第2小節 心の武器
顔は洗った。
ご飯も食べた。
財布は持ったし、今の格好は秋らしい紺色ニットのワンピースに黒のタイツ。
「うん、大丈夫」
姿見で何度も確認したし、変じゃないはず。
誰かと出かけるのなんて初めてだから、これでいいのか分からなくて不安だけど行くしかない。
「……大丈夫、だよね?」
父さんか母さんさえいてくれれば変に心配しなくて済むのに、今日に限って二人とも朝から出かけてるし……
「…………やっぱり、行くのやめようかな」
確認した壁掛けのデジタル時計。約束の時間まではまだ余裕がある。
「なんで、仲良くなる前に『買い物行きたい』なんて言っちゃったかな」
ため息と一緒に出てくるのは昨日の出来事。
部室みたいなところで見た、あの演奏。
「カッコ良かったなぁ」
今でも鮮明に思い出せる叫びのような楽器の音。
耳の中で木霊してる。
【私達は囚われた小鳥じゃない】っていう、強いメッセージ。
誰もが忘れていても、誰も許してくれなくても、自分たちには戦う意志が、その意思を実行できるだけの強い信念があるんだっていうのが今も心に残ってる。
私にはそれが革命の足音に聞こえて、目の前に映ったように見えた。
「……やっぱり、行こう」
始まりを思い出した成果、私の身体は勝手に玄関へと向かって行った。
そうだ。私は、あの人達みたいになりたいと思ったから決めたんだ。
今を変えるーーじゃない。
自分を生きる為にやるって決めたんだ。
ーー行ってきます。
誰もいない家の中に向かって少し思って、玄関の鍵を閉めた。
ーーーー
本当に久し振りに出かける休日は、なんて言うか世界が変わって見えた。
霞んでいるようなのに妙に澄んだ街。
無表情なのになんとなく活気がある人々。
相変わらず静かだったはずのバスの中でさえ騒がしさを覚えてしまったり。
兎に角、変な感じ。
ーーそれとも、私が落ち着いてないだけなのかな。
待ち合わせ場所に向かう……なんていうのも、家族と出かけた時にしかない経験だったから、緊張してるのはあると思う。
でも、だからってこんなに見え方が変わ……
「お!おはようしずく~」
「へぇ!?」
「あははは!なんだよそれ」
肩を叩かれるのと同時に聞こえた声は轟さん。
「あ、ちょ、ちょっとびっくりしちゃって」
あまりに唐突に声をかけられたせいで変な声が出た。
「さては考え事しながら歩いてたな~?危ないからやめときなよ?」
「あ、はい!」
「ははっ!んじゃ、行こうか」
肩を組んで……いるような感覚で、合流した轟さんと待ち合わせ場所に向かう。
……んだけど。
ーーな、何を話せばいいんだろう!?
考えても見れば共通の話題なんてないし、そもそも私は同じ年の人と殆ど話した事が無いのを忘れてた。
ううん。音楽と楽器が好きなのは分かってる。だから全く知らないわけじゃない。
けど、楽器は全然知らないし、音楽って言ってもジャンルがいっぱいあって好き嫌いを間違えて話題に出したら、今日のお出かけーー買い物自体が無くなりかねない。
そっ、それはまずい。
折角決意したのに、一日ちょっとで破綻するなんてイヤだ。
……ここは、苦手だけど服の話とかしてみようかな。
私はあんまり興味ないからアレだけど、一般的にはこのくらいの年の女の子は服とかアクセサリーとかが好きらしいし、髪色とかも【何色に染めたい?】みたいに話せ……
「しっかし、今日はちょっと暑いね。まだ夏が残ってるのかな」
カリカリ頭を掻いて轟さんは腕捲りをする。
なんと言うか、少しだけ男らしく見えて。
ーーそもそも金髪だった……!!
話題が一つ消えたのを思い知った。
ってなると、やっぱり服の話をするしかない!!
「ね、ねぇ轟さん」
「んー?」
「そそ、その服、なんだか可愛いね。凄い似合ってる……と、思うよ」
よ、よし。言えた!
轟さんの今日の服装はフードの付いた少しダボついてるパーカー。
胸元に書いてあるよく分からない生き物はいるけど、それがワンポイント……?になってて、轟さんのちょっと怖い雰囲気を緩和してくれてる。
だから、可愛い!うん、大丈夫!!
