第45話:聖女対決6

「何をしているの、クズグズしない。

 さっさと塩田村に行くのよ。

 従魔の癖に私に逆らうと言うの、ワイバーンの分際で生意気よ」


 モイラは欲に眼が眩んでいた。

 眼の前にぶら下げられた女子爵の地位に、いや、もう女伯爵になるのだと思い込んでしまい、他は何も見えなくなってしまっていた。

 だから従魔のワイバーンが感じている途轍もない恐怖感が分からなかった。

 いや、ソフィアとチビちゃんくらい強固につながった絆なら、どれほど何かに囚われていても従魔の気持ちが分かる。

 モイラとワイバーンの絆はその程度という事だった。


 ワイバーンは恐怖で動けなくなっていたのだ。

 伝説の龍という途方もない存在が明白に縄張りを主張している。

 そのマーキングの中には、喰われた純血種竜や属性竜の臭いが含まれている。

 ワイバーンごときが勝てない事は、ワイバーン自身が分かっていた。

 縄張りに入った途端に喰われる事は明白だった。

 だからどれほどモイラに命じられても前には進めない。

 前に進めば主人だけでなくワイバーンも一瞬で喰われてしまう。


「ソフィアはお眠り、これからの事は俺とチビちゃんに任せな」


 チビちゃんに騎乗したグレアムがソフィアの後ろから話しかける。


「ええ、後は任せます」


 ソフィアは迷いなく即答することができた。

 戦闘や統治は婚約者のグレアムに任せる事になっていた。

 母親のシンシアも認めた事だった。

 王子でなくても勇者候補でなくても関係ない。

 ソフィアにはグレアムが必要だとシンシアが認めたのだ。

 ソフィアは安心して深い眠りに入った。


「くっくっくっくっ、面白いモノが見られるぞ」


 チビちゃんがとても悪い表情と声で嘲笑った。

 理由は分からないが、無敵のチビちゃんが自分を隠している。

 隠蔽の魔法なのか普通に備わった能力なのか、モイラはもとよりワイバーンにすら気がつかれないようにしていた。

 傍若無人、唯我独尊な所のあるチビちゃんらしくない行動だった。


「何かとんでもない事を企んでいるようだな」


「くっくっくっくっ、まあ黙ってみていろ」


 チビちゃんが言う先にはモイラとワイバーンがいた。

 欲に眼が眩んだモイラはワイバーンの不服従が許せなかった。

 従魔用の鞭を取り出して激しくワイバーンを打ち続けていた。

 ワイバーンの強固な鱗や皮さえ破るワイバーンの牙や爪で作られた鞭だ。

 ワイバーンの鱗が飛び散り皮が裂け血が噴き出すのが見えた。


 激情を抑えきれず、憤怒の表情を浮かべたモイラがついにワイバーンの目に向けて鞭を振るってしまった。

 鱗や皮ならば再生することができる。

 だがいくらワイバーンでも目は再生することができない。

 それでなくても先程からの打擲でワイバーンは激怒していたのだ。


 目を潰された事でワイバーンの怒りが限界を超えた。

 あまりの怒りに聖女と従魔の絆が断ち切られてしまった。

 もうワイバーンを抑えるモノは何もない。

 ワイバーンは怒りをモイラに叩きつけた。

 モイラはワイバーンのズタズタに噛み千切られて喰われて死んだ。

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