第5小節 革命前夜
私が学校を休んでしまった日から一週間が過ぎた。
「……しずく、一弦と四弦のチューニング甘い」
「わざとやってみた。でも良くないからやめる」
「分かりゃいい」
「じゃあもう一回、頭からやるよ」
あの日以来、私達は毎日部室に入り浸ってる。
授業が終われば即部活。
……正確には部ではないけれど、後二週間もしないうちに正式に認めさせるんだから関係ない。
文化祭に向けての曲を、その日の納得がいくまで弾き続けてる。
「轟さん、途中でリズム狂わなかった?」
「狂った。悪い」
「……ライネが狂うと全体もおかしくなる。遊ばないで」
「わかってるよ」
「ならやって」
その甲斐あってか私も少しだけだけど色々分かるようになってきた。
「ま、レイレイもミスってんだけどな。弾き方忘れたってんなら帰って練習でもいいぜ」
「……何それ、ケンカ売ってる?」
「そっちが私に仕入れたからな。そりゃあ売るさ」
「……いいよ、買ってあげる」
この言い合いは本気だ。
二人は本気で頭にキてる。
だから触れれば爆発しそうなくらいピリピリしてる。
……でも。
「じゃあ行くよ」
にらみ合う二人を他所に轟さんはスティックを六度叩き、ケンカ開始の音が鳴る。
それはドラム、ベース、ギター二つが同時に響かせる音。
空間を滾らせる、心魂を震わせる音。
「おら!足んねぇぞ!!もっと殴って来い!!」
「そっちこそ!撫でてるだけじゃ私は倒せないよ!!」
そう、私達はどこまで行っても演奏者(プレイヤー)。
気に入らない事があれば自分の持ちうる技術全てを使って相手に挑み、認めさせ、求めさせる。
見てる人からすればただ演奏してるだけだけど、演ってるこっちからすれば殴り合いと変わらない。
ケンカじゃないけどケンカなんだ。
「しゃーない、しずく。お前も行ってこい」
言われて頷き、ギターを握る手に力が入る。
ーー任せて!
私にはジャガーと歌がある。技術じゃ勝てなくても二人に後れを取る事は無い。
「「やれるものならッ!!」」
視線と一緒に届く力を帯びた声。
[絶対に負けない]っていう、強い意志が、胸の奥にまで伝わってくる。
……そう、そうなんだ。セッションっていうのはそういうモノなんだ。
『泊まり込みでやった挙句、自分のモノにするとは思わなかったわ』
球磨本さんが出したあの課題は私の[覚悟]を問うために。
『……付いて行けないと思って尻尾巻いて逃げたのかと思った』
あの言い合いはーー言葉は、私に[本気]だと知ってもらうために。
『まぁなんにしても、良かった!大歓迎だよ、入部!」
あの一日は、私を[仲間]だと認めるために。
全部、必要な事。
一つでも欠けていれば私はここに立つ資格は無い。
……だから。
ーーありがとう、みんな。
でも。
ーー負けないから!!
「……いいぜ、しずく!そうこねぇと!!」
「やっぱり、しずくって大胆だよね」
「いやぁ、ここまで来るとエゴじゃない?
私も負けねぇけどさ!!」
私の歌に[合わせて]鳴り響く音。
ドラムも、ベースも、二本のギターも、全部全部私の歌の為に刻んでる。
リズムを、音を、聞く人の期待を、とことんまで刻み込もうとしている。
私の為だけに……!
ーー……本当に?
全部が私の為に?
違う。そんなのじゃ足りない。
もっと、もっと先へ私達は征けるはずだ。
そのためにはどうする……?
何をすればいい?
…………答えは一つしかない。
「流石、エゴイスト」
「舐めやがって、バックコーラスじゃモノ足んねぇってか?」
「連れてくのは誰か、後輩に教えてあげる」
私の歌が、私達の曲と一緒に征く。
音が後押しするんじゃない。音も一緒に背負って征くんだ。
そうでもしないと届かない。
私達を無視し続けて来た奴らに刻めない。
私達の歯型を、魂を、刻み込めないんだ。
そのために必要な物は、もう。
この手の中に、この喉に、この心に、全部。
ーー全部、揃ってる!