「お、ホント!?これアニキのおさがりでさ、前々から気に入ってたんだよねぇ~。このヌートリア?みたいなゆるキャラ……なのかな?が可愛くてさー」
「だ、だよね!私もそう思うな!」
「ふふん」と嬉しそうに鼻を鳴らして轟さんの足取りが速くなる。
ーーお兄さんのおさがりだったんだ……
予想外の事実には一瞬ヒヤッとしたけど、結果的には傷付けずに済んだらしい。轟さんの気分は良さそうだ。
「っと、到着到着。おーい」
気付かれないよう、それとなく安堵しているうちに待ち合わせ場所についたらしく、轟さんがベンチに座ってる二人に向けて手を振ってくれた。
「んん、おはよライネ」
「……相変わらず変な服」
「はぁ?可愛いだろうが。なぁ、しずく」
「え、う、うん。私は好きだよ」
なんていうか、ベンチに座っていた二人は凄くガラが悪く見えたけど、それも仕方ないんだろう。
二人とも、寝起きのように目つきが悪い。多分、待ってる間寝てたんだ。
変な人が寄ってこないよう、威嚇したまま。
「……しずく。別に気を遣わなくていい」
「あー、また変な服着て来たんだな。お前ら、兄妹揃って変わったセンスだよな」
「はぁ~??こーいうのが売ってるって事は人気があるからだと思いますぅ~」
「でも着てる人は少ない」
「だな」
「ぐっ……」
どうやら轟さんは普段はこういった謎キャラTシャツをよく着るらい。
けど、二人からの評判はあんまりよくないみたいだ。
「あ、あはは。私はいいと思うけどな」
「でしょ!?流石にしずくは分かってるね!」
「……そうやって甘やかす」
「まともな服装なのに、哀れな」
「お、お前ら……」
轟さんとしては本当に気に入ってたんだろう。服の事を言われたせいでかなり怒ってるように見える。
まさか、このままケンカに……
「……まぁいいや。そろそろ行こう」
「ん、そうだな」
「……うん」
「あ、は、はい」
とはならず、ため息一つ吐くと轟さんは歩き出した。
良かった。せっかく仲間になったのに、いきなり解散にならなくて本当に良かった。
「んで、しずくは今日どこ行くか知ってるのか?」
「え、は、はい。一応は」
先頭に轟さんが歩き、その後をついて行く私達。すると、左側を歩いていた球磨本さんが話しかけてくれた。
「ふーん。なら少しは覚悟しとけよ」
「え?」
「……バカ」
「ははっ。まぁ、間違っては無いかもね!」
かと思ったら、いきなり脅された。
……えっと、これから行くのは楽器屋さんのはずだよね?
「まぁ、行けば分かる」
「う、うん……」
いきなり言われた不穏な言葉の正体は分からないけど、今更引き返せない。
取り合えず、覚悟していよう。
ーーーー
「さ、着いたよ!」
あれから歩く事大体十分。
目的地の楽器屋さんーーinstrumento(インストゥメント)の入り口に到着した。
外観は少し落ち着いたクラシックな雰囲気があって、街道に向けて並べられているショーケースの中にはギターやチェロの弦楽器が飾られてる。
「……うん。相変わらずいい感じのが置かれてる」
「どうせだし、私も予備の弦でも買っておくか」
「んじゃ行こー」
やっぱり行き慣れてるからなのか、三人は感動もそれなりに扉を開けて中へ入って行く。
私としては、もう少しこの飾られてる楽器を見てドキドキというか、わくわくというかしていたいんだけど……
「いらっしゃいませー」
「凄い……」
小さな鐘の音と共に届いた来店の挨拶を耳に扉を潜り、落ちきながらも胸騒ぎを感じる店内に入って見えたのは数えるのも馬鹿らしく思えるほど沢山壁に並べられたギターとベース。
奥にはドラムが所狭しとあって、別室に繋がってるっぽいのれんの先には吹奏楽で使われそうな管楽器や木管楽器、弦楽器が見える。
なんていうか、圧巻だ。
「おーー、ちょっと商品増えてるね」
「みたいだなぁ。ちょっと見とくか?」
「……ついでにならいいんじゃない」
入った途端、楽器そのものを見てる球磨本さん、奥を覗き見ようとしてる轟さん、棚に並んだ小物を手に取る鷲山さん。
出合ってまだ二日目だけど、彼女達がはしゃいでるのはすぐに分かった。
「わ、私も色々見てみたいから、少しだけ別行動してみない……?」
今日ここに来たのは部活ーーと言うか、バンド?の仲間になった私のギターを探すため。
……何だけど、みんながこんなに楽しそうなら、私のは後ででいい。
殆ど知識の無い私だってそわそわしちゃってるし、こういうのが好きなみんなはもっと気になるはずだし。
