第拾捌話 その心配、的中につき。
侑が行方を晦ましてから3日が経過した。
その間、クラスで共有しているSNSのグループに体調が悪いから学校は暫く休むと連絡があったのみ。それ以外は和州が連絡を取ろうとしても反応はなく、何の音沙汰も見られることはなかった。
「おー和州、おはよー」
「おはよう、華鳴。お前から声かけてくるなんて珍しいな。どうかしたのか?」
「んー。侑に電話しようとしても全くでなくてなー。ちょっと顔を合わせて一言もの申してやろうと思ってなー。だから、恋奈と一緒にお前もどうだー?」
和州が学校に着き、教室に入ると華鳴は無表情のまま一息でそんなことを言ってくる。
不満そうに言っているがそれは普段は全くと言って良い程に他人に興味を示さない華鳴なりの心配なのだろう。和州もそれを直ぐに理解し何だかんだで友達思いな華鳴の照れ隠しに思わず苦笑が漏れてしまう。
「何笑ってんだー?」
「いや、結構ツンデレなんだなと思って」
「んー?あたしがなんだってー?侑だってもう高校生なんだ、休んだ上に連絡付かない位で心配する訳ないだろー」
「いや、誰も白宮がとは言ってないけどな」
態度と内心のアンバランスさが可笑しく、和州は笑いを抑えきれなくなる。本人からしたらそれどころではないが、和州には分かりやすく可愛い照れ隠しが可笑しくて堪らない。
「まぁ、今日はお気に入りの飴も珍しく食べてないようだしな」
腹を抱えたまま目尻を擦っている和州に指摘されると思い出したかのようにバッグの中に手を突っ込み漁り始める。だが、飴が見つからないのか少し焦ったようにバッグを机の上に持ち上げ、覗き込むようにしながら探し始める。
「入って無かった……」
遂には中身をひっくり返し始めそれも終わると顔を上げ絶望を露わにする。
口や態度では何でもないように振る舞えてはいるが、癖で無意識的に食べている飴を忘れる程までに心労が募っているようだ。流石にこれは和州の予想以上だ。
だが、和州とすれ違いを起こし突然休んだかと思えば自分とも連絡が付かなくなってしまったのだから幼馴染として当然のリアクションだろう。和州だって話を聞いて不安を感じてはいる。
「まぁ、けど、心配ではあるよな」
「いや、だからあたしは……」
「そういうことじゃなくてさ、状況的に」
和州は華鳴以上に自分の席でぐったりとしてしまっている恋奈を一瞥し、続ける。
「影井程ではないけど、ちょっと不安な部分はあるよねってこと」
「……やっぱり和州もそう思うか」
華鳴はひっくり返した山からいつものヘッドフォンを拾い上げ首にかけるとさっきとは至って変わり、神妙な面持ちになる。
「ああ。休む前の僕とのこともあるし、お見舞い位は行っても良いかなって。体調が悪いだけじゃない気もするしね」
「ん。じゃあ、放課後なー」
和州と話せて少し気が楽になったのか心なしか先ほどよりも安堵に満ちた顔をする華鳴。
それでも、和州が何か返事をする前に表情に暗さが差し込み、再び俯いてしまう。
他に何かあったとも限らないが、仲の良い幼馴染が体調不良だと分かっていても連絡が付かないともなれば心配はあるのだろう。何せ恋奈はというと完全に不安に押しつぶされ、ホームルームをしに教室に来た担任の立花に保健室に行くことを勧められる程だったのだから。
「でも、華鳴から連絡もつかないってどうしたんだろうな……」
侑からの連絡はなく恐らく休みだろうと担任教師の立花から告げられる中、和州は1人誰に言うともなく小声でポツリと呟いた。
どうしても不安が拭えぬまま約束の放課後になった。
「和州、行けるかー?」
リュックに持ち帰るものを詰め、部活に向かう生徒の波をぼんやりと眺めていると横、丁度侑の席がある方から声がする。
「……白宮か」
もしや侑が来たのかと勢い良くそちらの方を向けば恋奈と一緒に華鳴が立っていた。
「何してんだー?早く行くぞー」