「…………よっっっっっし!」
曲の最後を締め来る四人の響きが静かに消えていく。
「は、はは。流石に気持ちいいな」
「うん。今のは文句ない」
「い、息できないくらい苦しいけど……」
天井を見上げて、それからみんなの顔を見回しての言い合い。
みんな汗だくで息が上がってて荒いけど。
「「「「最高の出来だった」」」」
私が来てから初めて、全員から称賛の言葉が出て来た。
「忘れないうちにもう一回、行くよ!」
「はい!」
「あぁ!!」
「……うん!」
だとしても私達は止まらない。
目指してるモノには、まだ足りないから。
ーーーー
やっと普段通りの呼吸に戻り、両手のしびれも収まった頃。
「さてさて、今日はこのくらいにして」
何故か一人だけまだ元気な轟さんは座ったまま死屍累々の私達に向き直り。
「ちょっと早いけど作戦かいーぎ!」
「……?」
良く分からない事を口走った。
「あーーー、そういややらねぇとまずいな」
「前回詰まったところの一つ」
轟さんの言葉を受けて、まだ少しだけ息の荒い球磨本さんと鷲山さんが立ち上がる。
「前回、って、去年の文化祭……?」
「そーだね、まさにそれ」
ゆっくりと近くのパイプ椅子に座る二人に倣って私も椅子に座り、どことなく作戦会議のような雰囲気が広がっていく。
ーー文化祭の話って言うと、やっぱり乱入の……
「あ」
「お、気付いたか」
「……まぁ、そういう事」
少し考えるだけで三人が何を心配しているのかが分かった。
私達はそもそも、どうやって乱入するかを決めていない。
「ってぇ事で、どうすれば追い出されずに乱入出来るか考えてみよー」
「「「……おー」」」
「はっはー!死にそうだね!!」
椅子に跨り楽しそうに笑う轟さん。
その体力は底知れない。
ギターを弾くだけ、ベースを弾くだけ。そう言えば楽に聞こえるかもしれないけど、肩掛け状態とはいえそこそこ重たい道具を持っての全身全霊の演奏だ。
楽譜を見ずに演奏するから頭は使うし、絶え間なく指は動かすから筋肉は張って、勿論集中だってするから心理的疲労もある。
だから、演奏するのは想像以上に疲れる。
………はずなんだけど。
「っと、作戦会議だし、ホワイトボードくらい無いとダメか。用意するからちょっと待っててね」
なんなら、見てるだけでも疲れるドラム担当の轟さんが一番元気があるのはなんでなんだろう……?
「しずく、ライネは気にしなくていい」
「あぁ。アイツは昔っから疲れ知らずなんだ。張り合うと吐くぞ」
「は、吐くって……」
「実際、私達はそれで一回戻してるからね……」
「なのに元気だったの、今思い出してもおっかねぇよ」
「あ、あはは」
そんな私の考えが伝わったんだろう、両脇の二人から有り難い忠告を貰った。
「……これで良し。準備できたからしゅーごー」
「「「はーーい」」」
と、話してる間にホワイトボードの用意が終わったみたいなので、号令に合わせて椅子をズリズリやりながら轟さんの近くまで集まった。
「……と、言ってはみるけれど」
「……?」
「どうしたの」
パイプ椅子をかちゃかちゃ鳴らしながら近寄ってみると、轟さんは何故か急に静かになる。
「なんか言えよ」
「……ふっふっふ」
「なんだお前」
球磨本さんの言葉には笑い声で返す轟さん。
どことなく困惑とした雰囲気が漂い、私達三人が顔を見合わせる事二回。
「……実はっ!!」
唐突に、轟さんは口を開いた。
「もう考えてあるんだ!!」
大声量の中ホワイトボードを強く叩き、その力でボード部分が回転する。
そして丁度裏面になったのを見計らい回転を止めると、そこに書かれていたのは……
「[第一回]」
「[文化祭のステージ]」
「[乗っ取ろう作戦]……??」
……と、大きな文字だった。
「そう!実はもう、アタシが企画していたのだ!しかも綿密に!!」
轟さんは腕を組んで声高々に口にする。
その言葉通り、ボードをよく見れば作戦名の下に幾つかの項目に分かれて計画が書かれている。
「えぇと、何々……?