「そう!?じゃあ、後でギターのとこ集合で!」
「んじゃ、私はピックと弦見てくる」
予感的中。
轟さんと球磨本さんは直ぐ、飛ぶようにして何処かへ行ってしまった。
「あはは。やっぱり楽しいんだろうなぁ」
「……落ち着きがないだけ」
そうして残ったのは私と鷲山さん。
「わ、鷲山さんは見に行かないの?」
「私は少し前にも来たからいい」
「そうなんだ」
お店の入り口から少し離れた所で立つ私達。
一応扉からは遠いし、別のお客さんの邪魔にはならないと思うけど……
…………………………。
なんていうか、会話が無い。
鷲山さんは静かにどこかを見つめているだけで、それどころか一歩も動かずに私の隣に立ったままだ。
ど、どうしたんだろう……?
「……ねぇ」
「は、はい!」
何か話題を探すべきなのか迷っていると、急に鷲山さんが話しかけてきてくれた。
「……見に、行かないの?ギター」
「え?……あ」
「しっかりして」
「……はい」
ど、どうやら鷲山さんは私の後について行くつもりだったらしい。
私の上着の裾を引っ張りながらギターの飾ってあるところを指さされた。
「じゃ、じゃあ行こっか」
「うん」
行こうと言いながらも鷲山さんに若干引っ張られながらギターコーナ―へと向かう。
途中、球磨本さんが何かのコードに絡まってるような姿が見えたけど、多分気のせいだ。
「ち、近くで見ると、本当に凄い量ですね……」
「うん。ここら辺だと一番の品揃えだしね」
壁一面、所狭しと掛けられている何十種類ものギター。
色も形も様々で、とげとげしい物から可愛らしい物、毒々しい物や逆に神々しい物まで、数以上に驚くほど様々だ。
「……それで、しずくはどんなのが欲しい?」
「あ……。えっと、その……」
圧倒されて息を呑んでいると、眠そうな瞼から微かに輝かせる瞳で顔を覗かれる。
鷲山さんが少し楽しそうなのは、多分今日は私のギターを買うためにこのお店に来たからだ。
私がどういうギターを選ぶのかがきっと気になってるんだと思う。
……けど、申し訳ない事に。
「……分からない、かな」
「…………………………」
昨日、スマフォで軽く調べてみたけど、ギターとベースがあるって事しか分からなくて、今日みんなから聞こうと思ったからそれ以上の事は知らない。
一応、スピーカーに線で繋ぐのと、本体だけのがあるのは知ってるけど、それがどこまで違うのかまでは分からない。
「あ、あの、ごめんなさい。調べてもよく分からなかったから……」
急に無言になる鷲山さんに慌てて謝る。
何をするのか分かってるのに調べない人の事を凄く嫌うっていうタイプの人もいるし、もしかしたら怒らせちゃったかもしれない。
「その、えっと……」
何を言っても言い訳にしかならないのは分かるけど、かと言って何も言わないのはもっと良くないはず。
だからどうにか理由を説明しようとするけど、肝心の言葉が全然出て来てくれない。
「……分かった。なら、私が一から説明してあげる」
「え…」
「すいません、試奏いいですか?」
「はーい、ちょっと待っててくださいねー」
怒られるかと思ったら、鷲山さんは近くにいた店員さんに声をかけると、あっという間に手にっていたギターの一つを線に繋いでもらった。
そのギターは、なんて言うかよく見るタイプのギターだ。
「大丈夫。ギターって思いのほか沢山種類あるし、細かくしたら私達でも知らないのもあるから、しずくが調べて困るのはよく分かる」
言いながら持ち直すと、少し強めに弦を弾く。
聞こえるのは明るくて歯切れのいい音。
「これはエレキギターの中でも特に定番のストラトキャスター。定番なだけあって自分の好きなように引きやすいの。性能も高いし、分類すると万能型かな」
余韻を残しながら沁み込んで行く音を出しているギター……エレキギターを元の場所に戻して、鷲山さんはまた別のを繋いでもらう。
それもどこかで見た覚えのある形をしてる。
「これも定番のエレキ、レスポール。私達みたいにロックをやる人が結構使うタイプなの。低音が太くて、歪ませる事が多い。
でも、クリーンで聞いても実は良い音するから、そうやって使うのもいい。代わりに物が重いから、使いこなすにはちょっと力も必要かも」
説明を終え、別のギター……エレキ?を手に取る鷲山さん。
それもやっぱり見覚えのあるギター。
「で、これもやっぱり定番のエレキでテレキャスター。さっきのは重みのある音に対してこっちは爽快な音色が特徴なの。弾き方によっては懐かしくも感じるし、詩的に表現するなら夕陽を見ながら浴びる風かな」
