第35話:不安と心配

「仕方ないわね、貴男に任せたのは私だからね」


 シンシアはグレアムの報告を聞い内心ため息をついていた。

 自分が間違っていたとは今でも思ってはいなかった。

 だがグレアムが間違っているとも言い切れない。

 直接その場にいなかったから、ソフィアが精神的に限界だったのか、それともまだ踏ん張れたのか断言できないからだ。

 シンシアは母親の欲目と自分の強さからソフィアの弱さが見えていなかったのだ。


「それに、これだけの塩を作ってくれた以上、とても叱責などできないわ。

 よくやってくれました、グレアム。

 お陰で食糧の保存に大量の塩を使うことができます。

 次の問題は食糧の確保ですが……」


 小山のような塩結晶の中には、高熱で焼かれた魚介類が含有されている。

 だがとても食用にできるようなモノではない。

 にがり成分が大量に含まれているので実際に使える塩にするには手間もかかる。

 その分の人手や燃料が想定よりも必要になる。

 食糧の確保に使える人数が予定より少なくなってしまったのだ。


「それはチビちゃんに任せてはいかがですか。

 チビちゃんの実力が桁違いだと改めて分かりました。

 魔獣や魔蟲を喰らうだけでなく、威圧で殺す事もできます。

 チビちゃんから見れば喰らう気にならないような魔獣や魔蟲でも、我ら人間には貴重な食材や素材だというのが分かりました。

 領地に悪影響が出ない方向で威圧を放ってもらいましょう。

 そうすれば食糧に困る事はなくなりますし、貴重な素材も手に入ります」


 グレアムの提案は領主シンシアにはとてもありがたい提案だった。

 だがどうしようもない不安、心配もあった。

 それは今もソフィアが眠り続けている事だった。

 ソフィアが眠った状態でもチビちゃんが今まで通り言う事を聞いてくれるか、確信が持てなかったのだ。


 どうしようもない切羽詰まった状態ならば、ソフィアが寝ていても関係なかった。

 だが今は莫大な量の塩が手に入り、ある程度の犠牲を覚悟すれば、領民の大半を助けられる目途がついていたのだ。

 この状態で伝説の龍を怒らせる可能性がある頼みをする。

 領民の命を預かるシンシアが判断に迷うのは当然だった。


「心配はいらないぞ、シンシア。

 お前が俺様の出す条件を飲むのなら、腹の足しにも魔力足しにもならない、弱っちい魔獣や魔蟲くらい幾らでもくれてやる」


 チビちゃんはこともなげのシンシアに声をかけた。

 その言葉の調子は以前と全く同じだった。

 苛立ちもなければ人間に対する敵意も蔑みもなかった。

 ソフィアが起きている時と全く同じだった。

 それがシンシアを安心させ、条件を聞く気にさせた。

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