第18話:領主と聖女

「待ってくれソフィア。

 もうソフィアは聖女候補ではないんだ、それ以前に次期領主なんだ。

 領民を見捨てて聖女候補を助けに行くなんて、次期領主として許されない。

 自分の好き嫌いや価値観で助ける相手を選ぶことは許されないんだよ、ソフィア」


 グレアムが真剣な表情で説得した。

 その正しさにソフィアは自分の未熟さを思い知らされた。

 薄っぺらな正義感で突っ走ってしまってはいけないのだと。

 目先の事に捕らわれて一番大切にすべき領民を見捨ててしまうところだったと。


「だったらグレアム、国民を見捨てろと言う事なの。

 私はずっと領地に籠って領民を護り続けなければいけないの」


 ソフィアにはそれも何かおかしな気がした。

 領民を護らなければいけない事はよく分かっていた。

 だが同時に国民を見捨てなければいけない事には納得しきれなかった。

 両極端ではなく程好い加減があるのではないかと思っていた。


「そんな事はない。

 領地を完璧に護ったうえでなら、余力の範囲で助ければいい。

 だがそれを決めるのは領主のシンシア様であってソフィアではない。

 そしてソフィアを次期領主に選んでくださったはシンシア様だ。

 ソフィアを助けてくれたシンシア様の領民への想いを無視してもいいのかい」


 グレアムの言葉にソフィアは改めて自分の未熟さを思い知った。

 一番辛く苦しい時に無償の愛を示してくれた母上様。

 その母上様の想いを考えもせず、放逐された聖女候補の役割に拘ってしまった。

 母性愛だからといって甘え切っていいものではない。

 口で許されたとしても心では母親として我慢してくださっているかもしれない。

 ようやくそう思えるようになっていた。


「いえ、そんな事は許されないわね。

 母上様の優しさに甘えてばかりではいられないわ。

 まずは居城に戻って母上様に領主として判断していただきます」


「よし、いい判断だ、じゃあ戻ろうか」


「おい、おい、おい、このまま戻ったら魔境から魔獣がまた来襲するぞ。

 今は俺様が暴れた時の残り香を恐れて迂回しているが、それが消えたら魔獣が大挙して来襲するぞ」


 チビちゃんの言葉にその場にいた全員が驚いた。

 傭兵団員達は単にチビちゃんの強さに驚いただけだった。

 だが聖女としての教育を受けたソフィアと勇者としての教育を受けたグレアムは、チビちゃんの活用法を思いだしていた。


 並みの従魔や魔獣ですら体臭による縄張り効果があるのだ。

 伝説の龍、チビちゃんの縄張り効果はどれほどあるのか興味津々だった。

 いや、興味などと言っては不謹慎だった。

 龍の縄張り効果がある間は、領外に出て国民を助ける事ができる。


「チビちゃん、体臭の効果はどれくらい続くの」

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