これもエレキギターらしく、線を繋いで音を鳴らしてくれる。
「シンプルで癖のない見た目だけど、反面ダサいって言われたりもする。正直、音が良ければどうでもいいと思うけど、バンドは見た目も気にする事多いから意識するのもしょうがない」
言われた通り、爽やかなのにどこか懐かしくも感じる音色。
地平線に沈む夕日が想像できる。
「……っていう風に、定番のギター一つとっても三種類あって、それぞれ全然特徴が違うの」
そうして、全ての説明が終わったんだろう。
鷲山さんは持っていたエレキギターを戻して、私に向き直った。
「……色々説明したけど、要するに、どのタイプのギターがいいか聞きたかったの。私達は基本的にエレキしか使わないバンドだから、そこから選んでもらう事になっちゃうけど、今の三つから好みを選んでもらえれば、他のも紹介できる」
「な、なるほど」
言われて初めて彼女が何をしていたのかが分かった。
鷲山さんは、私の好きな系統を知ろうとしてくれていたんだ。
「だ、だとすると、えっと……」
今教えてもらった三つの説明を一つずつ反芻していく。
万能、低音、高音。
その三つのどれがいいか。
万能は幅広くて、低音は多分全部ロック向き、それで高音は……。
……………………………………。
………………………………………………。
「難しく考えなくて大丈夫」
「……え?」
答えが出ず、ずっと悩んでいると誰かの手が私の肩にのせられる。
それは勿論鷲山さんのなんだけど。
「自分の理想をひたすらに追い求める。それがロックの基本。だから、心のままに選んでいい」
「心の、ままに……?」
「そう。ここは迷うべきところじゃない。自分を信じるところ」
何かこう、道を示す別の凄い人に思えた。
「……うん。決めた」
今の言葉のお陰で、迷いって言うか雑念って言うか、全部が消えた。
「私、高音が弾きたい」
最後に聞かせてもらった爽やかなのに懐かしさを感じる音。
私は、それがたまらなく好きだ。いつまでも耳に残って、ずっと心に触れているようなあの音が大好きだ。
だから、それを信じる。私は私を信じる。
「……ん。おっけ。なら、陳列はこっちかな」
「は、はい!」
「……緊張し過ぎ」
「あ、あはは」
薄く微笑む鷲山さんの後について高音が得意なギターが掛け並ぶ壁の方へと向かって行く。
その間に考えてしまうは、どうしてこんなにも沸き上がるのかが分からない胸のドキドキ。
よく分からないのに何故か胸が高鳴ってる。頻脈かと思う程動悸が鼓膜を揺らしてる。
その理由は多分、本心をちゃんと言えたから。
あんまり好きじゃない自分の事を『信じる』って言えたから。
だから今、私は嬉しいんだと思う。
「ここら辺かな。どう、いい感じのはありそう?」
「えぇっと……」
壁に沢山掛けられているエレキギター。
見た目はどこかさっきの高音……テレキャスターに似てるような似てないような形ばかり。
「……わからない」
正直、どれも同じにしか見えない。
明確に違うのは色くらいだから、ゲシュタルト崩壊がいつ起きてもおかしくない。
「……しずく」
「……?」
「今は迷うべきところだと思う?」
「……それは」
言われて、ちいさく深呼吸をする。
迷うところかどうか。
多分、違う。
だったら、信じるのは直感。
自分の覚えた、自分の好みが導く直感。
「…………これがいい」
「へぇ…」
壁を見渡して、私が指さしたのはボディが黒と茶色のエレキギター。
「けっこう渋いね、しずくの好み」
名前なんて分からない。
でも、私の心がこれだと言ってる。
このギターで『叫びたい』って、言ってる。
「……ジャガー。中域や高音が得意で、聞いてて気持ちがいい音が出るの。大きさも小さめだし、あんまり背の大きくないしずくにはぴったりかも」
「そ、そうなの?」
「うん。最高にかっこいい音が出るよ。ちょっと、癖があるけどね」
「へ、へぇ」
少し高い位置にあったそれーージャガーを取ってもらい、受け取る。
手の中にある今まで持ったことも無い重量感。
ずっしりしてて、でも薄いから軽そうで。
「どう?初めて持つエレキの重さは。結構ワクワクするでしょ??」
「……うん!」
胸の高鳴りが止まらない。
指がわきわきしてうっとおしささえ感じる。
「弾きたいよね。凄く気持ちわかる」
「うん……!私、これにします!!!」
弾きたい。
昨日の二人みたいに、かき鳴らしたい!