現にそわそわと落ち着きがなく教室を出る準備を整え、未だ席に座ったままの和州を待っている。普段ならまったりとしているはずの華鳴の行動が今日だけはやけに早い。
「よし、行くか」
軽くため息を挟み込むとゆっくりと腰を上げ、前を歩く2人の後をついていく。
「それにしても影井、その様子でよく学校に来れたよな」
和州は侑の家に向かう途中、今日1日一言も百合発言がない程に元気がない恋奈に気になっていたことを聞いてみる。
百合少女の恋奈が大好きな侑と3日も連絡1つ取れず落ち込んでしまうのは分かる。だが、傍目から見ると休んでもおかしくない程に憔悴しているように見える。その状態で無理やりにでも来ていることに素直に感心する。
「私、ですか……?学校に来ればもしかすると侑ちゃんに会えるかもと思ったのですよ。逆に和州君は何も考えなかったのですか?」
「なるほどね。確かに僕も同じことを思ってたな……」
「うふふ、そんなことも分からない程に侑ちゃんを心配するなんて和州君も侑ちゃんが好きなんですね。でも、侑ちゃんは私のですからね?」
「いつから侑がお前のになったんだー?」
何も言えず苦笑する和州の隣で華鳴はジト目で恋奈を見る。
「安心して下さい、華鳴ちゃん。侑ちゃんは私のだけど、縛り付けたりはしないのですよ?」
「いや、だから……」
「あ!それとも華鳴ちゃんは侑ちゃんが好き過ぎて独り占めにしたいのですか?それはダメなのです~」
「な、だ、誰があいつのことを好きなんて……そ、そんな訳……」
華鳴の顔はみるみる赤くなっていく。声もガタガタに揺れていてゆったりとした話し方もなくなっている。動揺しているのが丸分かりだ。
「流石にそれは無理があると思うぞ、白宮」
「う、うるさいなっ」
「華鳴ちゃんも可愛いのです~」
そうして和やかに歓談しながら歩みを進めて行き、目的地に到着する。
それは、こじんまりとして少し不安が残る程にボロさのある一軒家。和州にとっては入院前に見て以来の紛れもない侑の家だった。
「改めて見ても信じられない所に住んでるよな、あいつ」
「事情が事情だからなー。親戚の吉見で送られる少ない仕送りとバイト費で生活してんだー。それは和州も知ってんだろー?」
すっかり元の調子を取り戻した様子の華鳴が侑の家を眺めている。
果たして幼馴染として間近で見てきたその瞳にはどう映っているのか。和州も無関係な話ではないため思うところがあるが、華鳴の感じるものとしては和州の比ではないだろう。
少なくとも和州にはそれだけの苦労があったと物語っているように見えた。
「それよりも、白宮。早く侑の状態を確認しないとな」
「そうですよ、華鳴ちゃん。ぼーっとしてどうしたのです?」
「んー?何でもないぞー」
華鳴はそれだけ言うとドアの前に立ち、慣れた手つきでノックする。
「おーい、侑。見舞いに来てやったぞー。感謝しろー」
感謝の押し売りをしながらもドアに向かって呼び続けるが何の反応もない。ドアが開けられないどころか中から物音1つ聞こえてこない。
「来ないな。相当体調悪いのか?」
「心配なのです~。部屋に入って様子を見たいのです」
「いつもならこれ位すれば多少無理しても来るんだがなー。恋奈の言う通り中に入って様子を見た方が良いかもなー」
そのまま引き戸に手を掛けようとする華鳴に和州は待ったをかける。
「そんな勝手に良いのか?」
「別にあたしたちは見知った仲なんだ、問題ないだろー」
「そういうもんなのか……?」
「まずは確認が先だろー?」
「それもそうか……」
「早く行くのですよ~」
少しためらいを感じつつも和州は恋奈に背中を押されて華鳴の後に続いていく。
「お邪魔します」
2人とは違って和州は恐る恐るといった様子で踏み込んでいくと病人とはいえ人がいるにしては不自然な程にひっそりとしていた。
リビングに置かれたちゃぶ台の上は綺麗に片付けられ、敷布団は綺麗に畳まれて部屋の隅に置かれている。棚の上もすっきりとしていて、あるもの言えば縦型の写真が入った写真立てくらいのもの。そこには笑顔溢れる家族写真が入っている。