作戦行動其ノ一・吹部の片付け時間を長くする」
「……其ノ二・吹部が片付けを終えると同時に舞台に登場」
「其ノ三・慌てふためく教師陣を尻目に演奏開始」
「其ノ四!最高にクールな演奏をしてアタシ達に囚人共の視線を釘付けにする!!」
それぞれが思わず読み上げてしまった作戦行動の詳細。
なるほど、綿密。
……綿密???
「……おい、ライネ。これのどこが綿密な作戦なんだ?」
「くまもん、しずく、ライネって日本語こんなに下手だったっけ」
「も、もしかして偽物とか!?」
みんな同じ疑問を抱えていたみたいで、示し合わせたように首を傾げた。
「アホか!本物だよっ!」
苦笑い気味に声を張り上げ本物だと主張する轟さんだけど、私達にしてみれば嘘くさくて仕方ない。
「でも、流石にこんなのは……ねぇ?」
「あぁ、子供の絵空事と変わんねぇ」
「ガッバガバ」
仮にも高校二年生。
私達と同じ学年なんだし、この計画が無理なことくらい書いてる途中で……出来れば思いついた段階で、気が付いてほしい。
「あ、あのねぇ」
「不服そうにされてもなぁ~」
「ちょっと、無理な話」
「うん」
「こ、こいつら……」
轟さん以外の、私を含めた三人で顔を見合わせ渋い顔を見せ合う。
「さてと、これで振出しに戻ったわけだが……」
「いい案は無いかな……」
「どうしても、セットの準備に手間取る。特にドラム」
「「「う~~ん」」」
「………………」
最早轟さん抜きでの作戦会議は一秒足らずで難色が示される。
結局のところ、轟さんの提案通りに事が進めば一番楽なんだけど……
「難しいもんね……」
「うん。作戦の三と四は一と二が出来ればどうにでもなるけど」
「問題の一と二が無茶なんだよな。実行委員に協力者でもいないと」
そう、一番の問題でかつ特に重要な二つの作戦行動。
この二つが出来れば後は流れでどうにかなると思うんだけど、そもそもその二つが出来ない。
球磨本さんの言うように協力者がいればどうにかなりそうな気はするけど、残念な事に友達らしい友達が他に居ないから文化祭に乱入しようという話なわけで……。
「「「う~~~ん???」」」
答えが出るはずもなかった。
「……けど」
「あん?」
そんな中、いつの間にか部室の端っこの方に移動していた轟さんから小さな声が上がる。
「いる、けど」
「知ってる。でも今はライネの話じゃないから」
少しずつ声がはっきりと聞こえ始め、何か提案してくれそうな雰囲気があるけれど、彼女は前科持ち。
球磨本さんも鷲山さんも冷たくあしらってる。
ーーまぁ、仕方ないよね。あんなに期待させておいてのアレだったし……
私自身、二人と同じような心境だ。
これでまた変な事を言い出したら、疲れによるイライラもあってちょっと怒るかもしれない。
そう、思っていたんだけど。
「いるよ、実行委員に。アタシ」
「「「えっ」」」
予想外の言葉が出て来た。
ーーーー
衝撃的発言から大体三十分後。
作戦の詳細を、文化祭実行委員の一人・轟さんから教えてもらう。
その内容は大胆と言うか無謀と言うか、兎に角、[無理じゃないかもしれない]って感じで。
だからこそ。
「やるじゃねぇかライネ。見直したぜ」
「……やりがいがある」
「うん。かなりロックだね!」
私達のやる気に一気に火が付いた。
「まぁ、そういう事だから、みんなはこれまで通りに練習に精を出して。その間にアタシは準備を進めておくから」
「分かった。そーいう事なら仕方ねぇ。私達は私達に出来る事をやる」
「任せた、ライネ。応援してるから」
「出来る事あるか分からないけど、困った事が起きたら言ってね。何でもやるから」
さっきまでの難色が嘘のように晴れ、二週間後の文化祭に向けて私達のするべき事が決まる。
「もちろん。頼りにしてるよ、みんな」
「っし、じゃあそうと決まりゃあ、明日も頑張んねぇとな」
「うん。そのためにはまず」
「温泉……かな?」
「そーいうこと!」
とうとう現実味を帯びてきた文化祭乱入ステージ。
来るべきその日のため、今日は一先ず身体の疲れを癒そう。
「じゃー行こーー!!」
「「「おーー」」」
明日からは、今日よりもっといい演奏をするための練習をするんだから。
to be next story.
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