「ん。じゃあ後はお財布の出番」
「……あ」
興奮する胸の中、鷲山さんの言葉で落ち着きが戻る。
ーーそうだ、買わなきゃいけないんだ。
「えっと、ね、値段は……」
[見ない方がいい]。そう、喉元まで出かかってる鷲山さんのおかしそうな顔を他所に、ジャガーに付いてる値札を探す。
「あ、あった。……!?」
「ふふっ。面白いよね、しずくって」
丸で隠れていたかのように見つけ辛かった小さくて白い値札を手に乗せて目を疑った。
「きゅ、九万五千円の税別価格……」
「なかなかロックな値段だよね。私も初めて買った時は目が飛び出た」
財布の中を覗いて、値札を二度見する。
た、足りない。
少しずつ溜めてたお年玉とお小遣い全部持ってきたのに、税金分が、ギリギリ足りてない……!!
「お、みっけ」
「なに、もう決まったの?」
「……二人とも、遅い」
別のところを見ていた轟さんと球磨本さんが私達のところへやってくる。
手には既に袋を持っていて、何かを買った後らしい。
……でも、私はその仲間になれなさそうだ。
「ギターって、高いんですねぇ……」
「物にもよるけどな。それはいいヤツだから仕方ない」
「最初の関門だよねー」
「乗り越えて、しずく」
熱くなる目頭で天井を見上げ、静々とジャガーを壁に戻した。
ーーーー
「あ、あの……」
「んー?」
ほんのりとオレンジ色が溶けてる空の下、私と轟さんは帰りのバスに向かっている。
球磨本さんと鷲山さんは別の方向だから、一緒にはいない。
「ホントに、良かったの?あんなに出してもらって」
「えー?またその話~~??」
「だ、だって」
私の背中にあるのは入れ物に入っているジャガー。
本当なら買えなかったはずのエレキギターは、みんながお金を出してくれたから今こうして私の手元にある。
入れ物はお店の人がおまけでくれたから、無料みたいなものだけど、でも。
「三人それぞれが三千円出しての計九千円。端数も含めて残りはしずくが払ったし、良いんじゃない?それに後で返してもらうしさ」
「そ、それはそうだけど……」
「まー気にしなくていいって。アタシが無理矢理誘ったからってのはあるし、二人もやりたいって言ってくれた事だから。
でも、今の話をあいつらの前であんまり言ったらダメだぞ?」
バス停に着き、そのままベンチに腰を下ろした轟さんは私の方を向いて頬を緩める。
「増えた仲間に気を遣わせてる、なんて考えて落ち込んじゃうからな」
「……仲間」
「結構ナイーブなんだぞ、ああ見えてもね」
その笑顔は、とてもカッコよく私の目に映った。
「っと、バスが来たね。傷つけちゃうから乗る時気を付けてね?」
「はい!」
少し遠くから駆動音を上げて迫るバス。
乗ったのは朝と同じのだけど、今と朝とじゃ気持ちが全然違かった。
ーー早く、弾きたいなぁ。
収まらない高揚を面に出さないままバスに轟さんと乗り込む。
入り口の高さに気にして少し屈んで乗るのが、ちょっとだけおかしくて笑っちゃった。
……そう言えば、ピック?って買ったっけ。
to be next story.
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