「侑ちゃん、写真を移動したのですね」
「移動?」
「そうなのですよ。前に来た時は別な所にあったのですよ」
「ふーん」
まぁ、家族写真を置くのも配置を変えるのも普通のことだしと和州は放っておく。今はそれを見ている場合ではないのだ。
こうはしていられないと他に台所など他の場所も探すもすっきりと整理されていた。
しかし、こうしてみるとリビングとなるちゃぶ台や棚のある小さな部屋が不自然に見えた。病人どころか人が住んでいるにしては違和感が残る程に整理整頓が為されている。いくら綺麗に片付けたとしてもコップの1つでも置いてあるはずなのにそれすらない。
「そもそも体調悪いなら布団で寝てるはずなのに……」
どうもおかしすぎる部屋を見回していると突然和州のスマホが着信を告げ、3人の肩が跳ねる。
もしや侑からかもしれないと慌てて画面を見ると期待とは裏腹に『歩矢さん』という文字が画面を踊っていた。
「彩羽じゃなかったけど、タイミングは良いな」
この状況の相談をするにはもってこいの存在だと安堵を覚え電話に出る。が、そんな和州を迎えたのは取り乱しきった歩矢の声だった。
「わ、和州、無事かの?」
いつもの落ち着き払い楽しむような口調とはかけ離れ、しかも第一声に無事を問われては和州も戸惑うしかない。
「和州?和州?」
「あ、はい。大丈夫、だけど……歩矢さん、何かあったの?」
今では大分板に付いてきた崩した話し方で慌てふためく歩矢を落ち着かせようと声を掛ける。
その甲斐もあってか歩矢を襲っていた焦燥感は少しだけ鳴りを潜め、咳払いをして話を続ける。
「じゃあ、華鳴と恋奈は大丈夫かの?」
「今隣に居るけど……一体何が?」
和州は聞き耳を立てる華鳴と恋奈を横目で見つつ答えるも、どうにも要領を得ない話に困惑が深まるばかりだ。
それに、今の流れで侑の名前が出てこないのが状況と相まって不安を加速させる。
「それは良かった。和州よ、1つ頼まれてはくれんか?」
「頼み……?」
普段なら前置きもなく頼んでくるはずの歩矢に恐る恐る聞き返す。最早、嫌な予感しかしない。
「うむ、頼みじゃ。侑の家に行って欲しい。誘拐されてしもうたやもしれん」
「……え?」
正に嫌な予感が的中というか、想像以上に嫌な言葉に頭が真っ白になり言葉1つも出てこない。
歩矢曰く。
つい先ほど郵便で事務所宛てに1通の手紙が届いた。
郵便受けには入れずに直接渡して欲しいとのことで、よほどの依頼でもあったのかと開けてみれば侑の写真と共にパソコンで作ったであろうメッセージが添えてあった。
『返して欲しければ事務所を畳み二度と依頼を受けるな
警察にも連絡は禁止だ』
メッセージにはそうあった。
シンプルかつ何を目的にしているのかが分かりやすいものだ。つまり犯人は歩矢をターゲットにし、そのために人質をとったということになる。
それだけに歩矢は愕然とし直ぐには動けなかった。
だが、これを読んでいつまでもこうはしていられないと和州に連絡を取り現在に至る。
そしてこれからは誘拐と見て警察に連絡を入れ、共同で調査をする予定だ。
ここで要求を呑んでも侑が帰ってくる保障はない。それに警察は歩矢個人の繋がりでバレないように出来るからとコッソリと調査を進め、歩矢は下手に動くとマズいため事務所に籠って和州達への指示と警察とのパイプ役をするだけのみとする。
とは言っても今はどこで監視されているかも分からず何かあったら怖いためその段階に移るのは様子見をしてからということになる。
だから当面は外で動ける和州達に任せた後にタイミングを見計らって警察と組んで調査をし、要求は後々考えていくというのが現時点での方針だ。
それを聞いた和州は現状を報告し、指示を受け、電話を切る。
「白宮、影井……」
引きつり悲壮感溢れる表情で歩矢に聞いた事の顛末を伝えるのだった。
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