で、深夜ながら丁度店長が今シフトの時間だったので店長に会いに行った。

 

「白田明日仕事じゃん、大丈夫なの?」

「はい、店長に会いに来たので」

 

 そこから九月のあの事件までは暫くは敬愛の感情のみで接していた。店長も隔てなく私に接していた。

 あの件が来るまで。

 

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